第202話 Unembellished Princess(2)
「────それではこれより、合同実技試験の閉会式を執り行います」
エルトさんによってベルメールが連行され、騒動も落ち着いてから予定通り閉会式が行われることとなった。
開会式と同様に校庭中央へと集められ、そこで整列して静かに待機する私達。周りを囲う大勢の妖精達の視線を浴びている状況も変わらないけど、一つだけ決定的に違う点があった。
開会式では嫌というほど聞こえていた私達に対しての蔑みの言葉が、一切無くなっているということ。試験が始まる前はあれほど私達を見下していた貴族階級の妖精達が今ではすっかり大人しくなり、寧ろ戸惑いや敬意が込められたような視線を向けているくらい。
落ち着かない気分は相変わらずだけど、もう貴族達を恐れて身を縮こまらせる必要もない。クラスメートの全員が自信を持って、堂々と前を向くことができるようになっていた。
「閉会宣言をする前に……ルジェリア、こちらへ」
「……っ、はい!」
開会式と同じく閉会宣言を任された姉さんだったけど、不意に私もステージに上がるよう指示された。とはいえ、それは事前に知らされたことではあったから、私も慌てることなく素直に応じる。
……実は閉会式を行う前に、姉さんに提案されたことがあった。今日この場で改めて私が王女であることを公表するのと一緒に、この学校に通っている経緯と、この学校が晒されている危機について話してみるのはどうか、と。
私一人にここにいる妖精と精霊全ての注目を集めることに抵抗はあったけど……ここには貴族階級の妖精も大勢集まっているし、その他にも見学者がたくさんいる。味方を付けるにはまたとないチャンスだということで、私も姉さんの提案に乗ることにしたんだ。
重い足取りで、だけど確実に前へと進んで姉さんの隣に並び立つ。私はそこで周囲をぐるりと見渡してから一礼。一歩前に踏み出し、話す準備を整える……けど。
「……ぅっ、……!」
たちまち私に集まる視線。様々な感情が込められたそれに晒されて、ひゅっと息が詰まる。
声が、出ない。決意を固めて、今度こそ本当の意味で姉さんの隣に立とうと決めて提案を呑んで、今こうしてステージに立ったのに。もし認められなかったら、非難の言葉を浴びせられたら……まだ起こりもしていない悪い可能性ばかりが頭をよぎり、身体が言うことを聞いてくれない。
だけどそんな時────私を見守っていたルーザと目が合った。
「あっ────」
ルーザはそんな私に頷いて見せる。いつもと変わらない、自信に満ち溢れたふてぶてしい笑みを浮かべながら。
離れていて、声は聞こえない筈なのに。お前なら大丈夫だ────そう言われた気がした。
……そうだ、私にはみんながいる。戦っているのはみんなも同じ。今はもう当たり前でいてくれるその事実を、こんな大事な時に忘れてどうする。
「……っ、ミラーアイランド王国第二王女、ルジェリアと申します。今日はこの場を借りて、みなさんが疑問に思っているであろう私がこの学校に通っている経緯を説明させていただきます」
意を決して口を開くと、案外すんなりと言葉は出てきてくれた。これが途切れない内にと、私は話を続ける。
「私は3年前に、それまで城にこもりきりだった私を見兼ねた姉上の提案で、視野と見聞を広げるために身分を偽ってプラエステンティア学園に通うことにしました。まだ王女であることを公表していなかったのと、王女だからと遠巻きにされてしまいたくなかった故の選択でした。しかしそれが災いし、私は私物を隠される、手を上げられるなどの惨い仕打ちを同級生から受けました。私に限らず、学園で立場が弱い者の多くがその標的となりました」
プラエステンティア学園の、名門という輝かしい肩書きの裏に隠されたその事実を明かしても大して驚かれなかった。
……それもそうか。さっきのベルメールの態度と所業を目の当たりにした今、今更それが真っ赤な嘘だと思う方が難しい。
「……やがて、私は心を閉ざして外部への意識を遮断することによって己を守ろうとしました。この学校に通い始めたのは、その場から逃げ出したかったのが理由です。プラエステンティア学園とは真逆の、辺境にあるこの学校ならば身を隠すのも容易いと思って。この学校の仲間達は私を暖かく迎え入れてくれましたが、プラエステンティア学園で植え付けられた不信感から、私はその手を一度は跳ね除けました」
だけど、と私は続ける。
「それでも、みんなは私から手を離そうとしませんでした。どんなに拒絶されようが、追いかけて捕まえて、私と心から向き合ってくれました。正体を明かしてからも、私を腫れ物のように扱おうとせずに受け入れてくれました。私にとってここはかけがえのない大切な場所となるのも必然のことでした。でも今、この学校は廃校の危機に晒されています」
この場にいるどれほどの妖精や精霊に訴えが届くか、それは分からない。だけど、これだけは伝えておかなきゃいけない。私達の大切な学校が、現在どんな状況に置かれているか説明しなければ。たとえ貴族達にどんなに責められようとも。
「校舎の老朽化が進み、生徒数が減少していることも要因の一つです。しかし最も大きな理由として、この土地を娯楽のために利用しようとしている上流階級からの声があります。傍から見れば辺鄙なだけの場所であっても、私には、私達にとっては失いたくないものなんです。えこひいきだと思われても構いません。だけど私は、私をどん底から引き上げてくれた恩に背くことなんてできません。……もし私達の気持ちに同調していただけたのなら、どうか私達に力を貸してもらえないでしょうか」
