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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第188話 マリオネットは糸切れて(2)

 

 意識を取り戻したギデオンは呆然としながら辺りをキョロキョロと見回している。訳が分からないとばかりに、酷く困惑した様子で自分の置かれた状況をなんとか理解しようとしているようだ。

 やがてその目が私達の方へと向けられた時、ギデオンは恐怖でガタガタと震え始める。


「な、なんだ、君達は? 一体どこからっ……」


「……? 覚えていらっしゃらないのですか? 敵対していたとはいえ、顔を合わせて言葉も交わしたというのに」


「あ、えと。多分だけど、正気を失ってた時の記憶が抜け落ちてるんだと思う。どこから忘れてるのかは流石に分からないけど、前回こんなことがあった時もそんな感じだったから」


「成る程。それならばマスターの反応も理解出来る。マスターは精神に酷く異常をきたしていた。それ故、記憶にも障害が残ったことも可能性として充分考えられる」


 私達のことを全く知らないといった反応をするギデオンにローナは首を傾げるけど、私が咄嗟とっさに理由を説明したことで納得したようにうなずく。

 前回……フェリアス王国でのアルヴィスさんの時も、『滅び』に取り憑かれていた間の記憶はほとんど無いようだった。アルヴィスさんもギデオンも、ずっと『滅び』という異物に本人の意思と反した行動を強制され続けていたんだ。それまでの行動の一つ一つに理屈が伴っていない状態。どうしてそんなことをしたのか、本人ですらわかっていないのだから記憶があちこち欠落していても不思議じゃない。


「大丈夫だよ、お父さん。この妖精達はボクの仲間、友達なんだ。お父さんを傷付けることはしない。お父さんが怯える必要なんて無いんだ」


「なっ……お前は、『No.01』なのか……⁉︎ 何故ここに、外へ逃した筈……!」


「……そっか。やっぱりそうだったんだ。イアが言ってたことは正しかったんだね」


 驚愕に目を見開きながら紡がれたその言葉に、イオは嬉しそうに微笑んだ。ギデオンはイアの予想通り、イオのことを廃棄したわけではなかったんだ。

 完全に自分が狂ってしまう前に、『滅び』に侵食されながらも自分の子供も同然の存在を近くの貧民街へと避難させた。自分と『滅び』、2つの意思が混ざってぐちゃぐちゃになる中で、逃すのも決して容易では無かったことだろうけど……それはなんとか成功して、イオはこうして再び親の元へ戻ってくることが出来たんだ。


 戸惑うギデオンを落ち着かせながら、イオはこれまでのことをゆっくりと話していく。逃してくれた自分がここにいることと、私達と出会い、同行することとなった経緯を全て。記憶が抜け落ちているギデオンにも納得できるよう、なるべく事細かに。

 最初は次々と追加されていく情報量の多さに混乱していたギデオンだけど、覚えのない部屋にいることと、周囲の惨状、そしてズタボロの私達を見て全てが真実だと悟ったのだろう。イオの話が終わると同時に、ギデオンは力無く項垂れる。


「私はなんという、ことを……。罪もない妖精にそのような不当な扱いをした挙句、民に貧しい生活を強いて……私はどう償えばいいのだ……!」


「そうだね。いくら正気じゃなかったとしても、今までの行いが帳消しになるわけじゃない。一部始終を全て説明したところで大した証拠も提示出来ない現状、きっと高確率で許し難い罪だと責められてしまうと思う」


「……っ」


「だから、お父さんが責められる時はボクも一緒に責められる!」


「何……?」


 イオのそんな提案に、ギデオンは硬直した。厳しい事実を突き付けられた直後にかけられたことも相まって、理解が追いつかない様子だ。


「詳しいことはよく覚えてないけど、一番近くにいたのにお父さんの異変に気付かなかったボクにも責任があると思うんだ。だから、お父さんが全てを背負う必要なんてないよ」


「そんなことある筈がない! これは私の罪なのだ、私が償わなければならないのだ! 私が弱かったばかりにお前を製作し、味わう必要がなかった苦しみを押し付けてしまった! 私はお前に何も与えられなかったというのに……これ以上お前から自由を奪いたくない!」


「……ううん、それは違うよ」


 イオは首を振ってそれを否定した。罪悪感から悲観的な言葉ばかり並べるギデオンを遮るようにして続ける。


「ボクはお父さんから沢山のものを与えてもらったよ。生み出してくれたのはもちろんだけど、ボクの疑問に答えてくれたんでしょ? それに、避難って形になってしまったけど、お父さんが外へ出してくれたおかげでボクは色々見て、知ることができたんだ」


「そんな、ことは」


「あるよ。ボク、貧民街にいるみんなに沢山のことを見せてもらった。みんな、明日っていう未来に辿り着くために今を必死に生きようと頑張っていた。少しでも生活を良くするために日々足掻いていた。でも、それなのにみんなの顔はすごく生き生きしていた。やっとの思いで得られた少ないお金を使ってご飯を食べている時や、欲しかった物を手に入れた時のみんなの顔はすごく幸せそうだった」


 ゆっくりと、貧民街での思い出をギデオンに語っていった。貧民街の住民達を見ていて得られたことを、糧となったことの一つ一つを。暮らしは決して楽ではなかったものだとしても、そこで得られる幸せだって確かにあったのだということを伝えていく。


「みんな、一人一人が生きるのに必死だって知っていたから助け合って食い繋いでいた。料金を少しまけたり、余っている食料を分け与えたり、そうして誰からの力を借りながら、時には力を貸してあげながら、みんなは前へ進んでいたんだ」


