第194話 『崩壊』の兆し(2)
そうして王城へと向かうこととなった私達4人は、その道中でいつものようにお喋りを楽しみながらだらだらと歩いていた。
苦しい状況に置かれているとはいえ、束の間の平穏な時間は目一杯堪能しておきたいもの。いつまでも緊張で気を張っているのは色々疲れてしまうから。
「料理はお菓子の家作り、か。その内容じゃ、やっぱエメラの参加は絶対だな」
「もっちろん! 得意分野が当たるなんて超ラッキーだし。どんなお菓子の家作ろっかな〜、って今からでもすっごい楽しみ!」
「張り切るのは結構だけど、それなりに豪勢でないと名門サマとは張り合えないと思うけどねぇ。そもそも日頃から良いモノの食い過ぎで舌が肥えまくってる奴らなんだ。ただ単に箱作って扉付けて煙突生やしてじゃ、到底勝ち目ないんじゃない?」
「ふーんだ、わたしだってそれくらい分かってるもん。クリスマスケーキよりもう一段階上のものを作れるくらいじゃないと。もちろん、味のバランスもちゃんと考慮して見栄えも良いものにできるよう研究するつもり」
オスクの皮肉めいた忠告にも、エメラは承知の上だと言い返す。
得意分野だからこそ絶対に負けたくない、そんな気持ちをひしひしと感じる。名門だろうが、それに臆することなく立ち向かおうとしているエメラは本当にすごい。
光の世界の生徒である私達はどれか1種目には必ず参加しなくちゃいけない。残りの4種目でどれか戦えそうなのは……
「イアとルージュはどの競技に出るつもりなの? イアはやっぱり護身術とか?」
「あー……まあ、最初はそうしようかと思ってたんだけどよ。ルール聞いてちょっと揺らいでるっつーか」
「怖気付いたっての? お前にしてはらしくないじゃん」
「いや、だってしょーがねーじゃないッスか……。武器も魔法もほぼ制限無しとか、絶対何か仕掛けてくる予感しかしねぇし、得点だって一番配分多いし。敵だって、学校潰すためにルールで決められてないからー、って不正スレスレのことしてくるんじゃねえかって思っちまって」
「だよね。私もそれは思ってた」
「オレも護身術じゃ良い成績も取れてっけど、それだけで挑戦していいのか不安でさ。オレって力任せばっかで、ルージュみたいに戦略練るとか無理だし。馬鹿正直に正面から突っ込んでも、返り討ちにされるだけってのはオレでも分かる。勝たなきゃ廃校になっちまうって時に、それじゃ駄目だろ。だから、こいつならぜってぇ大丈夫だって、みんなの信頼預けられるやつに任せんのもアリかなってよ」
「確実性を取って敢えて引き下がる、ね。賢明な判断なんじゃないの?」
みんなが絶対に勝てると言えるような生徒に任せる……か。確かにそれも一つの戦略だ。それに、他の4種目とは違って護身術だけは1対1の個人戦。友達と一緒に協力しながら対戦相手に立ち向かうことは出来ないために、のしかかるプレッシャーも段違い。耐え切れる自信がないなら、最初から身を引いておくのが得策だ。
例えば酒呑童子相手に相打ちに持ち込めたルーザなら、勝利をもぎ取れる可能性も高いと思うけど。
「ルージュはどれにすんのか決めてるのか?」
「うーん……実はまだちゃんと決めてないの。調合が得意ってわけでもないし、飛行術も平均並みだし。彫像の制作も、いまいちピンと来なくて」
「で、でも護身術を選ぶにしても危険じゃない? 対戦相手がルージュをいじめてた生徒になることだってあり得るのに。魔法薬とか彫像ならまだしも、直接ぶつかる護身術でそんなことになったら、すごく酷い目に遭わされちゃうかもしれないんだよ!」
「ああ。昨日だってあんな動揺してたじゃんか。まだ試験まで余裕あんだし、それまでじっくり考えてから決めた方がいいんじゃねえか?」
「う、うーん……」
2人がそう気遣ってくれるのは嬉しい。私も、昨日はあんな情け無い姿を見せてしまったのだから、それが余計に2人の不安を煽っているのだろう。
