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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
番外編 灰まみれの王女と出来損ないの勇者
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Ex1.灰被りの少女(2)

 

 そんな風にどこか素っ気なさそうな雰囲気を漂わせていたルジェリアだったが、この学校では貴重な転校生の存在にクラスメート達が興味を示さない筈もなく。クラスメート達は授業が終わって休み時間となった瞬間にルジェリアの席の周りに集まり、その内面を知ろうと話しかけにいった。

 ……のは良かったんだが、


「ねえねえ、得意科目とかってある?」


「実技」


「どの辺りに住んでるの?」


「……言う必要性が感じられない」


「それじゃあ……この学校に来た理由とか教えてくれないかな?」


「都合が良かった。ただそれだけ」


「え、えっと……」


 ……こんな風に、ルジェリアは自分のことを本当に必要最低限しか話そうとしなかった。

 得意科目とか、好物が苺であることや、趣味が読書というまでは教えてくれたんだが、それ以外はさっぱりだった。住んでる場所や転校理由などのプライベートに踏み込むようなことは「言いたくない」とばっさり切り捨てられ。まるで自分の懐に入られないよう壁を作っているようだった。


 この様子じゃ、先生が言っていたルジェリアが抱える『事情』ってやつはよっぽど根深いみたいだ。そんなことを思っていたら、


「あ! ねえ、ルジェリアが転校する前に通ってた学校、知りたいなー、なんて……」


 ────その瞬間、教室の中の空気がピシリと凍りついた。

 正確に言えば、ルジェリアから発される鋭い気配に当てられたことでオレ達は文字通り言葉が詰まったためだった。元々柔らかいとは言い難かった瞳に宿る光が、オレ達を貫かんばかりにさらに重みを増していて。……ルジェリアから発されるそれが殺気だと気付いた時、額に嫌な汗が流れたのを感じた。

 エメラから投げかけられたその質問は誰が聞いても何気ないものだったというのに、一体何がルジェリアのシャクに障ったのか。


「……何故、そんなことをわざわざ聞く……?」


「ご、ごめん! 言いたくないならいいから!」


 ……訂正、根深いどころじゃない。それよりもっと暗い……今オレ達が踏み込んでいい領域じゃなかった。

 エメラが慌てて質問を取り消したことでなんとかその場は収まったが、こんな状況で別の質問をする奴なんている筈もなく。次の授業の時間も迫っていたこともあって、全員自分の席へと戻っていった。


 ルジェリアの事情……多分、前通ってた学校で何かあったんだろう。それも、口に出したくもないくらいの酷い目に。じゃなきゃ、エメラの質問に答えることをあんなに嫌がる理由が思いつかない。

 なんとかしてやりたいとは思うが……今日会ったばかりのオレ達が今出来ることは何も無さそうだ。とりあえず、ルジェリアが落ち着くのを待つしかない。そう考えを切り替えて、次の授業のための準備を進めていった。






 そして今日の授業も全て終わり、放課後を迎える。それぞれが自分のペースで帰り支度を済ませていき、一人、また一人と教室を後にしていく。

 オレも帰ろうと荷物をまとめている最中、先に支度を終えたらしいエメラがオレの元までやって来た。


「おまたせー! ……あれ、ルジェリアは?」


「ああ、とっくに帰ったぜ。授業が終わってすぐ出てっちまってさ」


 ルジェリアの席は既に空っぽだった。あいつは授業が終わるや否や、誰よりも先に帰ってしまったんだ。

 まあ、それも仕方ないかなとは思う。転校初日というせいかルジェリアはオレ達に対して警戒心剥き出しだったから、囲まれるのが窮屈きゅうくつに感じていたのかもしれない。引っ越してきたばかりなら家の片付けとかもあるだろうし、ここに長居するメリットが無かったんだと思う。


「ええ〜……そんなぁ。さっきのお詫びしたかったのに」


「あの質問のことか。前はどの学校通ってた、ってやつ」


「うん。よくわからないけど、気分悪くさせちゃったみたいだったから。学校を案内してあげたりすれば気持ちも紛れるかなって」


「……案内の必要なくね? ここ、全部回んのに5分もかかんねーぞ」


「い、いいじゃん! みんなでお喋りしながら回れば楽しいじゃない!」


「お喋り、ねぇ」


 確かに、普通だったら一人で校舎の造りを覚えるよりは楽しくなるだろう。

 だが、ルジェリアはさっきの質問攻めでも会話を楽しんでいる様子はあんまり見られなかったし、どっちかって言うと少しうっとおしそうにしていた。返ってくる答えも一言二言あるだけで、話を早く終わらせたいという気持ちが丸出しだった。もしここでエメラが案内に誘ってたとしても、キッパリ断られる可能性の方がでかい気がする。


