第18話 幻想の氷河山・後(5)
結晶の残骸がルージュのカバンに収まったことで一旦は落ち着くが、まだやることが一つ残っている。
元凶である結晶はなんとかしたが、ここに来た目的の根本は解決してない。今この国を覆う、濃い霧を消し去らなければ目的達成とはいえないんだ。
「おい、シルヴァート」
「わかっている。務めは果たさねばな」
オスクに促され、シルヴァートはシャドーラルを見下ろして手をかざす。すると手から淡い光が放たれ……程なくして、国全体を包んでいた霧が僅かに揺らぐのが見えた。
まだ完全に、とはいかないが心なしかさっきよりは国を覆う白が薄まった気がした。
「……よし、これで異常をきたしていた霧も徐々に晴れていくことだろう。今回はここだけで収まっていたが、これからは広い範囲で出る可能性もある」
「結局、この力はなんなんだ?」
「さあ。僕らだって断片的にしか聞いてないし。『滅び』なんて言われてるよ」
滅び……。言葉としてはそこまで馴染みないものではないが、ピンとはこない。
絶えて無くなる、なんて日常じゃ滅多に経験しない。そんな単語をいきなり突きつけられて、危険だと言われても殆どの奴が首をかしげることだろう。
「今回のはこれだけでもやがてそうもいかなくなる。この世界……いや、『鏡』に繋がれた全ての世界を蝕んで、そして全て無くなる……ってね」
「ええ⁉︎」
「なんて、本当かどうかわからないけど。上の奴らは危機感持たせるためにわざと大袈裟なこと言うのは多いし」
「な、なんだぁ。びっくりしちゃったよ」
「いえ、そうでもないかもしれませんよ」
ホッと胸を撫で下ろすエメラに、不意にフリードが口を開く。何か、危険なことを感じ取ったような……そんな表情で。
「確かに、霧はこの国にいる霊を安定させるためのものですが、生者である妖精や精霊を衰弱させるものでもあります。管理者であるシルヴァートさんではなく、外部の力が霧を暴走させた今回のことは、明らかに混乱を招くことを狙ったように思えるんですが……」
「ええっ? でも……」
「まだ脅威が計り知れない内に理解しろとは言えぬが……残念ながらその者の言う通りだ。今後どうなるかは予測し難い」
「一つ言えんのは、お前らは既にこの世界そのものを揺るがし兼ねない厄介事に片足突っ込んだってことだ。もう後戻りなんざ出来ないんだよ」
……オスクの言葉にオレらはゴクリと喉を鳴らした。
真剣な表情、真剣な眼差し。それらには一切ふざけた様子が含まれていない……つまり、その言葉は紛れもなく真実だということを示していた。
「お前達に今後も立ち向かわねばならなくなるのは現段階では判断しかねるが……せめてもの力添えとして、これを渡しておいたほうが良さそうだな」
そう言うとシルヴァートはガラスなのか、宝石なのか……そのどちらなのかわからないが、ルージュの手のひらに透明な小さな石を乗せる。
当然、意味も意図もわからずにルージュが首をかしげていると、シルヴァートがすかさず説明した。
「それは大精霊の力の象徴だ。精霊間ではエレメントと呼んでいるが。単体では大した力は発揮出来ないが……無いよりはマシだろう」
「ああ、僕からも渡しておく」
オスクも自分のエレメントをルージュの手にぽんと乗せる。シルヴァートのは三日月の形で白銀の光を放ち、オスクのは目のような若干禍々しい装飾で夜空のような淡い光を纏っている。
「ところで、なんでまた私に?」
「とりあえずしまっといてよ。そのカバンに」
「私、荷物持ちじゃないんだけど……」
パシリのような扱いを受けてか、ルージュは不服そうにエレメントもしまい込む。これじゃ、ルージュのカバンは便利な倉庫も同然の扱いだ。不満に思うのも仕方ない。
「それを媒介するための杖もあるわけでさ。それも今後必要になってくるから、見つかるまでの辛抱ってことで」
「そ、そう……」
「まー、とにかく帰ろうぜ! オレもうくたくただよ」
「そうね! 栄養補給がてらどっかでスイーツ食べてこうかな〜」
「僕は父さんと母さんに山のこと報告しないと」
とにもかくにも、これで事件は解決できたんだ。今回のことで、何やらとんでもない厄介なことに首を突っ込み、今後もそれに関わることが降りかかると言われたことについては不安が残るものの……まだ起こりもしていないことに頭を悩ませていても仕方がない。
ドラクだけは麓にある家へと走って戻り、残るオレらは山の出口を目指して歩いて行く。登山と戦いでの疲れを少しでも誤魔化そうと、他愛のない話で盛り上がりながら市街地を目指していった。
オスクはシルヴァートと話しがあるらしく、その場には2人の大精霊だけが残された。
「────結局、お前が彼女らと行動を共にしている理由はなんなんだ?」
……去っていくルーザ達の姿を見送り、やがて見えなくなった後。一つ息をついてから、ふとシルヴァートが話を切り出した。それまで聞くに聞けなかった、胸の内にしまっていた疑問を投げかける。あまりにもらしくないと、訝しげな視線を向けながら。
オスクにはその質問をされることは想定内だった。それでも答えるのは面倒だと言わんばかりに、プイッと顔を背ける。
「何が? そんなの僕の勝手じゃん」
「そんな訳ないだろう。散々、以前も今も周囲との接触を最低限にしておいて」
「見てわからない? ……って、僕も見ただけじゃわからなかったしな。それに、あいつら結局本名までは呼び合ってなかったか」
「何?」
「────ルジェリアとルヴェルザ。それがあいつらの名前だ」
その名を耳にした途端、シルヴァートの目が驚愕によって見開かれる。今までほとんど冷静さを崩さなかったにもかかわらず、呆気なくそれにヒビが入ったという事実に、オスクはニヤッと笑みを浮かべた。
「なんと……まさか。いや、だからこそ……なのか」
「さてね。運命なんて言葉一つで片付けたくはないけど。でもまあ、どこかで感じ取ってはいたのかなぁ。何もかも抜け落ちて、離ればなれになってたってのに、結局自分達だけでここまで辿り着いたんだから」
呆れたように……それでもどこか安心したように。ハッ、と鼻で笑いながらオスクはそう零した。そして込み上げてくる懐かしさを噛み締めつつ、話を続ける。
「だから、不本意だけどついてやらなきゃいけないわけでさ。それが僕の役目なんでね。気に食わなくても放り出すわけにはいけないってこった」
「変に律儀なところは昔から変わらんな。その姿勢を見せつければ周りの信頼も得られるだろうに」
「やなこった。僕は闇だ。何色にも染まらない。僕は僕のやり方を押し通すだけ。それでなんとかしてきたんだ、文句無いっしょ」
「私はお前の努力を周囲に知らしめるべきだと思うのだがな……まあ良い、早く行け。目を離すべきでは無いのだろう?」
「言われなくてもわかってるっての。あーあ、また鬼畜妖精にこき使われるのかなーー!」
オスクは憂さ晴らしの代わりかそんな愚痴を叫ぶ。それから伸びをして身体を少しほぐした後、あっという間にその場から飛び去った。
その様子を見ていたシルヴァートは呆れながらもふっと笑みを浮かべる。
「変わらなんな、あいつも。他は……いや、今問うことは無意味か」
シルヴァートは呟き、氷河山へと戻る。が、その前にもう一度、振り返った。
……その目の前には国全体を覆っていた霧が、幻だったかのように消え去っていた。




