第201話 もうひとりぼっちじゃない(2)
「とにかく、みんな散らばろう! 多方向から攻めれば、さっきみたいに魔法を食べられるリスクも軽減できる筈!」
「そ、そうですね!」
今は戦いに入ったばかりということもあって、私達は敵の動きを警戒する意味でも魔物に対して正面から向き合う形で対峙していた。このままだと動きも見切られやすいし、一箇所に固まったままでは動きにくい。
標的を絞りにくくさせるためにも、四方八方から攻めてベルメールもろとも翻弄させてやろう。全員で顔を見合わせて頷き、全員で魔物を囲い込むような陣形を作っていく。
「さっきはよくもやってくれたな! くらいやがれ!」
「こっちからも、だっ」
もちろん、移動している最中でも攻撃の手は緩めない。魔物に少しでもダメージを与えるべく、すれ違い様に斬撃を浴びせていき、追撃する形でロウェンさんが次々と矢を放つ。
そんな私達を引き剥がすべく、魔物がジタバタと滅茶苦茶に暴れ回るせいで攻撃が入る距離までなかなか詰められないものの、ロウェンさんの弓矢は遠距離でこそ輝く武器。一発ごとのダメージは微量だけど、チクチクと確実に魔物の体力を削っていった。
「ああもう、ちょこまかとうっとおしいですわ! アイリーンちゃん、群がる羽虫の如き貧乏貴族なんて振り払っておしまい!」
「ぐっ……!」
威力は大したことがなくてもこれが長引くのはマズいと思ったのか、ベルメールの命令に応えて身体を大きく捻って全身を揺さぶり始める魔物。脚だけでなく、尻尾まで地面に叩きつけるものだから、その度に巻き上がる土煙の量が尋常じゃない。どんどん濃さを増していくそれにあっという間に視界が遮られて、その隙に脚で突き飛ばされてしまった。
ドンッ、身体に走る鋭い痛み。地面にも叩きつけられたために、腹部と背中の挟み撃ちで衝撃の余韻を感じる羽目になって最悪だ。
「フフン、やはり先程シア達を退けたのは運が良かっただけのようですわね。二度とわたくしに楯突く気を起こさないよう、ここでアイリーンちゃんがとことんまで踏みにじって差し上げましてよ!」
「……っ、させません! 『ダイヤモンド・グレイス』!」
うずくまって痛みに悶える私達を見て気を良くしたらしい、ベルメールは畳みかけるよう魔物に指示する。けれど咄嗟にフリードが魔物の足元に冷気を放ち、凍らせてくれたおかげで追い打ちを阻止できた。
「よっしゃ、さっきのリベンジだ! 『エルフレイム』!」
『ガアッ⁉︎』
氷に足を取られて身動きがままならない今がチャンスと思ったのだろう、隙ができたこのタイミングでイアが真っ先に魔法での攻撃を仕掛ける。魔法が食べられる可能性も考慮してか、今度は口が届かない背後を狙って。
その判断は正しかったようだ。イアが放った蒼炎は今度こそ魔物に見事命中。弱点だったのか、攻撃を受けた途端に魔物は大きく仰反り、その拍子に足元の氷も砕け散った。
「よっしゃ、効いたか⁉︎」
「火が弱点だったのかも。イア、それならどんどん攻めた方がいいんじゃない?」
「おうよ、任せろ!」
「そうかなぁ。そんな単純とは思えないけど」
「えっ」
みんながこのままいけば勝てると意気込む中で、オスクだけは訝しげに魔物を睨み付けていた。勝てる見込みが出てきたというのに、納得がいかないといった様子で。
「どうもきな臭いんだよね。イアの魔法でかなりのダメージが与えられた、それは間違いない。なのに、あの性悪高飛車女は焦る様子全く無いし。なんかまだ隠してることあるんじゃないの?」
「じゃ、じゃあこのままだとマズい?」
「恐らく、ってか確実に。だけど、そいつの正体さえ掴めればこっちに勝機が見えてくると思うんだよね。ルージュ、お前は一歩下がってやられない程度に抵抗しつつ、あのデカブツの動向を探ってろ。前線の僕らが思い付く限りの攻撃試してみるから、なんとか手掛かりを探し出せ!」
「わ、分かった!」
オスクの指示に頷き、言われた通りに後方へ下がる。
今はイアが再び攻撃を繰り出そうとしているところだけど……
「『エクスプロージョン』!」
より大きなダメージを与えるべく、さっきの『エルフレイム』よりも強力な魔法を放つイア。…… 弱点である魔法が迫っているというのに、魔物は魔法を避けるか食らうかする素振りも見せず、ベルメールも特に指示を出すことなく、どうぞ好きにしろと言わんばかりに余裕をひけらかしていた。
やっぱり何かあるんだ……! そう警戒しつつ、成り行きを静かに観察していると、魔物に炎の球が接触した瞬間、まるで魔物の身体に吸い込まれるようにして、イアの放った火はジュワッと音を立てて消えてしまった。
