第199話 12時の鐘の音が鳴り響くまでに(2)
「それではこれより、最終競技の護身術を開始します。この競技は5人1組での勝ち抜き戦となり、かつ対戦形式は1対1での個人戦となります。護身術はこれまでの競技と異なり、1人撃破ごとに勝利した学校にポイントが1点与えられます。また、同点になった場合は延長戦を行います」
整列を終えてすぐに始まった審判の説明を、私は静かに聞いていた。
フリードが言っていた通り、私達が無条件で勝つには4勝しなくてはならない。3勝だとしても同点になって、延長戦になる。だけどベルメール達が何か企んでるこの状況で、戦いが長引くのは得策じゃないだろう。早く決着を付けるには私達の勝利が確定するまで勝ち残り続けていくしかないんだ。
「使用する武器、魔法共に制限はありません。自分の力を存分に発揮して試験に臨んでください。それでは、先鋒の生徒は位置について、残りの生徒は後方で待機してください」
審判から指示を出され、移動を始める私達。先鋒である私は、もちろんその場に残っていつ始まっても良いように準備を整える。
「あら、いつ出てるくるのかと思っていたら、まさかここで当たることになるなんて。てっきりもう怖気付いて逃げ出したかと思ってたわ」
「……」
対戦相手になったのは、あろうことかベルメールの取り巻きの内の一人だった。他の競技で姿を見なかったことと、さっきベルメールから指示を出されていたことからもしかして、とは思ってたけど、それが見事に当たってしまった。
肝心のベルメールといえば……他の競技参加者が待つ後方にもおらず、待機場所にいたままだった。自分の手を汚そうとしない、他人任せなところは昔と全然変わっていないようだ。
「シア、逆にこれは好都合ですわ。不敬な貧乏貴族にこれまでの行いを反省させるべく、あなたが直々にお仕置きして差し上げなさいな」
「はい、ベルメール様。この不届き者に立場というものを思い知らせてご覧に入れます」
「……その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「な、なんですって?」
まさか口を挟まれると思わなかったのだろう、ベルメールとシアの顔が怒りの色で染まる。私にもこれまでの情け無い自分を恥じているところはあるけど……行いを反省するべきなのは向こうの方なのだから。
「あなた達にお仕置きされる筋合いなんてない。私のことを散々見下して、挙句自分達の行いを棚に上げて……。そんな輩に、頭を垂れる価値もない」
「……っ、その減らず口、すぐに黙らせてあげてよ! 覚悟なさい!」
「では、只今よりルジェリア対シアの対戦を開始します」
「ん、ルジェリア……?」
審判が私の名を口にした途端、周囲が少しどよめいた。これだけの人数の見学者がいるんだ、私の名を聞いたことがある者が少なからずいたらしい。
だけど、そんな中でベルメールは無反応で、予想してた通り私の正体は把握してない様子。でも中心となっているベルメールが知らないために、大した騒ぎにならずに済んだ。おかげで思う存分戦うことができる。こればかりはベルメールの世間への無関心さに感謝した。
私はおもむろに剣を引き抜いて、その切先をゆっくりとシアへ向ける。シアも、負けじと自身の得物であるらしい槍を構えた。
「……それでは、始めっ!」
「食らいなさいっ!」
試合開始を宣言されると同時に、シアが先手必勝とばかりに炎を放ってきた。
……シアが得意とするのは火属性か。なら、
「『フィンブルヴェト』!」
こっちは冷気を放つことでシアの魔法を打ち消す。魔法自体は無効化できたけど、シアはそれが狙いだったようで炎が消えた直後に私に向かって突撃してきた。
「……っ!」
咄嗟に私は剣を構え直し、シアの槍を受け止める。でもこれだけでは終わらないとばかりに、シアは何度も何度も突き攻撃を繰り出してくる。
激しい攻撃ではあるけど、対応できないことはない。冷静にシアの動きを見て突いてくる方向を予測し、確実に相殺していく。今は耐えて、チャンスを伺おう。そう思っていたら……
「やあっ!」
「なっ……」
突如としてシアとは別方向から斬撃が飛んでくる。咄嗟に剣を大きく振るうことで弾き返し、何事かとそちらへ目を向けてみれば、そこにはベルメールの取り巻きであるもう一人の女子生徒……両手剣を手にしたゼラが立っていた。
