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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第15章 暁星秀麗シンデレラ─ Unembellished Princess─
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第204話 今はまだ遠くても(2)

 

 目的の場所へと辿り着き、木陰へと身を潜めた後にティアは男の手当てをすぐに始めた。運んでやることはしたものの、それ以上労ってやる気はない僕の役目といえば、外からちょっかい出してくる奴がいないかどうかの見張り番だ。


「……はい、これでお終い。薬が無いから包帯で巻くことしか出来なかったけど」


「いや、充分っスよー。傷口に風が当たらないだけ助かるんでー。どうもありがとうございますー」


「ふふ、どういたしまして」


「……」


 やがて治療を終えた2人のやけにのほほんとしたやり取りを、僕は木に寄りかかりながら聞いていた。

 年がら年中いがみ合っている話はどこへやら。今の在り方に不満を持つ者同士意見が合うのか、出会って数分だというのにもう2人は打ち解けている様子だ。本来であれば水と油並みに反りが合わない関係だというのに、この2人の間にはそれを一切感じさせない空気に包まれている。

 異端者だと呼ばれてる時点で、僕自身大分イカれてることは自覚してるけど、こいつらも大概だな。だからこそ、色々反発したくなるのかもしれないが。


「おかしいと思うの。どちらかが大切とかじゃなくて、両方あるから存在できるのに。そりゃあ、私だって苦手なタイプってどうしてもいるし、みんなが誰とでも仲良くできるわけじゃないでしょうけど、顔を合わせるだけで罵り合うなんて度が過ぎてると思わない? しかもほんの数日じゃなくてずーっと。ほんと嫌になっちゃう」


「ですねー。俺なんか目が見えないせいか、耳ばかり冴えちゃってー。酷いもんですよ、毎日毎日悪口ばっかりでー。そいつらの顔が見えないだけ、まだ救いですけどねー。他にやることないのか、って話ですよねー」


「うんうん! 相手を下に見ようとするくらいなら、努力してちゃんと認められるくらいの力を付ければいいのに」


「……あのさあ、そんな簡単なことで片付いてたら今頃苦労してないっしょ? 努力することには同意するけど、それで割り切れる奴が何割いると思ってるのさ」


「むぅ、一筋縄ではいかないことは私もちゃんと分かってるわ。でも、たまには愚痴も言わなきゃやってられない。そうでしょ?」


「……はあ」


 僕の思考を読んだかのようにティアは首を傾げて見せる。まあ実際そうなんだけど……


「ほえー、あなた達って本当に仲良いんスねー。びっくりですよー」


「でしょでしょ! 私達、とっても仲良し!」


「んなわけあるか」


「口では否定してても態度は嫌そうじゃないッスねー」


「その減らず口、今すぐ閉じないと刻むぞ」


「わあ、ご勘弁をー」


 なんだかからかわれているような気がして、そいつをギロリと睨みつける。それが冗談でないことが伝わったらしい、軽い口調ながらもそいつは頭を抱え込みながら身を縮こまらせて許しを乞う。

 ティアもそうだったが、こいつもこいつで調子を狂わされる。なんでこう変な奴ばかりと関わり合いになるのやら……。


 2人が落ち着いてきたところで、ちゃんと話し合いをするべく僕もティアもその辺にあった手頃な岩に腰掛ける。ティアが男の名を呼ぼうとしたところで呼べないことに気付き……そこでようやく、まだ互いに名乗っていなかったことを思い出した。


「俺は『マフィ』っていう者ですー。お察しかと思うけど、闇の精霊ですよー」


「うん、よろしくね。マフィさん」


「呼び捨てでいいですよー。敬称とか無い方が気持ち的にも歩み寄れると思わないっスかー?」


「ふふ、そうね。じゃあマフィ、早速だけどあなたが今の光と闇の関係が嫌って思う理由、聞かせてもらえる?」


 僕とティアが名乗った後に、男……マフィも軽く自己紹介を済ませてから、ティアが本命である話を切り出した。

 僕も顔を背けたままではあったが、しっかりと聞き耳を立てる。盲目であるこいつが今の状況に不満を抱くに至った経緯、僕としても純粋に興味があった。


「……生き物って不思議ですよねー。何か一つでも欠けると、その隙間を埋めるのか補うのか他がやたら研ぎ澄まされちゃってー。俺の場合、音や肌に触れる感触で周囲の様子を探れるようになりましてー。まあそれはいいんですけど、今の状況だとそれが見事に仇になっちゃったわけですよー」


 ……その理由は聞かずとも分かった。僕ですら周囲から悪意という名の刃物で、常日頃からチクチクと刺されているのだから。

 こいつはそもそも、盲目であるというだけで軽蔑され、ストレス発散の的にされていることはさっきの怪我で判明している。そんな同族からの扱いに加えて、『光』からも敵意を向けられ。こいつの欠落した視力の代わりに得ることとなった察知能力の高さが、それを助長させていることは想像に難くなかった。


「逃げ場が、無いんですよねー……。耳を塞いで、身体を抱え込んで、いくら拒絶しても空気の流れってのが伝わってきちゃってー。逃げても逃げても仲間である筈の闇の精霊達は追いかけてきて、そいつらから逃げ切れたとしても光の精霊は闇ってだけで消そうとしてくるしでー」