「でもまずお喋りでもしてルジェリアのこと、少しでも知らないと嫌な思い出も忘れられないよ。ルジェリアが抱えてる事情って、多分前の学校の生徒と何かあったんじゃない? わたし達を遠ざけようとするのも、それだったらわからなくもないし」


「それはオレも思ったよ。でも今のルジェリアの状態じゃ、何かきっかけでもねえと会話だって難しいだろ」


「ええっと……じゃあルジェリアの家に遊びに行くとか?」


「あいつの家ある場所知らねーじゃん」


「ルジェリアの帰り道付けて行けばわかるよ!」


「よりによってそれ選んじまうのか……」


 さも「ひらめいた!」と言わんばかりにパッと表情を輝かせながらとんでもないことを提案してきたエメラに、オレはがっくりと肩を下とす。

 エメラは筆記テストの成績は良い、いわゆる優等生ってやつなんだが……なんでだかたまに後先考えないで突っ走ろうとしちまう時がある。これがその悪い例だ。

 そもそもそんなことしたらルジェリアにどんな反応されるか予想もつくだろうに。まだ歩き出してない今の内に止めておかねえと。


「や、やっぱりダメ?」


「ったりめーだろ。もし後付けてるのがバレてみろよ、怒られるだけで済めばまだマシな方だろ。最悪、しょっ引かれても文句言えねーぞ」


「うー……」


「先生に聞いてみる方が手っ取り早いんじゃねえか? 紹介した時の言い方からして、ルジェリアの事情も家族から少し聞いてるんだろ」


「そ、そっか。じゃあ職員室に行ってみよう!」


 オレの提案にエメラは下がりかけていた機嫌を持ち直し、善は急げとばかりに早速職員室へと突撃していく。そんなエメラのテンションの上げ下げに若干翻弄されながらも、遅れるわけにもいかないからとオレもその後を追った。


「ルジェリアの転校前の話を知りたい、か。でもなぁ、プライバシーにも関わることだし、そう簡単に話せるものじゃないんだぞ?」


 そしてアルス先生にルジェリアの事情を聞き出そうとしたが、当たり前だが勝手に話せないと断られてしまった。

 それもそうか。本人の知らないところで自分の過去をほじくり返されそうになれば誰だって嫌がるだろう。本人の許可も得てないのなら尚更。実際、ルジェリアだって殺気飛ばすくらい話すことを拒絶してたんだし、知られたとなればどれほど怒るか予想がつかない。


「そりゃあ、勝手に聞き出しちゃいけないってことはわかってます。でも怒った時のルジェリア、手が震えてて……怖がってるようにも見えたから。だから、少しでも寄り添ってあげたくて」


「え、手ぇ震えてたのか? オレ、そこまで見てなかったけど」


「うん、見間違いじゃないよ。すごく小刻みだったから、よく見てないと気付かないくらいだったけど。でもそれくらい嫌な目に遭ったってことだと思うから、早くなんとかしてあげたいの」


 ……そうか。エメラはただ、興味本位でルジェリアの過去を知ろうとしているんじゃなかった。本気でルジェリアの辛い気持ちを紛らわそうとしているから、行動も早かったんだろう。

 エメラの覚悟が伝わったらしい、それを聞いた先生の顔がふっと和らいだ。


「……うん、エメラが軽い気持ちで聞こうとしているんじゃないのがわかって安心した。僕の頼みをちゃんと聞いてくれてただけなんだな」


「あ、ルジェリアと仲良くなりたいのはわたしの意志ですよ! 頼まれたってだけで済ませちゃ嫌!」


「わかってるわかってる。でもな、そうは言われてもやっぱり話せないんだ。僕もそこまで詳しくは聞いてないというのもあるんだが、ルジェリアのご家族も僕が決して口外しないと信用して伝えてくれたことだから。お前達に話すことは、その方を裏切る行為になってしまうんだ」


「うう、そっか……」


「ごめんな。でも、お前達も大体予想がついてるんじゃないか? あの通り、今は塞ぎ込んでしまってるんだが……突き放されても諦めずに友達になりたいって訴え続ければ、きっといつか伝わる時が来ると思うんだ。だから今は、ルジェリアが上手く馴染んでいけるような空気をクラスのみんなと作っていってくれないか?」


「……っ、はい」


「おう」


 先生の頼みに、エメラとオレはすぐさま頷いた。

 きっとすぐには無理なんだろう。それくらい、ルジェリアが抱えてるものはすごく複雑で、ありきたりな言葉で励ましても軽くはならない難しい問題なんだと思う。

 だから今は、ルジェリアが少なくとも警戒心を抱かないくらいの存在になれるようにしねえと。オレ達なら大丈夫だからと、それが伝わった時に友達になれれば充分だ。


 明日からまた頑張ろう。そう目標を立てて、その日は真っ直ぐ家に帰った。

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