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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
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第18話 幻想の氷河山・後(3)

 

 しかし、ソイツの勢いは止まらなかった。何回も突進を繰り返し、オレらにダメージが蓄積していく。足場も氷だから滑りやすくて安定しないし、避けようとしても回避が追いつかない。

 それはソイツも同じ条件下にあるのだが、暴れまわっているせいでそのハンデはオレらの方が大きく受けてしまっている。何度も吹っ飛ばされ、オスクとシルヴァートでさえ息が上がっていた。


「くそっ、ラチがあかねぇ……!」


 このままじゃ先にこっちがやられる。未だに何か決定打になるような攻撃も与えられていない、戦いが長引けば長引く程、オレらが不利になるばかりだ。

 ガーディアンの恐ろしいところはスピード。凄まじい速さでオレらに突進してきて、オレらに避ける隙を与えない。すぐに止まれずに壁に激突してはいるが、素早く立て直しているせいで反撃出来ない。


 ……ダメージが深まり、周りと交わすお互いを鼓舞する言葉すらもだんだん途切れてしまった。突進をくらった鈍い音と、ソイツが氷の壁に激突する音だけがこの場に大きく響く。


「……あんなに壁にぶつかってんのに、どうしてアイツはものともしないんだか」


「真っ直ぐにしか突っ込めないんだから、わざとぶつかってそれで方向転換してるんだろ。見たところ、でかい図体のせいで小回り効かないようだし」


「あのスピードのままで、か?」


「まさか。あのスピードで壁に真正面からぶつかってみろ、流石のバケモノでも気絶するっしょ」


 オスクは再び壁にぶつかるソイツを、何処か呆れたような視線で見据えながらそう言った。

 確かに、あのスピードは相当だ。どんなバケモノであろうが、突進の勢いに任せて壁にぶつかればただでは済まない。逆に言えば、それを利用すれば反撃出来る隙を生み出せることに繋がる。


 だが、どうやってそこまで持ち込む? オレらの姿を錯覚でもさせない限り、無理な話だ。

 どうしたら……。


「錯覚、か……成る程、それなら何とかなるかもしれん」


「ん〜、何か打開策があるわけ?」


「こうも広くては無理だな。皆、付いて来い!」


 シルヴァートが突如、何処かを目指して走り出す。何をするのかわからなかったが、この状況を打破出来るなら何でもいい。オレらは全員、文句を言わずにシルヴァートの後を追った。

 シルヴァートが向かった先はこの広間に入る時に通った大扉……の先にある、氷河山の頂上へと通じる氷の廊下だった。分岐こそ無いが、曲がり角が多いこの道。しかも足元が氷とくれば、未知の敵相手の戦いにに疲弊しきっているオレらには、この道を駆け足で走ることすら拷問に等しい状態だ。


「……ふむ、とりあえずヤツの視界には我らの姿は捉えられてないな」


「に、逃げてどうするんですか?」


「ああ。逃げても何の解決になってないよな……?」


「逃げた訳ではない。作戦のために、このような見晴らしの悪い場所に来る必要があった」


 とりあえず付いて来たものの、疑問を隠せないフリードとイア。それでもシルヴァートはあくまで冷静にそう返した。

 ……まだヤツの足音は遠い。ヤツも、オレらを仕留めるために追いかけては来ているのだろうが、曲がり角が多いせいことと、突進による勢いだけの移動方法もあってまだ追いつくには時間がかかるのだろう。

 だがそれも長く続かない。現在進行形であの突進の衝撃音が近づいてきている……。何か出来るとしたら僅かに与えられた時間のみ、作戦を仕掛けるなら今しかない。


「私の策は単純なものだ。しかし、それが今手の内にある最良の策。頼みたいことはただ一つ……お前達はここで、堂々と立っていて欲しい。決して、ヤツに背中を見せるような真似だけはしてくれるな」


 シルヴァートはそれだけ言うと、目の前にある氷の廊下にある一つの曲がり角を睨みつける。

 そしておもむろにそこに向かって手をかざし、口を開いた────





 ……ドスン、ドスンとヤツが壁に向かって突進している音が徐々に近づいてくる。さっきまでは遠かったものが、今じゃ耳元で響いているかのようにその音は確実に大きくなってきている。