「嘘だろ、効いてねえのか⁉︎」
「な、なんで……さっきは確かに効いてたよね⁉︎」
「どういうことだ。食らったことで耐性が付いたというなら話は別だが……それならば先の攻撃が通っていた理由と結び付かない。何か特性があるというのか……?」
「理由は分かりませんが……火が駄目だというなら、別の手で攻めるのみです! 『ヘイルザッシュ』!」
イアの魔法が通らなかったことに戸惑うみんなだったけれど、素早く気持ちを切り替えたフリードがつららを飛ばして攻撃する。
今度は消え去るなんてことなく命中したけれど、大したダメージにはならなかったようで、魔物も特にリアクションを見せることは無かった。
「くっ、水属性では大きな効果は期待できないようですね……」
「ならこいつでどうだ! 『カタストロフィ』』!」
「あたしもいくわよ、『ムーンライト』!」
次はルーザが衝撃波を放ってから、援護する形でカーミラさんが眩いレーザーを撃ち込む。
衝撃波は元々高威力なこともあってか、受けた瞬間に魔物の身体が吹き飛ばされたけれど、その直後に当たったレーザーによって、魔物の身体はさらに激しく上下するほどまでに揺さぶられた。
「あっ、効いてる⁉︎」
「オレのは普通に効いたような感覚だったが、カーミラのは弱点だったような反応だったな。おいルージュ、これって……」
「う、うん。もしかして、弱点と耐性が変化してる……?」
「あら、お気付きになって? その通り、アイリーンちゃんは受けた魔法にすぐに適応できてしまうんですのよ。散々攻撃を浴びせた今、それが分かったところでもう手遅れですわ。ほとんどの属性の耐性を得たことで、あなた達はろくな抵抗もできずに倒れ伏すのを待つだけですもの」
「ゲッ、そんなのアリかよ⁉︎」
「そ、それじゃあ物理でしか攻める手立てがないじゃないですか……⁉︎」
「……」
……違う、そんな筈ない。根拠はないけど、私はそう確信していた。
確かに、あの魔物には受けた魔法の属性に強い耐性を得られるのだろう。さっきイアの魔法が続けて効かなかったことも、火に対して耐性が付いたというのなら納得がいく。カメレオンに似た風貌からして、自らの属性を変化させることで魔法を防いでいるのかも。
だけど、そんな強い特性だってどこかに「穴」がある筈。ベルメールは「適応できる」と言ったけど、何かが違うんだ。あとちょっと、もう一つでも取っ掛かりを掴むことができれば……!
「ま、まだ試してない攻撃はあるもん! 『フロース・マーテル』!」
エメラの言う通り、まだ大地属性は未検証だった。大地の息吹によって生み出された大量の草花が魔物の周りを取り囲み、纏わりついていく。
「ドラク君、僕達もやろう!」
「そ、そうだね。『エレクシュトローム』!」
「『ヴァン・オラージュ』!」
間髪入れずにドラクとロウェンさんも魔法を放つ。電流と暴風コンビネーション。2つの魔法は混ざり合い、小規模だけど強力な嵐と化して魔物に襲い掛かる。
エメラの魔法で足止めされているところに、嵐が直撃。魔物は大ダメージを負ったようで、『グヮウッ⁉︎』と悲鳴を上げた。
「やった! これ、なかなかいいところいったんじゃないかな⁉︎」
「なんだろう。エメラさんの魔法よりも、僕達の魔法の方が効いていたような……」
ドラクのその言葉が正しいのだとすれば、大地属性の魔法を受けた後に風属性が弱点になったということになる。火・水・大地・風・光・闇……六属性全ての魔法は試した。その中で何か法則があった筈。考えろ、考えるんだ……!
まず前提として、火は大地に、大地は風に、風は水に、水は火にそれぞれ強くて、光と闇は互いが弱点となる。最初、あの魔物が受けたのはフリードの水属性の魔法で、その次はイアの魔法を食らい、その時は普通にダメージを与えることができた。
だから受けた魔法の属性に染まるという可能性はここで無くなる。でも、次に受けたイアの魔法はどういうわけか通らなくなってしまった。次に大ダメージを与えられたパターンといえば、ルーザの攻撃の後のカーミラさんの魔法と、エメラの魔法が当たった後のロウェンさん達の攻撃だけど、特に気になったのは後者だ。大地属性に適応したというのに、風属性が弱点になったかのようなあの反応……相性の相関関係としては反対なんじゃ。
「ん、反対……?」
そ、そうか、それだ……! それなら、今までの魔物の反応も全て説明がつく。やっぱり魔物は受けた魔法の属性に「適応」していたんじゃない。寧ろその逆だったんだ。
なら、次の一手はこれしかない────!




