第197話 踊り、踊らされて(2)
姉さんと一旦別れた後すぐに試験の開会式の時間となったため、私達は校庭の中央に集められた。
生徒達の両親、ロウェンさんなどの外部からの見学者、そして貴族達に囲まれながらの集合……当然ながら試験の参加者である私達に視線という視線が集中し、正直言って落ち着かない。普段、この学校に大勢の妖精と精霊が集まることなんて全くと言っていいほど無いだけに、余計に気になってしまう。みんなも、周囲の注目を集めているこの状況にますます緊張しているようだった。
「まあまあ……校舎を目にした時からみすぼらしいとは思ってたけど、生徒の服装も品がないこと。あれでは生徒の能力もたかが知れますわね」
「ええ。あれでは例年通り、プラエステンティア学園の圧勝は確実。今日は精々どれほど太刀打ちできるか楽しませてもらうとしましょう」
……静かに待機している最中、そんな貴族の会話が嫌でも耳に入ってくる。中身なんて何も見ていない、何も知らないというのに、見た目ばかりで判断して最初から私達が必ず負けるだろうと決めつけている蔑みの言葉が。
「くっそ、好き勝手言いやがって。今に見てろってんだ」
「そうだね。正々堂々戦って、平民だろうが貴族になんて負けないところを僕達自身の手で見せつけてやろう」
「ルージュに酷い目遭わせたお礼をキッチリするためにも、だよね!」
でも、そんなことで屈するみんなではなかった。寧ろ成果を出すことで見返してやろうと意気込んでいるくらい。こんな強い友達が味方になってくれていることが本当に心強かった。
私も、もう逃げたりしない。ベルメール達に今までの借りを返して、悔い改めさせるんだ。
「それでは本日、特別審査員としてお招きしたクリスタ女王陛下に開会宣言をしていただきます」
そして当たり前というべきか、試験開始を告げる役目は姉さんに任されたようだった。指名されたことで姉さんはゆっくりと中央へ歩み寄り、そこに用意されているステージに上がって優雅に一礼する。
「本日はこのような特別な場にご招待いただき、本当にありがとうございます。今日という日に向けて、それぞれが並々ならぬ努力を積まれてきたことでしょう。それを今日この場で、みなさんのご両親、お世話になった教師の皆さま、友人の方にも、二校の対決という形ではありますが、みなさんが成長した証として存分に披露してください。これまでに学んできた成果を全て、卒業という旅立ちの前にそれぞれが悔いが残らぬほどに発揮されることを楽しみにしています」
審査員として招待されたことに対しての感謝と、私達生徒に対しての期待を述べていく姉さん。
姉さんの言った通り、名目上はそれぞれの学校の生徒達が学校で学んできた各々の自慢の技で競い合う行事ではあるけど、その実態は私達の学校の存続を左右する戦い……謂わばプラエステンティア学園と貴族との決闘なんだから。
長いようで短かったこの学校をめぐる対決の、その最終決戦となるこの合同実技試験。それがいよいよ────
「ではこれより、合同実技試験の開幕を宣言します!」
腕を広げながら大きく告げられた姉さんのその言葉と、その直後高らかに鳴らされた学校の鐘の音によって、戦いの幕が切って落とされた。
開会式を終えてすぐに、最初の競技である料理部門に参加する生徒達に招集がかけられる。参加者であるエメラと、サポート役を引き受けているカーミラさんの出番というわけだ。
「と、とうとうなんだよね。さっきはああ言ったけど……うー、やっぱりあんな大勢の前で作ることになるなんて、緊張しちゃうよぉ……!」
「大丈夫よ、あたしも付いてるわ! それに一緒に参加するみんなもいるんだもの、エメラだけが全部背負う必要はないわ。みんなで一緒にプラエステンティアに立ち向かいましょ!」
「エメラなら大丈夫だって。いつもみてーに自分らしく、楽しんでやればいいんだよ。自慢の特技って前に、純粋に好きなんだろ、お菓子作り。自分が作りたいものを精一杯作ればそれでいいじゃねえか」
「そ、そうだよね。うん、ありがとカーミラさん、イア。楽しまなくっちゃ意味ないよね!」
緊張で身体も表情もガチガチに強張っていたエメラだったけど、カーミラさんとイアの言葉によっていつもの調子を取り戻した。エメラはカーミラさんとは何かと趣味が合うこともあるのだろうけど、イアは流石幼馴染といったところか。付き合いの長さもあるのだろう、イアがエメラの内面を一番理解しているようだった。
エメラはふう、と一息ついてから顔を上げると、その顔はすっかり決意を固めたものへと塗り変わっていた。そして一緒に料理部門に参加するクラスメートと、カーミラさんと共にバトルフィールドとなる校庭中央へと向かって行く。
「それではこれより、料理の競技を始めます。用意された食材のみを使用し、先日に提示した『お菓子の家』というテーマにそって制限時間内に作品を制作してください。個人的に持ち込んだ食材の使用は認められません。また、相手に対して作業の妨害行為があった場合、即失格とみなされます」