「……」


「どんなものだって二つ以上あるから初めて意味を成せるって、後ろにいる友達に教えてもらった。それが正しかったことも、今ならはっきり分かる。自分を認識している誰かがいるから、この世界に真の意味で『存在する』ことが出来るんだって。ボクは幸運にも誰かのために無条件で力を貸してくれる妖精達に出会えて、支えてもらって、お父さんの下に戻ることが出来た。お父さんは一人で頑張り過ぎていたことが原因で、そんな相手と出会う機会も逃してしまったんだと思う。だから……」


 イオはそこで一度言葉を切って、ギデオンの目をじっと見つめる。そしていつになく真剣な表情で、告げた。


「だから、ボクがそれになってみせる。お父さんを一番近くで支えてあげられるような、一番の理解者になりたい。辛い時、悲しい時、寂しい時に寄りかかれるような、そんな存在になってあげたい。それがボクが出来る、あなたへの精一杯の恩返しだと思うから」


「……っ」


「平気で誰かの好意を利用しようとする、他人の悪意になんて負けないで。お父さんが本当に目指す、誰もが笑えるような暖かい世界を作るっていう夢を諦めないで。それを実現できるように、これからボクがいつでも隣にいる。手を繋いで、並んで、一緒に歩くんだ」


 不意にギデオンの手を取るイオ。そうしてギュッと、握ったかと思うとニッコリ微笑んで、


「それが、家族ってものでしょ?」


「……」


 それだけ、伝えた。そうするのが当たり前だと言わんばかりにあまりにも優しく、何気ないように。

 ギデオンはそんなイオを呆気に取られながら見つめていたけど、やがてイオに握られた自分の手に視線を落として、


「そうすれば、良かったのか」


 ようやく受け入れたように、そう呟いた。同時に、それまで強張っていた表情が解放されたことを証明するかの如くフッと緩んでいき……


「……そうしても、良かったのか」


 その呟きと共に、ギデオンはイオの腕の中へと倒れ込んだ。


「わっ⁉︎ ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」


「うん。呼吸は正常だから、気を失っただけだよ。多分、今までずっと緊張していた心が解放されて、色々安心した今になって反動が来たんだと思う」


「そっか、良かった……。じゃあこれで解決、でいいんだよね?」


「マスターに直接確認出来ていない現在では予想の範囲を脱せないものの……先のマスターの言動と、表情から判断するに、心に突き刺さる楔は全て除去出来たと思われる。説得は成功したと捉えても良いかと」


「じゃ、じゃあ……!」


「っしゃーーー‼︎ これでようやく任務達成だぜー!」


 イアのその叫びを合図に、全員がその場で脱力した。

 ……やっと、やっと終わった。ここまで来るのに随分かかったような気がする。武器を取り上げられたことから始まって、みんなと一度離れ離れになってしまったこともあった分、余計に長く感じた。

 囚われた他国の妖精達を解放することとか、酷く悪化してしまった環境の改善とか、まだまだ積み重なる問題は沢山あるだろうけど……今は元凶を退けられたことの喜びを噛み締めたい。


 さて、とりあえずはこの空間から出ないと。そう思ってギシギシと悲鳴を上げ始めた身体に鞭打って、もうひと頑張りと立ち上がったその時だった。


「わわっ……⁉︎」


 ズン、と鈍い音を立てて大きく揺れる地面。バランスを崩しそうになったところを、踏ん張ることでなんとか倒れ込まずに済んだ。

「神」はもう完全に崩壊してしまっているのだけど、今になってそれが響いてきてるのかな……?


「……イオ。流石にもう隠し通すのは無理があるかと」


「あっちゃ〜……やっぱり駄目だったかなぁ」


「えっ、えっ? どういうこと?」


 何やら気不味そうにするアンドロイド2人。隠し通すとは一体何の話なのか、反射的にそれを尋ねるとイオは目線を逸らしながらその理由を話し始める。


「ええっと、その。すごく言いにくいんだけど……あの機械って、この辺り一帯全ての機械を制御するためのメインコンピュータ、即ち(ブレイン)の役割も請け負ってたみたいでさ。あれを完全に停止させるにはシステムだけじゃなくて、所々にある補助用の制御装置とか、その他諸々ぜーんぶ止める必要があって」


「……うん」


「で、今それが停止して完全に骨組みが崩壊しちゃったわけだ。この空間を維持する装置もそれに含まれてるわけだから……後は言わなくても分かるよね?」


「あ、あの。それってまさか……!」


「そう、そのまさか。このままここにいたら装置で圧縮されていた空間が本来の容積通りになるから、ボク達ぺちゃんこになっちゃうね!」


「バッカヤロ、それを先に言え‼︎」


 呑気にそうのたまうイオをいつにない声量で怒鳴りつけるルーザ。

 ルーザの気持ちも分からなくはないけど、イオを怒ってる時間もない。早く逃げなければ言われた通り次元の狭間の下敷きになってしまう。


「こんのポンコツ! 肝心なところ抜かしやがって、やっぱりお前欠陥品じゃんか‼︎」


「あっはっはー。文句なら後でたっぷり聞くから、今は勘弁してくれるかな。ほらほら、急がないと冗談抜きでみんな漏れなくスクラップになっちゃう。走って、走って、はりーあっぷ!」


「もぉ〜〜〜ッ‼︎」


 文句を言いたいところをグッと堪えて、ギデオンを抱えたイオを先頭にみんな必死になって出口を目指して駆け抜ける。「神」であったものが、今いる空間が次々と押し潰され、まるで最初から存在していなかったかのように消え去っていくのを背に、私達は入り口であるアーチに飛び込んでいった……。

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