第197話 踊り、踊らされて(3)
「これから作品の評価に入っていきます。一校ずつ作品を公開し、作品の説明を行っていただいて、総評を行います。そして相手より高い評価を得た学校を勝者とし、ポイントを獲得できます」
審判の妖精がそう説明していくのをエメラ達も、待機している私達も静かに聞いていた。
評価のポイントとなる要素……見た目はもちろんだけど、家を構成する一つ一つのお菓子のクオリティなどの技術的な側面もその中に含まれていることだろう。食材と道具はお互いに指定のものしか使用できないのだから、差を付けられるとしたらやっぱりそれぞれのスキルの高さが鍵となってくる筈。
エメラ達なら、きっと大丈夫。そう信じて、私達はみんなが立つ校庭中央へと再び意識を向ける。
「それでは代表者のエメラさん、作品の公開をした後に、作品の説明をお願いします」
「はい! じゃあみんな、いくよ……これがわたし達の作品です!」
エメラが合図すると同時に、全員で作品にかけられている布を掴む。そして顔を見合わせてうなずいてから、それを勢いよく剥がした。
「あっ……!」
布が取り払われ、その中に隠されていたものが露わになった瞬間、思わず声が漏れた。
ベースとなっているスポンジケーキの表面を覆うようにして、レンガのように積まれて壁を成しているたくさんのクッキー。チョコレートはその上に蓋をするかのように乗せられた板状ものと、溶かしたものを細長く絞り出して柵を作るなどして使用されていた。
窓ガラスには透明な飴、細かい装飾はホイップクリームやアラザンを活用し、家の周囲に作られた庭の草花はカラフルに彩られたホワイトチョコとグミ、マカロンで飾られていた。
これだけなら様々なお菓子をふんだんに使った見事なお菓子の家というだけだったのだけど、驚くべきはその家の形。
いや、家というよりは洋館と言った方が正しいそれは、見覚えがあるどころか私にとってものすごく馴染み深い外観をしていて。
「あ、あれ私の屋敷⁉︎」
「本当です、お菓子であのお屋敷をそっくりに再現してます……!」
「数日前に、あいつらが屋敷の外装と内装を観察させてほしいって頼んできたのはこのためだったのか……」
エメラ達がお菓子の家のモチーフとして選んだのは私の屋敷だった。ルーザの言う通り、料理部門に参加する全員で私の屋敷の外装から内装、中庭や迷いの森の木々の位置まで事細かにメモしに来た理由が、今やっと分かった。
「わたし達はわたし達にとって馴染み深いお屋敷をモチーフにして、それをお菓子を使って再現しました。外観はもちろんですけど、周囲の風景から、部屋の一つ一つまで内装もバッチリ限りなく似せています!」
「……そこまでいくとプライバシーとか諸々引っ掛かりそうなんだが、大丈夫なのかよ」
「ま、まあ馴染みある屋敷としか言ってないから王族の別荘とは分からないだろうし、問題ないよ。……多分」
ボソッと呟かれるようにして入れられたルーザのツッコミに、私はそう返しておいた。
完璧に屋敷の構造を再現するために、何から何まで事細かに造りをメモしていただけのことはあるようだ。私でさえ普段見落としているような細かい彫刻から、チョコレートの幹と綿飴で作られた迷いの森の木々までちゃんと配置されているこだわりよう。
位置すら1ミリの狂いもないんじゃないかと思うくらいに再現されている徹底ぶりは、もはや尊敬を通り越してちょっと引いてしまうくらいのレベルに入ってしまいそうだ。それだけ、この作品を作りあげるのに全員が必死に取り組んできた証拠でもあるのだろうけど。
「まあ……! 一つ一つのお菓子の出来はもちろんですが、ここまで緻密に作り上げているとは。まるで写真を見ているかのようです。お見事の一言に尽きますね」
「はい。技術面でも、観察力でも優れた生徒ばかりだったのでしょう。見た目だけでも美味しそうです」
この屋敷は自分の別荘ともあって関係の深い姉さんも、お菓子でそれがそっくりそのまま再現されたことに感嘆のため息を漏らす。隣にいるエルトさんもエメラ達の健闘を讃えつつ、姉さんの意見に同意の意思を示している。
姉さんからも評価は上々のようだ。これは勝てるかもしれない。エメラも、プラエステンティアの生徒達に向かって、どうだと言わんばかりに得意げな顔をして見せている。
「……ほほう。なかなかの腕をお待ちのようですが、所詮は平民。発想もそれ相応ですね」
「な、なによ。テーマにも沿っているし、お菓子作りに求められるスキルも全部活用してる。これのどこが平民だからって見下すことに繋がるの!」
だけど、その反応は予想とは真逆だった。エメラ達の作品のクオリティに動揺するどころか、それがどうしたとでも言うかのように余裕をひけらかしている。堪らず、カーミラさんが言い返すものの、それも想定内だと言いたげに不敵な笑みを浮かべて見せてきた。
