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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第189話 Hello World(2)

 

「────本当に、申し訳ない」


 ギデオンさんの謝罪が静かに響く。言葉を発すると同時に頭を深く下げて、その心に偽りがないことを態度で示す。


 私達が眠っている間、ギデオンさんはずっとイオとローナと共に罪人として囚えていた他国の遣い達を解放して回っていたらしい。不当な理由で逮捕し、減刑のためだといって無理矢理働かせてしまったこと全て、一人一人に誠心誠意謝っていた。

 そして私達が目覚めた今、その内の一人に反省しているという気持ちを精一杯伝えるところに立ち会っているのだけど、理不尽な扱いをされたことに相手は憤慨していて。その程度で許されることじゃない、もう二度と来るかなど、その他にも散々罵詈雑言を浴びせてから、一度もギデオンさんの顔を見ることなくその場を去っていった。


「ちぇっ、好き勝手言いやがって。こうなったのも元はと言えば、ああいう奴らがギデオンさんの好意を踏みにじるようなことしたからじゃねえか」


「本当よ。自分達の行いを棚に上げて、言い返せないことをいいことにまくし立てて。自分でいた種がそのまま返ってきたってだけじゃない。どっちが加害者なのかしら」


「だけど、しでかしたことは取り消せない。いくらこっちが真実を叫んだところで、物証はぜーんぶ瓦礫がれきの下敷きなわけだし。そもそも、『滅び』のことを知らない奴らに懇切こんせつ丁寧ていねいに説明してやったところで、首傾げられるのがオチっしょ。結局のところ、先に手を出した方が負けなんだ」


「うう〜……悔しい」


「……」


 そんなオスクのごもっともな言葉にエメラが地団駄を踏む横で、ギデオンさんはうつむきながら唇を噛んでいる。やり場のない気持ちを必死に押し留めているような……そんな顔をしていた。

 全て元通り、とはいかなかった。ギデオンさん自身はイオが説得した甲斐あって立ち直れたけれど、事情を深く知らない周りは全てを許してはくれなかった。今の妖精も、あの怒りようだ。きっと関係は修復不可能なところまで来てしまっている。


「だが、かえって良かったんじゃないのか? 詳しい話を聞く前にさっさと退散する辺り、所詮その程度の関係だったってことだろ。どうせ、自分の都合のいい道具の一つにしようとしていた輩だ。そんな悪縁に等しい薄っぺらな繋がり、ここで断ち切れておいた方が影響も少なくて済むだろうからな」


「そうだね。言い方は悪いかもしれないけど、ギデオンさんの技術や知識を悪用される前に防げたと思えば、それで良いのかもね」


「うんうん、ルーザとドラクの言う通りだ。前向きに考えていかなくちゃ。少なくとも、お父さんの事情を理解してくれている存在が8人は確実にいるということが、今の会話でも証明されているからね!」


「……そうだな」


 イオにそう励まされて、ギデオンさんはようやく薄っすら微笑んでくれた。ギデオンさんにも味方は確かにいるということも、ちゃんと分かってくれているようだ。

 一度犯してしまった罪は一生消えないのかもしれない。それでも、その後どうしていくかはいくらでも融通が利く。反省することも大事だけど、過去を引きずってばかりいてほしいわけではないもの。


「君達にも、本当に申し訳ないことをした。記憶はおぼろげなのだが、イオから聞いた限りでは相当の非礼を働いた上に、怪我をさせたと……。何と詫びたらいいか」


「いいんです、これが私達がやるべきことなので。それに、イオにはたくさん助けてもらったので、その恩返しができて私達も嬉しいです」


「昨日までのギデオンさんの行動は本心からのものではないことも、僕達は充分知ってます。最悪の道を辿る前に引き戻せて、本当に良かった」


「……強いのだな、君達は。私にもそのような強さが、立ち向かう勇気があれば、今回の失態も犯さずに済んだというのに」


「マスター、それは……」


 それは違うと、ローナの否定の言葉は言い切る前に遮られた。不意に私達の間に割って入るようにしてかけられた、「取り込み中、失礼する」という男性の声によって。


「ギデオン殿、こちらにいらっしゃったか」


「貴方は……確か、アンブラの」


「あっ、あの時の……!」


「おや、君達もいたのか。……成る程、この事態が終息したのはやはり君達のおかげだったか」


 私達に話しかけてきたのは、地下牢で出会ったアンブラ公国からの遣いだという男妖精だった。武器保管庫から出てきた私達に、危険だと忠告して、最後にはエールを送ってくれた相手。

