第195話 決意を秘めて(1)
エストに占ってもらってから私達4人は予定通り王城へ向かい、姉さんにプラエステンティア学園と合同実技試験を行うことになったのを伝えた。
姉さんも、急に学園が国に対して試験相手の変更を求めたこともあって、貴族が何を思って私達の学校に決闘を申し込んできたのかは大体察しがついていたらしい。王族が直接介入するのも危険だから、ひとまずは私達の学校が極端に不利になるなんてことがないよう、貴族が何か細工をしないかどうか見張ることを約束してくれた。
ルーザ達も、影の世界の学校で生徒会に試験のことを説明して、会長であるウィリアムが競技ごとに参加が可能な有力な生徒の情報をリスト化してくれたらしい。光の世界の生徒が参加種目を決めた後に、不足人数を補う形で助っ人として呼び出してくれるそうだ。
これで下準備もバッチリ。作戦会議をした日の翌朝、授業を始める前に私達は早速、合同実技試験での参加種目決めを行うこととなった。
「ではまず、料理から。参加したい者は挙手してくれ」
アルス先生のその一声を合図に、ぽつぽつと手が挙がる。エメラを始めとする、料理の腕に自信がある生徒達4人が参加の意思を示した。人数もルールの範囲内、異議を唱えるクラスメートもいないためにこれで料理部門は決定だ。
ちなみにカーミラさんも充分料理上手なのだけど、陽の下に出られないから直接的な参加は難しいとして、味やデコレーションのアドバイスなどエメラ達のサポート役に徹してくれることとなった。
「それじゃあ次。魔法薬の調合に出たい者は?」
料理に参加する生徒の名前を紙に書き込んだ後に、今度は魔法薬部門に参加する生徒を募る。これまた調合の成績が優秀な6人の生徒が手を挙げ始めたのだけど……
「ん、フリードは出ないのかよ?」
「調合の腕もだけど、薬草の知識もいっぱいあるんだし、てっきり真っ先に手を挙げるかと思ったのに」
「あ……はい。もちろん、最初はそうしようかと考えてたんですが、他に挑戦したいことがあって。それに、今現在規定の人数が手を挙げていらっしゃいますし、僕達はあくまで助っ人という立場ですからここは辞退しておきます。調合も得意分野ではありますが、僕の自慢はそれだけではありませんから」
得意分野であるはずなのに手を挙げなかったことに首を傾げたルーザとエメラにそう答えつつ、フリードは手から雪の結晶を生み出して見せる。それは陽の光を反射してキラキラと輝き、やがて溶けて消えていった。
確かに、フリードが作る雪はいつも一つ一つの結晶が大きくて宝石みたいに綺麗だけど、それを活かして何かするつもりなのかな?
「次は彫像でしたよね。先生、僕はそれに出させていただいてもいいですか? ドラクも一緒に」
「構わないぞ。残りの人数から考えても問題ないからな」
「あと……そうだ。イア君、良かったら僕らと一緒に参加しないかい?」
「ん。ああ、どれに参加すんのかまだちょっと悩んでたけどよ……何か作戦とかあるのか?」
「うん。どんな彫像を作るかフリードと2人で思いついたアイデアがあってさ。イア君の炎が加われば、より勝利に近づけると思うんだ」
「お、おお、そうか。じゃあ一緒に出ることにするぜ!」
「よし。じゃあ彫像部門はイア、ドラク、フリードで決定だな。この3人の他に参加したい者はいるか?」
アルス先生がそう呼びかけると、他に2人のクラスメートが手を挙げた。これで合計は5人、彫像部門もこれで決まりとなり、次の飛行術部門も特に問題なくあっさりと参加する生徒が決定した。
これで5種目中4種目の参加生徒を決定し終わった。いよいよ最後の種目……一番問題である護身術だ。
「最後、護身術だが……参加したいという生徒はいるか?」
アルス先生の声も、さっきまでとは打って変わってトーンが低い。その言い方も、参加者を募るというよりはいるかどうかを確かめるようなもので。
……先生が尋ねてすぐに手を挙げる生徒はいなかった。みんな、周囲をキョロキョロと見回すけど、その中で腕を伸ばす生徒はゼロ。他の種目に参加が決定しているから、まだ参加種目が決定していない生徒がもうほとんどいないということを抜きにしても、護身術だけは参加するのを避けたいという気持ちがはっきりと表れている。
それも仕方ないことだろう。他の種目は自分の特技と、学校で身に付けてきたスキルを発揮して競い合うといっても、作品の制作だったり得点を稼いだりと、直接ぶつかり合うわけじゃない。
だけど、護身術だけは武器と魔法を用いて対戦相手と真っ向から真剣勝負を挑むことになる。だというのに、その危険度に反してルールはゆるめ。プラエステンティア学園がその隙を突いて何か仕掛けてくるんじゃないかと、みんな不安がっているんだ。