話を終えて、私は深々と頭を下げる。
果たして気持ちをちゃんと伝えられたのか……妖精達の顔色を伺うのも今は出来ないけれど。でも言いたいことは、言うべきことは全て吐き出した。あとは結果に結び付いてくれるかどうか、それを待つだけだ。
「……妹の話を聞いてくださり、ありがとうございます。私がそもそもこの合同実技試験を行うよう進言したのは、出身校、身分に捉われることなく、より広く世界を見てほしいと思ったためです。今日の試験を通して、今一度その意味を考えてくだされば嬉しく思います。私達からは以上となります。これを持ちまして、合同実技試験は閉幕とさせていただきます」
姉さんの閉会の宣言に合わせて私と姉さんは再び一礼し、ステージを降りる。同時に、私達を送り出すかのように学校の鐘が正午を知らせるべく、一際強く鳴り響いていた……。
「ルージュ……大丈夫か?」
閉会式を終えてみんなの元へと戻ってくると、真っ先にイアが心配そうに駆け寄ってきた。
イアが不安がるのも無理はないだろう。ここに来るまでみんなには、特にイアとエメラにはここに転校してきてからたくさん情け無い姿を見せてきてしまっていたから。でも、それも今日でお終いだからと、私はみんなに微笑んで見せる。
「平気。すっごく緊張したけど、その分スッキリした。いつまでも姉さんの後ろに隠れるばかりじゃいられないもの」
「まだ全て解決には至ってないが……ようやく終わったんだよな、これで」
「……うん、やっと」
ルーザの言葉に、強く頷いて見せた。
廃校の問題が片付いたわけではないけれど、私をがんじがらめに縛り付けていたトラウマの鎖からは完全に解き放たれていた。もう『目』に怯える必要なんてない。これからは堂々と胸を張って、クリスタの妹を、この国の王女を名乗って歩いていいんだ。
「しかし、降りかかってる危機が全て取り除かれたわけではない。元凶を排除したとはいえ、油断は出来んぞ」
「分かってるよ、レオン。でも今はとりあえず、さ」
「ん?」
「エメラ達のお菓子の屋敷、みんなで食べようよ。試験が終わったらって、約束してたでしょ?」
「あっ、そうだった! 待ってて、料理部門のみんなと協力して切り分けてくる!」
「あたしも手伝うわ。人手が多いに越したことはないしね」
私の言葉でそれを思い出したエメラが真っ先に料理部門の仲間を呼ぼうと駆け出していき、カーミラさんもそれに続く。残った私達は姉さんやロウェンさん、クラスメートの親御さん達にも呼びかけに向かう。
そして、エメラ達が切り分けてくれた屋敷の一部をありがたく受け取って、エメラ達の頑張りの成果を確認するべく早速口に運ぶ。……エメラ達が学生生活の集大成として全身全霊を持って作り上げたそれは、エメラがこれまで振る舞ってくれたどんなお菓子よりも美味しかった。
「まあ、美味しい! 外観はもちろんでしたが、味も素晴らしいですね」
「えへへ、ありがとうございますクリスタ様!」
女王様にもその出来栄えに太鼓判を押してもらい、料理部門担当のみんなも嬉しそうだ。その内の一人なんて、泣き出しそうになってしまっているくらい。
勝負自体は負けてしまったけれど、みんなが幸せそうに作品を味わう姿を見られてエメラもこの結果に満足できたようだ。
「……失礼。ミス・エメラでしたか」
「あ、プラエステンティアの料理部門の。どしたの?」
「あなたのスポンジケーキの作り方を伝授していただきたく思いまして。口当たり滑らかでありながら、様々なデコレーションを施しても形を保てる強度……陛下にお褒めの言葉をいただくだけのものはある。全てとは言いませんが、コツだけでも教えてくだされば、我らもさらなるレベルアップを見込めるかと」
「うん、もちろんいいよ! あ、じゃあ、わたしには飴細工教えて。飴あんまり使ったことないから、どうしたら上手くなれるか知りたいの!」
「ふふ、いいでしょう。交渉成立ですね」
みんながお菓子を味わっている最中、そんな会話が聞こえてくる。エメラと、エメラに話しかけてきたプラエステンティアの料理部門担当だった生徒は、善は急げとばかりにお互いが求めるスキルを相手に伝えるべく話し合いを始めた。それが影響したのか、他の部門もそれぞれを高め合うために同じ部門同士で接触を図ろうとしていた。
学校の垣根を越えて、身分も関係なく交流を深める。姉さんが求めていた、本来在るべき合同実技試験のカタチに、時間はかかったけどようやく辿り着けたような気がした。
「今回のことを通じて、相手への印象も変わってきてるようだな。貴族も平民も、お互いに」
「うん。貴族も全員が嫌な妖精ばかりじゃなかったから。ごく少数ではあったけど、プラエステンティアにいた頃も私を励ましてくれてた生徒もいたから。私も含めて、それがみんなにも伝わったんじゃないかな」
本当に色々あったけど、ルーザもこの結果に満足しているようだ。ここまで来るのは決して楽じゃなかったけど、期待以上の成果を得ることができた。
……『裏』にも、それが伝わっているだろうか。外の世界が厳しいのは間違いないけれど、それ以上に素敵なことがたくさんあることも分かってくれてるといいんだけど。
首に下げたクリスタルのペンダントは、今も静かに陽の光を反射して輝くだけ。ここに封じられている『裏』が今、何を思い、何を考えているのかは私にも知る由がないのだけど……いつか『裏』も日の当たる場所に出られるように、暗闇から救い上げてあげたい。みんなが、私にしてくれたように。
────こうして、プラエステンティア学園との合同実技試験は笑顔に包まれながら幕を閉じた。