 少々くたびれた服装はそのままだけど、牢屋から出て、ようやく自由になった解放感からか表情は晴れやかなものとなっていた。


「お会いできて良かった。ここを発つ前に、どうしても貴方にかけておきたい言葉があったもので」


「……私がしたことは、許されるものではないことは充分承知しております。あの程度の謝罪で全てが帳消しになるとは思っていない。罪を犯した私の言葉など、信用できないとは思いますが……」


「ギデオン殿、私は貴方を責めるつもりでここに来た訳ではありません」


「……え」


 思いがけない言葉に、ギデオンさんは呆けた顔をする。他と同じく、てっきり罵倒されるとばかり思っていたというような反応をするギデオンさんに、男性は笑みをこぼしながら続けた。


「治める場所こそ違えど、私と貴方は同じ管理者。貴方が精神を病まれた理由も、大体の予想がつく。この立場というのは損な役回りです。嫌でも責任を負い、重圧の如き期待を背負うこともある」


「……」


「確かに、不当な扱いをされました。突然、交渉決裂だとおっしゃられ、逮捕された時は疑問が尽きなかった。しかし、それは貴方も同じだったことでしょう。貴方の好意を己の欲望のために利用することしか頭にない輩を相手にされていては、仕方がなかったといえる部分もあります。日に日に曇っていく貴方の顔を見て、何とかしたかったのですが……私では力不足だったようだ」


「そんな、貴方は……!」


 息を呑むギデオンさんと一緒に、私達も目を丸くした。この男性はギデオンさんの事情を、事件が起こる前から察してくれていたことに。


「ですが、最後には私が成したかったことをこの若者達が果たしてくれた。今の貴方の表情を見て安堵しました。貴方は決して一人ではないことを、もう理解していらっしゃるようだ」


「……はい。それはもう、充分に。おかげで目が覚めました」


「それは良かった。その上で提案しますが……我がアンブラとの取引を、これからも継続していただけないだろうか」


「よ、良いのですか? あんな、仕打ちをしておいて」


「過ぎたことだ、もう気にしてなどいません。貴方が立ち直れて、本当に良かった。これは苦しむ貴方に対して何もできなかったことへの贖罪しょくざいでもありますから。上には帰還が遅れたことについて、上手く言い訳しておきますよ」


「しかし、貴方への負担が……」


「なぁに。こちとら、吸血鬼という手に余る存在を多く抱える国の管理者だ、苦労など今更です。その温情は我らへではなく、この都市の民達に向けるべきだ」


 ギデオンさんの大きく見開かれた瞳が揺れる。それは悲しみから来るものではない、抑えきれない嬉しさによって。そんなギデオンさんを見て、男性は満足そうに微笑んだ。


「では、失礼致します。そして、勇気ある若者達……君達にも感謝を述べさせていただく。縁があれば、またどこかでお会いしよう」


 別れの言葉を告げて、この場を去っていった。

 ……その場に残された私達は、しばらくその場に立ち尽くしていた。男性がギデオンさんにかけた言葉の数々が、あまりにも温かく、優しいものだったから。


「なんというか……すごい妖精(ヒト)だったね。牢屋で出会った時も、あんな状況だったのに僕達を応援してくれてたから、優しい妖精だとは思ってたけど、あそこまでなんて」