「お、おい! これって1対1の個人戦だろ⁉︎ ルール違反じゃねえか!」
「そうだよ! 反則だよ、反則!」
「あら。仲間が途中から加勢してはいけないなんてルール、ありませんでしたわよねぇ?」
イアとエメラが途端にルール違反だと訴えるけど、ベルメールは涼しい顔でそう言い返してくる。
屁理屈もいいところだ。……最初から、これが狙いだったのだろう。何かしらルールを破ってくるとは思ってたけど、思い切ったことをするものだ。
「その代わりに、あなたが2人に勝てば得点はもちろん2点分譲って差し上げましてよ。打ち勝った相手の数分の得点が手に入る、問題ありませんわよね?」
「それは……」
審判に対して、そんな提案をするベルメール。あの様子だと、審判もベルメールが上級貴族の令嬢であることを知っているが故に強くものを言えないのだろう。
確かに、撃破した人数分だけ得点が得られるというのはルールに乗っ取っている。それを私に飲めというのだろう。もちろん、拒否権なんて与えられてないのだけど。
「くっ……」
何しろこの間にも、取り巻き2人組の攻撃は継続されたまま。私はそれを受け止めるか避けるかに必死で、反論すら許されないこの状況。ベルメールは私に文字通り有無を言わさずに条件を飲ませるつもりなんだ。
「あっ」
多方向から、しかも至近距離での攻撃をいなし続けるのには流石に無理があった。隙を突かれ、刀身の根本に思い切り打撃を受けたことで剣は勢いよく弾き飛ばされてしまい、遠く離れた地面に突き刺さった。
「トドメですわぁ!」
武器が手から離れたことで丸腰になり、それを好機と思ったのだろう。2人はここぞとばかりに武器を振り上げ、全力の一撃を繰り出そうと迫ってくる……!
「────狙い通り」
……だけど、それこそが私の策だった。攻撃が届く直前、私は懐から取り出したあるもので2人の攻撃同時に受け止め、その隙に身体を捻ってガラ空きの腹部に蹴りを食らわした。
「かはっ……⁉︎」
油断していてろくに防御の体勢を取っていなかった2人の身体は、それによって呆気なく吹っ飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がり、ようやく止まったその時になってやっと自分達の置かれている状況を理解するに至る。
「ちょ、ちょっと! それは一体いつ用意したというのよ!」
「別に。最初から懐に忍ばせておいたというだけ」
「武器を複数持つなんて卑怯ですわ!」
「武器の使用に制限なんてないし、複数使っちゃいけないなんてルールも無かったでしょ? そもそも、2人がかりで来てるそっちに文句を言う資格なんて無いと思うけど」
「……っ!」
反論できず、くしゃっと顔を歪める取り巻き2人組。
そう……私が取り出したもの、それは以前カルディアでギデオンさんから譲ってもらった二丁拳銃だったんだ。剣が使えなくなる可能性を考えて仕込んでおいたのだけど、それは大成功だったらしい。
今日という日のために、あらゆる策を練ってきた。個人戦であるということを無視して、複数人で攻めてくることだってもちろん考えていた。この銃を持っていた理由はそれを警戒していたからこそ。考えられる可能性全てを張り巡らせ、自分の手札の中でそれぞれに対応できる方法を模索して、見出してきていた。ベルメールは意表を突いたつもりかもしれないけど、そんなのは想定内だったということだ。
……地面に倒れ込むシアとゼラに対して、私は銃口を突き付ける。今まで見下してきた相手に、物理的に見下されているこの状態は、2人にとって最大級の屈辱だろう。元々歪みに歪んでいた顔が、さらに酷さを増していく。それももちろん作戦の内。イラつきは思考を単純化させて、戦略を練ることが難しくなるためだ。
朝一から始まったこの合同実技試験は、もうすぐ正午を迎えようとしていた。時計の長針が真上を指すまであと30分、といったところか。
その12時の鐘の音が鳴り響くまでに、この欲に塗れた薄汚い『ブトウカイ』を閉幕させて見せる。そのために、
「さあ、終わらせてあげる!」
高らかにそう宣言しつつ、銃の引き金を引いた────