「そろそろじゃないの?」


「うむ。何もせず、ここで待ち続けるのだ。逃げることだけはしてならん」


「あ、ああ……」


 オスクにそう返しながらオレらに指示するシルヴァートの言葉に頷き、ヤツがここまで来るのをじっと待ち続けていた。

 この時間が、とてつもなく長い。一秒、二秒、三秒……そんな短い時間でも数分のように感じられた。上から降りそそぐ、粉雪の粒が目の前でやけにゆっくりと落下していく。

 それでも、これがシルヴァートが仕掛けた今出来る最善の策だ。逃げ出しては何もかもが台無しになる。その一心で、オレはヤツが迫ってくることがわかっていても逃げ出さずにいるんだ。


「来たぜ!」


「……っ!」


 それはすぐに訪れた。イアの声で何処かぼーっとしていた意識が一気に現実へと引き戻される。

 視線の先に、ヤツがオレらの姿を捉えて真っ直ぐこちらに向かってくる光景が広がっていた。ドスドスという荒っぽい足音が狭い氷の廊下で乱反射し、余計に大きく聞こえてくる。


 それでも、オレらは逃げたりしない。恐怖に動じることなく、ヤツがここに突っ込んでくるのを静かに待つ。……全ては作戦のために。勝利を絶対に掴み取るために。

 やがてすぐそこまで到達し、オレらの姿を目の前にしたヤツはツノを振り上げ、力一杯にそこへと突っ込み、


 ────ガシャンッ!


 まず、響いたのはガラスが割れるような音。その瞬間、ヤツが突っ込んできたオレらの姿の『像』は粉々に砕け散り、そして……

 ド、ド、ドォーン‼︎


「うわっ……⁉︎」


 聞いたこともないような衝撃音を響かせ、ヤツは目の前にあった氷の壁に真正面から激突した。あまりにもそれが大きすぎて、流石の大精霊二人もよろける。

 しかし……ヤツは壁に激突したことで、盛大に目を回していた。それは、この作戦の成功も意味していて。


「う、上手く行ったんだ……」


「……ああ」


 ルージュも、驚きに惚けた声を漏らす。

 ……仕掛けた作戦は至ってシンプルなトリックだ。実はあの壁に、斜め四十五度に氷の板をシルヴァートが設置したんだ。そして、その板にシルヴァートが少しの魔法を施すことで、鏡のようになっていた。

 つまりさっきまでオレらが見ていた、突進して来るガーディアンの姿は鏡に映ったニセモノ。そしてそれは、相手も同じ状況……オレらが逃げも隠れもせずに堂々と立っていて、さらに鏡越しの景色は廊下が真っ直ぐに伸びているように見えていたから、ガーディアンはそこに迷わず突っ込んだ。

 しかし、鏡の向こうに当然道は続いていない。それを知らないガーディアンはまんまと作戦にはまり、氷の鏡を突き破って壁に激突した……というわけだ。


「しゃあっ! こうなりゃ袋の鼠だぜ!」


「うん。一気にケリをつけよう!」


 こんなチャンスを見逃す筈がない。全員の総力をぶつけて畳み掛けた。

 斬りつけたり、殴ったり、魔法で吹っ飛ばしたり。全員の持てるあらゆる武器と魔法をガーディアンに出し惜しむことなく当てまくり。ガーディアンもようやく目を覚ましたが、その頃にはもう立てないくらいに弱り果てていた。


「大分弱ったなぁ。どうすんの、シルヴァート。お前の問題でもあるから最後の判断は任せるけど?」


「わかっている、私の手でカタをつける。オスクは元凶を頼む」


「ハイハイ、任せておきなって!」


 オスクの言葉にシルヴァートは氷の剣を目の前で構えた後、ソイツに走って向かった。そしてオスクも、一足先にあの大広間へと戻って結晶の始末をしに行く。


「くらえ……『雪花新月斬・幻』‼︎」


 シルヴァートは斬撃の軌跡で雪の結晶を描いたかと思うと、その結晶ごとソイツを吹っ飛ばす────!

 流石は大精霊の本気の一撃。シルヴァートの怒りを込めた攻撃はガーディアンの体力を上回り、ソイツは壁に背を激しく打ち付けて煙のように消滅した。


「さあ、これで今度こそ終いだ……!」


 その直後、広間に着いた途端オスクは間髪入れずに黒い結晶に指先から白い矢を放つ。ガーディアンも、支える力も、何かもかも失った結晶は粉々に砕け散った。


 そして────

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