第195話 決意を秘めて(2)
「……んで、結局こうなるのかよ」
「ま、まあ、基礎体力を付けるのは悪いことじゃないよ」
レオンから強制的にランニングするよう命じられたことに対して不満をこぼすルーザに、私は苦笑いしつつフォローを入れる。
試験本番まであと5日。この短期間で地道な訓練が実を結ぶのは厳しいとは思うけど、決して無駄にはならない筈。勝利を掴むためのせめてもの悪足掻き、当日までできることはなんでもやっておきたい。
クラスメート達も始めは文句を言ってたものの、今のまま貴族達に挑んでも確実に負けてしまうのはわかっているのだろう。今はただひたすら両手両足を動かして、言い渡された校庭10周のノルマをこなすことに集中している。
ぼてぼて、ぼてぼて、それぞれが自分のペースを保ちながら走り続けていき……
「よし、ノルマは達成だな。後は好きにするがいい」
「お、終わった……!」
なんとか10周走り終えて、ゴールラインを超えた瞬間に私達はその場にバタバタと倒れ込む。
迷いの森ほどではないものの、校庭の外周もそれなりに長いもの。息はゼェゼェと荒みきって、心臓の鼓動がバクバクとうるさくて。慣れればこれも落ち着いたりするのかもしれないけど……その時はまだまだ遠そうだ。
それからしばらく休憩して息を整えた後、みんなは自分が参加する競技の作戦会議や特訓へと切り替えていった。
エメラ達、料理部門はデザイン画を起こして何を作るか具体的なイメージ作りを。フリード達、彫像部門は縮小サイズでの試作品を作って見栄えや強度の確認。魔法薬部門は使用する薬草の効能をどう組み合わせるのかの計算を、飛行術部門は授業で普段使っている飛行術用の障害物を空中に設置して演習を、それぞれ始めようとしていた。
私も、何か自分なりに特訓しようかな。
剣の素振りとか、ルーザに頼んで打ち合いに付き合ってもらうとか。やれそうなことは色々ありそうだけど、戦略も立てなきゃいけない。不利な状況でも、立ち回り次第では戦況が大きくひっくり返せる可能性は充分にあるし、色々道筋を考えるのも勝てる確率を引き上げることだろう。
「計画は考え中ってとこか、ルージュ?」
「あ、ルーザ」
ふと、私の隣に腰を下ろすルーザ。色々考え込んでいる私を心配してくれたんだろう。
「うん。力を付けることはもちろん必要だと思うけど、作戦も考えなきゃな、って。ありきたりなものじゃ破られるから、常に相手の裏をかくつもりでないと駄目だろうし。向こうが予想だにしない戦術を組み立てられればいいんだけど」
「そう重く考える必要ないんじゃないか? 今までだって散々、『滅び』だの、吸血鬼だの、妖だの、機械だのって、学生が相手にするには常識外れもいいとこな奴らの相手ばかりしてたんだ。楽勝とはいかなくても、なんだかんだで退けてきたんだから、いくら名門でもたかが学生に今更遅れを取るとは思わないけどな」
「……それもそうだね」
ルーザの言う通り、いくら名門学校とはいえど、相手は成績が優秀なだけの学生でしかないのだから。今まで対峙してきた敵と比べれば全然大したことない。
それでも、警戒はしておくべきだとは思う。これは試験である前に、貴族からの果たし状……私達の学校を廃校にする計画の初期段階。プラエステンティアが差し向けてくる生徒は、私達を徹底的に叩きのめすよう親から命令されていることだろう。
計画の足掛かりにされてしまわないよう、絶対に勝てるような策を練らないと。
「……仮に、プラエステンティアに勝てたとして」
「ん?」
「廃校を阻止して、お前の因縁にケリを付けて、この試験を通じて貴族達に今までの愚行を悔い改めさせたところで……お前自身は良くても、『アイツ』はそれで納得すんのかな」
「……あ」
ルーザに指摘されて気が付いた。この問題は、私の過去の因縁は私だけのものじゃなかったということに。
そうだ……これは『私達』、2人のトラウマなんだ。もう一人の私、私の『裏』の人格も、プラエステンティア学園を憎んでいることは同じ。それも私よりももっと酷い、未だにその憎悪は消え去ることなく、いつ爆発してもおかしくないくらいに私の内側でそれはドロドロと蓄積されている。
私はイアとエメラがいてくれたから、憎しみに溺れずに済んで、今こうして未来へ向かって歩き出すことができている。
でも、孤独から引っ張り上げてくれる相手がいない『裏』はそうもいかない。今も「外」は裏切り、平気で他者を傷付けるものだという考えに囚われたまま。「外」への不信感を募らせて、疑心暗鬼に陥っている『裏』が、試験で勝って、貴族達に今までやってきたことの報いを受けさせたところで……果たしてそれで満足してくれるかどうか。もしかしたら、たとえ命を以て償わせたとしても「足りない」と、そう思ってしまうかもしれない。
「以前、フェリアスでお前の身体を乗っ取った時も、改心するには程遠い気がした。絆を表面だけのものだと思い込んで、エメラとイア達がやってきたことも一瞬だけの綺麗事、ってさ。『アイツ』はお前がオレらと仲良くしてんのが余程気に入らないようだったからな。あわよくば、自分の思想をお前に植え付けようとしてやがった」
「なんで……そこまでして」
「さあな。だがまあ、『アイツ』は『本体』であるお前だけはどうも特別視しているのは確かだ。オレらに対しちゃ散々罵詈雑言浴びせてくれたが、お前に対してだけは一切悪く言ってないのがその証拠。その真意が掴めれば、『アイツ』の憎しみも解消できるんじゃないか、って思うんだがな」
「うん……。私が直接話せればいいんだけど、やっぱり難しいかな。もう一つの人格と対話する方法なんて聞いたこと無いし、絶命の力も何度か使ってるけど、乗っ取られた時は完全に気絶しちゃってて何も覚えてないし、今までで1、2回くらい乗っ取られかけた時も、結局話せるような感じは全然しなかったな」
「……そうか」
私の言葉に、ルーザは少し残念そうにため息をつく。
どこかで取り払ってあげたいとは思っているのだけど。でないと、近い将来取り返しのつかないことを引き起こしてしまいそうで怖い。いつかの私みたいに……それまで我慢し続けて、溜め込んできた感情を抑えきれずに、プラエステンティアを半壊させるまで暴れてしまった時のように。ふとしたことで、大事なものを壊し尽くしてしまいそうで。
……おもむろに、私は首に下げたクリスタルのペンダントを手に取った。ここに封じられている『裏』は、今どんな気持ちでいるんだろう。
問いかけたところで、返事は返ってこないのは分かっているけど、聞かずにはいられなかった。対である私が一番の理解者になってあげたいのに。
「『アイツ』が今何を思って、貴族達をどうしたいのかはわからんが、オレもできるだけのことはやる。認めんのはシャクだが、『アイツ』もお前の一部……オレの姉であることは確かなんだからな」
「うん。ありがとう、ルーザ」
「礼なら問題が片付いてからにしろよ。それじゃ……」
不意に話を切り、ルーザは立ち上がった。そして懐から鎌を取り出して、私に向かって突きつけてくる。
「打ち合い始めるぞ。普段から身体を慣らしておいた方が、いざって時も自然と動けるからな。作戦はあとでもじっくり考えればいい」
「う、うん! じゃあ、お願いします」
ルーザの言葉に頷き、私も剣を引き抜いて構える。
そうして私達は本番までに少しでも力を伸ばすべく、各々の刃を相手に向かって振るっていった。




