第203話 躓き、溺れ、藻掻こうとも(1)
「ひっ、ひいぃぃ〜!」
「ハッ、雑魚が」
……情け無い悲鳴を上げながら逃げていく同族を僕、オスクは鼻で笑いながら眺めていた。ローブの汚れをはたき落とし、大剣を収めてようやく辺りが静かになる。
まったく、相変わらず同族どもは口先ばかりで中身はすっからかんなものだ。ま、それは以前いちゃもんをつけてくれた『光』も同様なんだけど……
「ほら、さっさと出てきたら?」
「うん。ありがとう、オスク。助けてくれて」
「別に、どうってことない。ここでアンタが抵抗した方が面倒になりそうだし」
「うー……光と闇の精霊が仲良くする日が来るのは遠そうね……」
それまで茂みの中に身を隠していた、その日も意見交換のために顔を合わせていたティアは、顔を出すと同時に心底嬉しそうに微笑んで礼を言ってきた。僕ら2人の目標に手が届くのは多大な努力を要しそうだと互いに認識し直しながら。
なんでこんなことになったかといえば、僕との待ち合わせ場所に向かおうとしていたところに運悪く同族と鉢合わせしてしまい、粗探しに来たと勘違いされて絡まれたというのが事の発端。手を上げられる前に通りすがりを装って間に割って入り、叩きのめして退却させた、というのがさっきの悲鳴の理由だ。
ティアを庇った事実も、通りすがりがたまたま異端者だと散々馬鹿にされてる存在ということでバレやしないだろう。そもそもアイツは自分の力を見せつけることでティアを脅すのと、ついでに僕を仲間内で吊し上げにしたいがために突っかかってきたんだから。
だがまあ、態度がでかいばかりで実力はからっきしだったために、逆に実力差を見せつけて向こうから逃げだしてくれたんだが。
「でも、オスクすっごく強くなったわよね! さっきのも相手の攻撃がまるで当たらなかったし、前の光の精霊達と戦った時と動きが全然違うもの。もう向かうところ敵なしって感じね!」
「どうだか。大精霊サマに比べりゃまだまだっしょ。ここで付け上がろうものなら痛い目見るのは確実じゃん。上には上がいる、それが世の常なんだから」
さっきみたいな雑魚相手なら今の僕でも軽く返り討ちにできるんだが、大精霊か、もしくはその側近となると流石に厳しい。
こんな僕のことなど放っておいてくれた方がいいのに、周りがそれを許してくれない。『光』から睨まれるだけならまだしも、同族からも嘲笑われ、挙句に思想が違うというだけでサンドバッグにされそうになるのが僕の日常だから。
おかげで嫌でも鍛錬を積まなければという考えに行き着き、毎日毎日どうしたら力を付けられるか模索しながら身体を動かし続ける日々。その甲斐あって、今日もこうして怪我の一つも無く生きていられるのだが。
そうして突っかかってくる奴らを相手していて分かったのが、下ってのは上の考えに影響されやすいということ。僕みたいなはぐれ者を排除したいというのは、そもそも上層部の思想のようで。
ついこの間の────といってももう数ヶ月前になるのだが────光の精霊達とドンパチした後に上層部から呼び出しを食らった時を境に、それがより悪化したように思う。
光の領域で何をしていたと頭ごなしにぐちぐちとうるさかったものだから、堪らず自分達の領域だけ守りをガチガチに固める、今の閉鎖的なやり方ではいつか来たる災いにロクな抵抗も出来ずに潰れるだけだ、と物申したのがよっぽど頭にきたらしい。古来より守ってきた体制を愚弄する気か、と。下の者達はそんなお偉い方のくだらないプライドに影響されて、僕をいちいち小突きに来るというわけだ。
そのせいでその時にあの3人を介抱したことで名声が高まったのをきっかけに、少しずつだが地位を上げているティアとは対照的に、僕はいつまで経っても下の下のまま。まあ、今のところ出世には興味ないし、したところでどうせぞんざいに扱われるのが目に見えてるから、別に構わないのだが。いつか実力で今の腐った上の連中を蹴落とし、大精霊にまでのし上がれればいいだけだ。
「ねえ、オスク。頑張るのはすっごくいいことだと思うけど、ちゃんと休んでる?」
「はあ? 休んでる暇なんかないっての。いつ寝首を掻かれるか分かったものじゃないんだ。四六時中、警戒払っておかなきゃやってられるか」
「むむぅ。オスクはちょっと、自分にも厳しすぎると思うの。オスクが置かれてる状況が複雑だっていうのは、ほんのちょっとかもしれないけど分かってるつもりよ。充分に対抗できる力を付けなきゃいけないとは思うけど、こんな生活が続いていたらオスクの方が先に壊れちゃうわ」
「そうならない程度に休める時に休んでるよ。良さそうな寝床が確保でき次第、睡眠は取ってるし」
「そうじゃなくて、オスクには心の休憩が必要なのよ。だから、ねっ」
「お、おいっ!」
ティアはいきなり僕の手を掴んで走り出す。あまりにも突然なことに理解が追いつかず、抵抗も出来ないまま何処かへ連行されていった。
そうしてティアに連れてこられたのは、すぐ近くにあった森だった。そこは小規模ながらそこそこの数の木が生えていて、中に入ってみればそれが伸ばす枝や木の葉が重なって陽の光を遮り、かなりうっそうとしていた。
足元には雑草も生い茂り、道もロクに整備されていないために歩きにくい上に奥に進むのだって楽ではなさそうなのに、ティアはここに何回か来ているのか迷うことなく突き進んでいく。そして、少し開けた場所に辿り着いてからようやく解放された。
「ここ、私が考え事する時によく来てる場所」
「……それが?」
なんでこんなとこに、という僕の疑問を察したようにそう説明してくるティア。そう言われても、こいつの目的はさっぱり分からないままだ。
「心にも安らぎが必要よ。時々胸の内に溜めていることを、思いっきり吐き出せばスッキリするわ。そのために……」
「うん?」
「たまには私とゆっくり、お喋りしましょう?」