でもそれでいいのかな、という気持ちもある。いつまでもみんなの厚意に甘えてばかりで、逃げ続けていてもトラウマをいつまで経っても振り払えない。
決別したい、ケリをつけたいと、ずっと前から考えていた。それに、プラエステンティアから送り付けられた果たし状を受け取る決定を下したのも私自身。それなら、正面切って戦うべきなんじゃないかと思って。そのためにはやっぱり……
「……ねえ。さっきからヒト様の寝床の近くでベラベラうるさいんだけど。しかも仮にも知り合い、キミ達の協力者だってのに、一言の挨拶もないとか失礼だと思わないの?」
「えっ」
「あ、エストじゃないの。聖夜祭以来だね」
不意にかけられたいかにも生意気そうな声に振り向いてみれば、そこにはエメラの言った通り夜空色の髪を持ち、その身を輝くような法衣に身を包む幼い少年────星の大精霊・エストがいた。それまでエストは宙に浮いて私達を見下ろしていたのだけど、私達が気付くと同時にスタッと地面に降り立つ。
周囲を見回してみると、近くには立派な噴水があって……どうやらお喋りしている内に、いつの間にか王都の中心である噴水広場まで来ていたらしい。聖夜祭でエストと出会った……もとい、叩き起こしたのもこの場所だった。
ひと月くらい姿を見ていなかったのだけど、普段はここで待機していたのかな。聖夜祭の時に起こしにいくまでずっと眠っている生活だったのだけど、こうしてちゃんと起きているということは、オスクの『願い事』はしっかり守っているようだ。
「サボり魔がなんか用? グータラしてるお前にいちいち声かけてやるほど、こっちも暇じゃないんだけど」
「はあ、何それ⁉︎ 聖夜祭以来、ちゃんと朝起きてるっていうのに、遠出してる時以外は毎日毎日律儀に起こしに来てるくせして!」
「あ。オスク、ちゃんと起こしには行ってたんだ」
「言っとくけど、こいつのやり方そんな生温いものじゃないんだからね! ガンガン殺気飛ばしてきて、真っ二つにする気満々で大剣振り下ろしてくるんだから!」
「うへ、そりゃ飛び起きるわなぁ」
「このっ……他人事だと思って!」
自分の身体を抱きしめて怖がって見せるイアに、エストはその顔を怒りでさらに真っ赤に染める。尊敬なんて一切感じさせないその態度からして、聖夜祭の時のあまりに失礼な言動を取られたこと、まだ少し根に持ってるのかな。
「丁度良いや。サボり魔、お前占いも得意っしょ? こいつら先のことに随分不安感じてるみたいだし、ちょっくら運命ってやつ見てやってくんない?」
「はあ? なんでボクがそんなことしなきゃいけないんだよ」
「引き受けるってんなら、目覚まし一週間免除してやるけど」
「ぐ……に、二週間なら!」
「長すぎ。ま、こっちも頼む側だし……10日でどうよ」
「それ、絶対だからな⁉︎ 言質取った! 取り消すって言っても聞かないからな!」
「ハイハイ、ちゃんと守りますよ、っと。わかったならさっさとしてくんない?」
「ぐぬぬぬ……お前、ボクの方が歳上だって分かってるの? 偉そうに頼みごとすること含めて、態度がなってなさ過ぎると思うんだけど」
文句を垂れつつも、オスクの頼みはしっかり聞き届けてくれたようでエストは早速懐をごそごそと弄り始める。そうして、なにやらカードのようなものを数枚取り出した。
太陽、聖杯を持つ天使、悪魔などが描かれたそれは、どう見てもタロットカードだ。エストはこれを使って占うつもりらしい。
「抽象的な提示より、こっちの方がある程度わかりやすくはなるでしょ? まあ、あまり細かく見るのも面倒だから、大アルカナだけにするけど」
「うん、ありがとう」
「……キミはその辺り素直だよね。後ろにいるキミの保護者役にも見習ってほしいんだけど……まあいっか。始めるよ」
その言葉と共に魔法で生み出した光のテーブルに、カードを乱雑に広げ始めるエスト。
一体どんな運命が提示されるのか……高まる緊張から、私は思わず喉をごくりと鳴らした。