「本当に。なんか、久々に心からすごいなって、尊敬できるって思えちゃった」


「責める声も数多あれど、マスターを理解していただいてる方も確かに存在します。本当の強さとは単独で得られるものではありません。繋がりを得て、歩みを共にしていくことで、強大な敵にも負けない力を得られる。この者達が、そうであるように」


「ああ……ああ、そうだな。本当に……」


 ローナにそう言われたことで気持ちを堪えきれなくなったらしい、ギデオンさんはそっと目元を擦った。課題は山積みだろうけど、今のギデオンさんならきっと大丈夫。そう思えた。

 ……名残惜しいけれど、私達も帰らなくちゃ。依頼主のベアトリクスさん達に報告することを含めて、私達にもやるべきことはまだまだ山ほどある。ずっとここにいるわけにもいかないんだ。


「ルージュ達ともお別れかぁ。なんだか胸がキュッて締まる感じがする……これって寂しいって気持ちかな」


「ああ、そうだと思うぜ。オレ達ももっと一緒にいたいって気持ちはあるんだけどよ、そうもいかねえんだ」


「『滅び』はまだ完全に倒せたわけじゃないようだからね、ボクもそれは分かってる。すぐには無理だけど、困ったらいつでも言って。ボクが出来ることなら、いくらでも力になるよ。友達だもんね!」


「うん、ありがとう。あ……そうだ。ギデオンさんこれ、お返しします」


 ふとまだやり残したことを思い出して、私達はあるものを懐から引っ張り出してギデオンさんに差し出す。

 それは、ここでの戦いでずっと使用していた二丁拳銃。私と同様に、地下の武器保管庫から武器を持ち出していたイアとドラクは、それぞれの得物が戻ってきた時にそれまで使っていた武器はその場に放り捨ててきたようなのだけど、私だけは捨てることなく使い続けていたんだ。それこそ、「神」を討ち倒す最後の最後まで使用していたものだから、手放すタイミングを完全に失ってしまって。


 借り物だから、勝手に持って帰るわけにもいかない。そう思って取り出したのだけど、ギデオンさんは「いや、」と首を振った。


「それは君が持っていくといい。君が、その銃で私の内に巣食う悪しき存在を貫いてくれたことは、おぼろげながらも記憶に刻まれている。私のような目に遭う者は今後も出てくることだろう。その銃がその様な者達を救うための一手段となるならば、私も嬉しい」


「い、いいんですか?」


「うむ。やがて災いとやらを完全に討ち倒し、役目を終えたと判断したその時に、今度こそ返還してくれればそれで良い。いつの日かそんなものに頼らなくなってもいい世が訪れるための、願いの証として」


「……はい。大事に使わせてもらいます!」


 私は頭を下げながら、銃をしまい直した。全てが終わったその時に返しに来ると、約束を交わしながら。

 そうして全ての目的を果たした私達は、ギデオンさん達に別れを告げて、来た時に使った港を目指して出発した。3人の姿が見えなくなるまで後ろを振り向き、大きく手を振って。


 ……やがて一行の姿が完全に見えなくなった時、ギデオンはふうと息をつく。決意を固めたように、イオとローナの顔を静かに見据えた。


「さて、我々もやるべきことを果たそう。まずは他のアンドロイド達の命令を本来のものに戻し、管理が正しく機能するようにせねば。そしてそれが終わり次第、貧民街の住人達の生活と自然環境の改善を最優先に行う。イオ、ローナ、手伝ってくれるか?」


「もちろん! お父さんと貧民街のみんなのためなら、ボクも精一杯頑張るよ!」


「Yes、マスター。なんなりと」


 3人は顔を見合わせて微笑んだ。そして、『親子』は新たな志を胸に歩き出す。



 煙をかき分け、すっかり顔を出した太陽は、世界に新たな産声を響かせるべく進み始める3人の背中をそっと押すように、優しく照らしていた────

これにて14章、完結です!

構成が構成なだけに、話数も最長となってしまった14章をようやく終わらせることができましたε-(´∀`; )

15章もよろしくお願いします!

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