第201話 もうひとりぼっちじゃない(1)
「あらあら、逃げ出さないとは勇敢ですこと。その点だけは褒めて差し上げますけれど、わたくしのアイリーンちゃんの前では無駄な抵抗でしてよ! さあアイリーンちゃん、ぺちゃんこにして差し上げなさい!」
『ガアァッ!』
私達以外が魔物に恐れおののいて避難したことに気を良くしたのか、上機嫌で命令を下す。それに従い、魔物は再びドスドスと轟音のような足音を響かせながら、私達を踏み潰そうと迫って来た。
「うわっ……⁉︎」
私達の5倍もありそうな巨体から来るパワーは、その動作だけでも周囲に決して小さくない影響を及ぼす。地面をえぐって土煙がもうもうと巻き起こり、それが私達に容赦なく襲い掛かる。目もまともに開けていられず、これじゃ戦うどころじゃない。
「やれやれ、ご丁寧に正面から突っ込んで来てくれるとはいえ、これ以上暴れられちゃたまんないな。てなわけで、ちょっと失礼っと」
「ちょっ、またカバンを!」
「どのみちこのかんかん照りじゃ、吸血鬼も満足に動けないじゃん。ここを大事にしたいってんなら、今回は目をつぶってよ」
またしても勝手に私のカバンの中に手を突っ込むオスクに一言文句を言ってやろうとするものの、そんな場合じゃないと遮られた。ガサゴソと中身を弄って、やがてそこから引っ張り出したのはスラリと長い白い杖……ゴッドセプターだった。
あ、もしかして……!
「『月光招来』!」
王笏を取り出してすぐにオスクはそれを高々と掲げ、力を解放する。すると王笏に収められているカグヤさんのエレメントが輝きを増していき……あっという間に周囲が満月の輝く夜空に閉じ込められた。
「な、な、な、なんですのっ⁉︎ 一体、何が起こったんですの⁉︎」
「さーてねぇ。アンタのその足りない頭でも分かるように言えば、こいつは強固な結界さ。どんなに殴ろうが叩こうが斬ろうが、解けることは決してないくらいにはね。これで周りの被害を気にせず暴れられるってこった。アンタはその化け物が文字通り袋叩きにされないよう、精々頑張れば?」
手にした王笏をくるりと回して遊んで見せてから、カバンの中に戻していくオスク。いつも通り、相手を煽る言葉を並べ立てて挑発することも忘れずに。
確かに、カグヤさんの魔法である『月光招来』は強力な結界でもある。それに、陽の下では吸血鬼のカーミラさんは行動が制限されてしまうし、レオンは吸血鬼としての弱点を打ち消す術を持っているけど、術を使用しただけ体力が削られてしまうデメリットがある。
でもこの魔法によって日光は完全に遮られるから、これで2人も自由に動ける。全身全霊で敵を迎え討つことができる!