両学校の参加者が揃うと、審判を務めている教師妖精がルール説明を行う。
その言葉通り、校庭中央には調理場と調理器具一式、そして卵やミルクと砂糖などのお菓子作りに欠かせない材料や、様々な果物、デコレーションに使うためのチョコチップやアラザンなど、たくさんの食材が用意されていた。遠目から見ても、お菓子作りに使われそうなものは大方用意されているようだけど……
「────それでは、試験開始!」
その合図と同時に、一斉に動き始める両者。用意されている食材の中から自分達が使うものを、必要な分だけ手早く回収し、調理場に戻る。
食材を調達し終えてすぐにエメラは持ってきた大量の卵を、魔法で大きくしたボウルの中に全て割り入れて、これまた巨大化させた泡立て器を駆使して溶きほぐしてから、砂糖と一緒に混ぜ始める。それからそのボウルを湯煎にかけてから、さらに泡立てていった。
これは……確かいつかのケーキ作りで私もやった、スポンジケーキの作業工程? エメラ達はスポンジケーキをお菓子の家の土台にするつもりなのかな。
実を言うと、私達はエメラ達がどんなお菓子の家を作るのかは一切聞かされていない。まあ、これはエメラ達に限った話じゃなくてフリード達、彫像部門も同様なんだけど……だからこそ、作業工程一つ一つに私達は見入っていた。
「エメラさん、今回は魔法で作るんだね。以前、一緒にケーキ作りをした時は全部手作業だった筈だけど」
「おう、いつもはな。苦労することだって大事な要素だっていつも言ってたし。全部直接自分の手でやるから意味があるんだってんで、普段は手作業にこだわってるんだけどよ」
「今回は制限時間もありますからね。魔法で済ませてしまった方が効率がいい作業は、今回ばかりは魔法に頼ることにしたんじゃないでしょうか」
魔法に頼らず、自分の手で苦労しながら工程の一つ一つに愛情を込めて作るからこそ成り立つんだって、エメラはいつも言っていた。エメラから料理を習った私もそれに影響されて、普段の自炊は魔法を使わないよう心掛けている。
だけど、試験は普段のお菓子作りとは違って時間に限りがあるから、あまりのんびりしていられない。それに大量の卵を満遍なく、しかも長時間泡立て続けるというのは手作業じゃとても無理だ。エメラもそう考えて、魔法を使うべき作業には使うことにしたのだろう。
でも魔法で作るにしても、味や見た目などの出来栄えは結局のところ作り手次第。エメラの腕とセンスなら、魔法を頼っても普段と同じクオリティにするのは難しいことじゃない筈だ。
エメラは生地の泡立てを魔法で継続しつつ、その傍らで家の形成に使うらしいクッキーとチョコレートの用意もし始める。
魔法を駆使して、3つの作業を同時進行。エメラと一緒にこの競技に参加している5人の生徒も各自で作業を進めているけど、それでも1人につき一種類。それをエメラはその倍以上の作業量を、しかもそれぞれ作り方も全く違うものなのにもかかわらず、手早くこなしてしまっているなんて。
「す、すげぇ……どうやって操ってんのかまるで分かんねぇ」
「器用なこった。ここまで極めんのも相当の努力を要する筈だけど、好きだからこそとことんまで突き詰めんのかね。それを惜しみなく発揮するとか、あいつも本気になってるわけだ」
「好きだからこそ負けたくないんだろうよ。そもそも、これは成長した証を披露する場なんだ、出し惜しみする必要なんざねえよ」
エメラの腕がいいことは知っていたけどまさかここまでとは思わず、みんなもエメラの手際に感心しきっている。これまで培ってきたものと、試験が決まってからの一週間の努力とで、積み上げてきたものを思う存分私達に見せてくれている。
これなら、いけるかも……!
「……できた! これ、組み立てお願い!」
やがて出来上がったらしいスポンジケーキとクッキーを作業を終えて手が空いているクラスメートに渡して、いよいよ家の組み立てへと入っていく。
「そのチョコレート、ちょっとズレてるわ。もうちょっと右。バルコニーを付け終わったら、アラザンで飾り付けよ!」
少し離れた位置でカーミラさんは家の全体を見渡しながら、細かい部分に指示を出していく。みんなはその指示に従いながら、各自で準備したお菓子を決められた位置へと魔法を使って配置していった。
浮遊させた出来立てのお菓子達と果物が飛び交い、辺りがバターの香りやチョコレートの香ばしい匂いで包まれる。そうして完成したと思われるタイミングで、大きな白い布ですっぽりと覆い隠された。
「────そこまで! それでは、ここから採点に移ります」
それから数分もしない内に、審判からタイムアップを告げられる。これから勝敗が決められるということに、待機している私達にも緊張が走った。