「なんでもっと早くに逃げないんだよ。来ると分かっているなら、事前に距離を取っておけばいいものを」


「ところがどっこい、そう上手くはいかないものなんですよー。いくら気配が分かっても、それなりに近づかないと詳細までは分かんないですからー。実際、お2人が俺に駆け寄って来てくれるまで逃げる素振りって見せるどころか、動こうともしてなかったでしょー?」


「あ……そういえば」


「結局、直接見るよりは劣っちゃうんですよー。俺が目的で近付いているのか判断するのもすぐには無理ですからねー。近くを素通りする精霊の気配まで感知しちゃうわけですからー。一歩進むのも、俺にとっては一苦労なんですー。みんなが当たり前に避けられる石ころや少しの段差でも引っかかっちゃいますからねー」


「……」


 なんでもないことのように告げられた、僕やティアには知り得ない世界。常に視界が暗闇に閉ざされているというのはどんなものなのか……全てを把握することは無理にしても、聞いてるだけで過酷なものだということは分かる。


 誰も助けてくれないどころか、目が見えないのをいいことにいじめられる毎日。少し移動するのにも手探りで行わなくてはならない上に、自分に敵意を持つ者から逃げなくてはいけない。何も見えない分、孤独感だって余計に膨れ上がることだろう。こいつは僕よりよっぽど厳しい環境下に置かれていたんだ。

 生き残るのだって簡単ではないだろうに。不本意ながら伸びた察知能力をフル活用して、怪我しながらもなんとか逃げ延びてきたのかもしれない。


「俺が今の環境を嫌だと思う理由って、穏やかに過ごせる場所が欲しいだけなんですよー。ギスギスした空気に晒されたくないっていうだけの、自分本位なものなのでー。大層な理由じゃなくて申し訳ないっスー」


「ううん、立派な考えだと思うわ。私も、闇の精霊と仲良くしたいって思うのはみんなが毎日毎日喧嘩するばかりなのが嫌になったからだもの。同じような考えを持つ精霊が一人いるってだけで安心した」


「ですねー。属性は違いますけど、仲間意識芽生えましたー。なんだか楽しいっスね、誰かと会話するのってー」


「あ、そういうのも難しいの?」


「まあ、そもそも友達がいませんからー。ずーっと明後日の方向向いてるもんですから、話してる気がしないのかもしれませんねー」


 あはは、とどこか自虐的に笑うマフィを見て、悲しそうに表情を歪めるティア。視覚を奪われるだけで生き方というのはこんなにも狂わされる、それを思い知らされて。


「お2人は、すごいですねー。不満に思って、本気でどうにかしようと動いていてー。ずーっと立ち止まってる俺とは大違いだー」


「……だったら、これからどうするのさ」


「んー? どう、とはー?」


「黙って突っ立ってるだけじゃ世界は変わらないんだよ。目が見えなくとも、お前にはそのよく聞こえる耳と、敏感な肌があるわけじゃん。こっちも人手不足なもんでね、考えを共有できる奴が多いに越したことないし」


「え。オスク、それって……!」


「仲間に引き入れるために運んできたんじゃん。こっちは大荷物運んどいてタダ働きになるなんて御免だからな」


 じゃあ後は任せた、と言葉にする代わりに手をヒラヒラさせて見せると、ティアはパァッと顔を輝かせる。そしてマフィに駆け寄り、その手を取って包み込んだ。


「お願い、あなたが良ければなんだけど、私達に力を貸してくれないかしら。目標が大きすぎて、私達じゃ限界があるかもしれないから……たまに一緒に話をしてくれるだけでいいの。その代わりに、私達があなたの足になるから!」


「えっ」


「……おい、それじゃあ僕らがこいつの移動手段になるみたいに聞こえるんだけど」


「あっ、えっと。じゃあ手足になる!」


「『手』を付ければいいってもんじゃない。それだとこっちがこいつに従わされてるみたいじゃん。普通に『目になる』でいいだろ」


「む、むぅ〜〜〜っ!」


「いや、そのー……本当に、いいんですかー?」


 バシッと決める筈がズレた表現になってしまって腕をバタバタさせるティアだったが、それ以上にマフィは戸惑いを隠せない様子だった。

 こいつが問いたいことはなんとなく分かる。状況こそ違えど、こいつとは似たような境遇に置かれていたから。ティアと出会った僕と同じ……何故こんなはぐれ者である自分に、こうも温かく接してくれるのか不思議でたまらないために。


「うん。仲間が欲しいっていうのもあるけど、あなたと仲良くしたいの。私達はそのために動いてるんだもの。だから、あなたの記念すべき友達第一号と第二号、私達がなってもいいかしら?」


「……っ。もちろん、喜んで、ですよー……!」


 マフィのガラス玉のような瞳が揺れて、涙がぽろりとこぼれ落ちる。相変わらず光は写さないものの、そこにはちゃんと感情が宿っていることが証明された。



 ────こうして、僕とティアは新たな同志を得ることができたのだった。

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