そしてベルメールはといえばオスクの挑発にまんまと引っかかり、みるみる内に顔を怒りで真っ赤に染めた。
「ふ、フン! こんなの、無駄な抵抗ですわ。閉じ込められたというのなら好都合。徹底的に追い詰めて、とことんまで痛ぶって差し上げますわ!」
『グルガアァッ‼︎』
「そうはいくかよ!」
急に暗闇に閉じ込められたことによって少なからず動揺していた魔物だったけど、ベルメールのそんな声に応えるようにして再び突っ込んで来た。それを見たルーザはベルメールの思い通りにさせまいと、先陣を切って前に飛び出していき、
「くらえっ!」
鎌を力いっぱい振るって魔物に容赦なく斬りかかる。大抵の敵はこれだけで大きく吹っ飛んでしまうほど、食らったらひとたまりもない攻撃なのだけど……
『ガアッ!』
「うわっ⁉︎」
魔物は大きく身体を捻って、斬撃が届く前にルーザを突き飛ばした。その巨体からは考えられないほどの素早い身のこなし。ルーザもこれは流石に予想にしてなかったようで、防御も追いつかずに吹っ飛ばされてしまった。
「ルヴェルザさんっ! 『シエルブリーズ』!」
「……っ! 悪い、助かった」
地面に叩きつけられそうになったけれど、ロウェンさんが咄嗟にそよ風を生み出してルーザの身体を受け止めてくれた。ロウェンさんの魔法によって落下速度も落ちて、おかげでルーザは無傷で地面に降り立つことができた。
「あら残念。そのまま倒れ伏すかと思ったのに、お仲間のおかげで命拾いしましたわね」
「くそっ……。だがあのデカブツ、あんな図体してる割に予想以上に俊敏だぞ」
「生半可な攻撃は通用しそうにないですね……。それにあの巨体から来るパワーでちょっとでも動かれると簡単に振り払われてしまいますし、接近戦は厳しそうです」
「そんじゃ、遠距離からの魔法ならいけんじゃねえか⁉︎」
「……あっ。ちょ、ちょっと待ってイア!」
物理での接近戦が駄目なら、その逆をと思ったのだろう。イアは言うが早いか、すぐさま詠唱を開始する。
イアの提案は試してみる価値はあるだろう。でも、私が気になったのはベルメールの態度。攻撃されそうになっているというのに、ベルメールは魔物に避けるよう指示を出すこともなく、それどころか余裕たっぷりに薄ら笑いを浮かべているんだ。
何か裏があるんじゃ……そう思ってイアを止めようとするものの、時既に遅し。
「『イグニートフレア』!」
イアはもう既に詠唱を終えていて、それによって生み出された灼熱の炎が魔物に向かって一直線に飛んでいく。……それを見てベルメールはニヤッと妖しい笑みを浮かべる。
炎が直撃しそうになったその刹那────魔物はガバッと口を大きく開けて、イアが放った炎をバクンと食べてしまった。
「ゲッ、食われた⁉︎」
「驚くのはまだ早くってよ。倍にしてお返しして差し上げますわ!」
ベルメールが言ったように、魔物がまた口を大きく開けたかと思えば、さっき食べた筈の炎をそのままイアに向かって吐き出した。
それもそっくりそのままではなく、2倍の大きさに膨れ上がって。まさか倍返しされるとは思わず、避ける暇もなくイアは炎を正面からまともに受けることとなった。
「あっつ⁉︎ ちょっ、焦げる焦げる焦げる! エメラ、なんとかしてくれ!」
「もー、しょうがないなぁ。『ブルームミスト』!」
そんな必死の頼みにエメラがやれやれとばかりに杖を掲げる。その瞬間、魔力で生み出された花が冷たい水を噴水のように吹き上げ、イアはその中に慌てて飛び込んで身体のあちこちに燃え広がろうとしていた炎をなんとか消火した。
「うげ、服がブスブスいってらぁ……。耳とか焦げてねえよな?」
「なーんだ、あとちょっと燃えてりゃこんがり美味そうに焼けたってのに」
「美味しくいただこうとしないでくださいよ⁉︎」
「で、でもどうするのよ? 物理も駄目、魔法も駄目じゃあ今回も正攻法で戦って勝てる相手じゃないわ。以前の機械よりかはまだ直接攻撃が通るかもしれないけど、ベルメールってヤツの様子からして、まだ何か隠してそうよ?」
「……っ」
カーミラさんの言う通りだった。あの魔物は物理でも魔法でも、ただ攻め込むだけでは手痛い反撃を受けてダメージを与えるどころじゃない。私達の魔法を食べて、それを2倍にして返すことができるなんて、カルディアで戦った「神」とはまた違う厄介な特性を持っている。それに、ベルメールの態度からして、まだ隠してることがありそうだ。
ペットだからと侮ってはいけない。あの魔物は一筋縄では倒せそうにない、手強い強敵に違いなかった。