「ならばその貧相な眼でとくと見て、思い知るがいいでしょう。我らとの力の差を」
そんな自信満々な言葉と共に、作品を覆っていた白い布が取り払われる。
「なっ────⁉︎」
布の中に隠されていた作品を目にした途端、エメラ達も、待機していた私達も揃って絶句した。
そこにあったのは、飴細工とホワイトチョコを見事なまでに駆使して作り上げられたミラーアイランド城のミニチュアだった。様々な色の飴を何重にも重ねて使用することでそれは虹のような光沢を帯びて、雪のように純白なホワイトチョコと合わさることで余計に映えて見えた。
しかも、それだけでは終わらなかった。城の周囲をぐるりと囲む街並み……噴水広場までの王都の風景すらも作り込んでいるこだわりよう。お菓子で作られた、立派なジオラマをプラエステンティアはこの短時間で完成させてしまっていた。
「本日、クリスタ女王陛下が審査員としておいでになると聞いて、我らは陛下の家も同然の王城を作り上げると決意したのです。王城だけでなく、ここにいる者が住まう地の一部である王都と結合したのは、この国が我らの家ともいうべき存在であるからこそ。このテーマに最も相応しいと思うものを表現したかったのです」
「素晴らしいですね。作品の出来といい、その成り立ちといい、このまま王城に飾ってしまいたいくらいです!」
「へ、陛下……」
なんて、つらつらと並べられるもっともらしい理由に姉さんはすっかり感心してしまったようだ。エメラ達を憐れんでか、咄嗟にエルトさんが止めに入ろうとしてくれるものの、時既に遅し。姉さんだけでなく、ここにいる妖精と精霊のほとんどがプラエステンティアの作品に見入ってしまっている。
「それではこれより、判定に移ります。クリスタ様、審査員を代表して判定をお願い致します」
「はい。お屋敷も充分にお見事なものでしたが、今回はごめんなさい。料理部門の勝者は、プラエステンティア学園となります!」
姉さんからそう告げられた瞬間、エメラの表情は絶望に満ちたものへと塗り替わる。
聞くまでもなかった。文句のつけようがない。スキルの一つ一つも、発想も、全てにおいてプラエステンティアの方がエメラ達より優れていたからこその結果だ。……完敗だ。
「ごめん、みんな……。負けちゃった……」
結果発表の後すぐ、エメラ達料理部門担当のみんなが待機所に戻ってきた。
クラスメートのみんな、悔しそうに俯いているけれど、その中でもエメラは特に酷い。そのエメラルドのような緑色の大きな瞳に涙を浮かべて、顔は真っ赤で。手は小刻みにプルプルと震えていた。
「わ、たし……精一杯やったけどっ……出来る限りのことしたけど……ひぐっ……全然まだまだだった。お菓子作りなら誰にも負けないって、そう思ってたのに……上には上がいるって、嫌でも分かっちゃった……!」
涙を堪えながら漏らされた弱音も、嗚咽で所々詰まる。いつも明るく、滅多に弱音なんて吐かないエメラがここまで参ってしまっているなんて相当だ。余程、得意分野で負けたことが悔しかったのだろう。
「大丈夫だって、まだ負けたって決まったわけじゃねえ! 他の競技で挽回すりゃいーんだよ。エメラ達の仇取るためにも、オレ達も全力で頑張るからさ!」
「うん、まだ一敗。充分取り返せる範囲だよ。悔いは残ってるだろうけど、料理部門のみんなも全力を尽くしたんだ。謝る必要なんてないよ」
そんなエメラを少しでも励ますべく、イアとドラクはすかさず暖かい言葉をかけ、隣にいるカーミラさんも背中をゆっくりさする。それが少しでも効果があったようだ、エメラの瞳に溜まっていた涙が僅かに引っ込む。
「2人の言う通りだよ。精一杯頑張ったんだから、お疲れ様って、それだけでいいんじゃないかな。そりゃあ、プラエステンティアの作品はすごかったけど……私としては、エメラ達の作品の方が美味しそうに見えたよ」
「ルージュ……」
「試験が終わったらあのお菓子の屋敷、みんなで食べようよ。姉さんとエルトさんと、ロウェンさん。それに、エメラのお母さんとか、イアのお父さんも呼んで。せっかくエメラ達が頑張って作った学校生活の集大成なんだもの、見るだけで終わるなんて勿体ないし」
だって、何しろ────
「美味しく食べるまでがお菓子作り、なんでしょ?」
「……! うん!」
その言葉で、ようやくエメラは立ち直ってくれた。
以前のケーキ作りの時に、エメラが教えてくれたことだ。美味しいかどうかを確かめることも、大事な工程の一つなんだと。
勝負自体には負けてしまったけど、エメラのお菓子作りに対しての情熱は誰にも負けないことを私達は充分に分かってる。それを全て注いで作り上げた作品を、味わって最後まで堪能しないとそれこそ失礼に値するのだから。
まだ一敗、こちらの敗北が完全に決定したわけじゃない。次からの競技で勝てばいいだけのこと。これから勝ち続けて、廃校の危機と負の連鎖を食い止めて見せる。────必ず。