一体誰が参加するのか。そんな無言の押し付け合いが始まりそうになったところで……
「……っ、私が!」
それにストップをかけるように、意を決して腕を高く挙げた。
「私が、護身術の種目に参加します。私に出させてください」
そう宣言した瞬間、周囲から「えっ」という驚きの声が上がる。
それもそうだ。イアとエメラほどではないものの、他のクラスメート達も私がプラエステンティアで受けた仕打ちを少なからず知ってくれている。だからこそ、私が一番危険な役を引き受けようとしていることに心配してくれているのだろう。
「そ、そんな! ルージュさんがわざわざ護身術に出ることはないんじゃないですか?」
「そうだよ! 僕らだって護身術だったらそれなりに自信あるし、任せてくれても平気だから」
「ありがとう。もちろん、参加するかどうかすごく迷った。でも私が過去の清算をするならこれしかないって、そう思ったの。他の種目だと、比較的安全だとしても因縁にケリを付けられるかと思うとそうじゃない気がして。真っ向からぶつかるからこそ、勝った時にはこの呪縛からも解放されると思うの」
「ルージュさん……」
フリードとドラクが咄嗟に止めようとしたけれど、大丈夫だからと断った。
私も、悩みに悩んでこの答えを出した。踏み切るまでにはかなり時間がかかったし、昨日に出ると決意していたにもかかわらず、直前まで不安が拭い切れずにすぐ手を挙げられなかったのがその証拠。でも、やっぱりこの種目に挑戦したいという気持ちがあったから腕を伸ばしたんだ。
「……その様子じゃ、覚悟はできてるんだな」
「ルーザ」
「だがいくら覚悟してたって、想定以上の仕打ちを受ける可能性だって充分にある。場合によってはお前は二度と立ち直れなくなるかもしれないし、そうなったらオレらも庇い切れない。これだけ忠告した上で、自分で選んだ道なんだからな。それでもお前は正面からぶつかる気なのか?」
「全部、承知の上だよ。この果たし状を受け取るって決めた時から何がなんでも立ち向かうつもりだったんだもの。多少傷付くことだって想定してる。だから……」
一度言葉を切って、ルーザの目を見つめる。私を試すような挑戦的な光を宿すその蒼い瞳を覗き込んで、
「私に行かせて。最前線」
そうはっきりと告げた。
ルーザはそれまで、私を睨み付けるかのように視線が鋭かったのだけど……私の言葉を聞いたことで、それがフッと緩む。
「……聞くだけ野暮だったな。果たし状を受け取った時点で覚悟だなんだって話は今更だ。それに、イアとエメラが止めに入ってこなかったってことは、2人にはもう決意を見せた後なんだろ?」
「へへっ、まあな」
「じゃあ、オレはお前の控えとして護身術に参加する。お前が負けるとは思わないが、万が一ってこともあり得るからな。その場合はオレが仇を取る。貴族連中の腐った意思から掻っ捌いて、二度とふざけたマネできないようにしてやるさ」
「え、ええっと……あまりやり過ぎても反則になるんじゃ」
「ならお前が勝ち続ければいい話だろ? オレに鎌を抜かせるような状況作らなければ、そんな心配する必要もない」
「……っ、そうだね」
「それじゃあ、護身術にはルジェリア、ルヴェルザが参加で決定だな。それでも残り3人は決めなくてはならないけど、どうしたものか……全員、1つは参加種目を決めているし」
「なら、今はとりあえず僕と吸血鬼の名前でも書いときなよ。一応、参加資格はあるわけじゃん? 他も出たがってないんだし、問題ないっしょ。他に助っ人が加わるってんなら、弾けばいいだけのことだし」
「あ、ありがとう。それでも後1人足りない……ここは影の世界の学校に助っ人を頼むか。他の種目も、相手のことを考えると最大人数で挑むべきだし、料理に2人、彫像に1人追加したいな。急で悪いけど、明日にでもまた3人で頼みに行ってくれるか?」
「ああ、構わないぞ」
「……ほう。ならばひとまずは相談も終了というわけだな」
参加種目決めが終わるや否や、ずっと静観を貫いていたレオンが突如として言葉を発する。ニヤリという怪しい笑みを浮かべるというオマケ付きで。
その笑みをつい先日も目にしたことがあるオスクを除いた私達7人は、思わずギクリと身体を強張らせた。……嫌な予感しかしない。
「勝利を手にするためには基盤を固めねば話にならん。よって全員、今からこの校庭とやらを10周走れ!」
「ええーーーッ⁉︎」
レオンのそんな宣言に、教室中から非難の声が上がったのは言うまでもない……。




