第187話 三位一閃(4)★
「イア君、雪を作るので炎をお願いします! 『アイシクル・ホワイト』!」
「おうよ! 『イグニートフレア』!」
弱点を突いて一気に畳み掛けようと思ったのだろう。フリードが作り出した雪はイアが放った炎に炙られて水と化し、「神」はたちまちびしょ濡れに。
「『エレクシュトローム』!」
すかさず、ドラクが「神」に電流を浴びせる。水を被っていたことで電流は「神」の全身に満遍なく走っていき、僅かだけど「神」の動きが鈍くなる。
「イオ、攻撃の影響で隙が生じた模様。崩すなら今かと」
「わかってる! ローナ、補助お願い!」
「了解」
それを狙って、イオとローナがデバイスを操作する手をさらに早める。それに伴ってカタカタとボタンが押されていく音が辺りに鳴り響いたかと思うと、
「防壁プログラム、破壊成功……!」
「や、やった!」
イオ1人では打ち破れなかった防壁を、ついに突破出来た。私達はもちろんのこと、イオも、感情表現が乏しいローナでさえも笑みをこぼしている。
『たった一度破った程度で図に乗るな。リカバリーなど、1秒もあれば充分』
「くそっ、また……!」
「これほど速いとは……」
けれど、再び一瞬にして入り口まで叩き出されてしまったらしい。イオとローナの表情が喜びから一変、悔しさに満ちたものへと塗り替わる。
「まだまだっ! ローナ、もう一度やろう!」
「承知している。作戦を続行」
でも2人は諦めない。さっきと同じ目に遭ったためか特に動揺することもなく、再び分厚い壁に一緒になって立ち向かっていく。私達も頷き合い、少しでも2人を支えようと「神」に正面からぶつかっていった。
そんな私達を目の当たりにしたことで、今度は逆にギデオンが狼狽始める。
『何故、まだ向かってくる……? こんなことをしても無駄になるというのに、何故こうも折れることなく何度も』
「無駄なもんか! 何事も小さな積み重ねが目標をカタチにする第一歩だって、ボクは貧民街のみんなやルージュ達から学んだんだ! 努力の先にあるものがほんの僅かの贅沢だったり、たった一瞬の笑顔だけだったりしても、それを喜べる生き物のみんなは幸せそうで、ボクはそれが羨ましかった! ボクがそれを学びたいと思っていたのはボクもその輪の中に入りたかったんだって、今ならはっきりわかる!」
『う、うるさい……! 感情なんぞ不要なものだ! 感情など、恐怖など、行動する際の足枷にしかならん! それを削ぎ落とし、全てを合理化しようとしているだけなのに、何故理解しない⁉︎』
「……恐怖はいらない、ね。それは『死』に対してもか?」
『何……?』
ギデオンの言葉を聞いたルーザが不意に口を開いた。
死の大精霊として、口を挟まずにはいられなかったんだろう。意味がわからないと言わんばかりのギデオンの声に、ルーザは静かに続ける。
「恐怖が足枷になる、それは否定しねえよ。怖いから、やらなきゃいけないと理解していても躊躇してしまう……オレらがそうなった時なんざ何度もあるし、実際イオもさっきそうなってた。だが、怖いと思うから本気で危険だと思った事態に踏みとどまることができる。……アンタは崖が目前に迫っていてもブレーキをかけることなく、そのまま直進するってのか? 大量の血を流していても、何事も無かったかのように平然としてられるってのか?」
『それ、は』
「痛みにも気付かないままニコニコしてられる、『死』に直面した時も一切動じない、なんてもうそれは生ける者としての意味も、尊厳も、全て捨ててるも同然だろ。アンタはそんな世界を見たかったってのか? 生き物にも機械にもなりきれない奴らが徘徊するばかりの、そんな狂気でしかない光景を、アンタは生み出したいと?」
『……っ、黙れ! 私は何も間違ってなどいない……! 感情があるせいで、私がどれだけ苦しんだか! 私を利用しようという部外者どもの悪意に、どれほど翻弄されたことか! 感情が無くなればそれらの苦しみを受けることも無くなるのだ!』
自分は正しいのだと、あくまで主張するギデオン。それでもルーザの言葉は決して届いていないわけではないらしく、その声は動揺で震えている。
イアの説得の時もそうだったけど、本当はギデオンもわかっているのだろう。それでも受け入れられない、受け入れたくないその理由は、自身の辛い過去があるせいだった。他人の悪意に散々苦しめられたギデオンの心を、道を、在るべきカタチに正すのは容易くは無かった。
だから、ちゃんと向き合わないと。「神」という分厚い防壁の奥に引きこもってしまったギデオンを引っ張り上げて、1人じゃないことをちゃんと知らせないと。
そのために……
「防壁プログラム破壊! システムに侵入成功!」
『なっ……』
「余程、動揺されたようですねマスター。抵抗が留守になっていました」
『ならばもう一度弾き出すまで、……っ!』
「お気付きになったようですね。我々はもう防壁プログラムでは弾けない箇所まで侵入しています。万事休す、ということです。……ご覚悟を」
「みんな、今だっ! 腕を破壊して、今度こそ本体を!」
ローナが静かに現状を突き付ける横で、イオがそう叫んだ。もちろんその頼みを断る理由なんてある筈もなく。私達はそれぞれの武器を、ここぞとばかりに思い切り振り上げる。
「『エクスプロージョン』!」
「『フロース・マーテル』!」
「『ダイヤモンド・グレイス』!」
「『トールハンマー』!」
「『ルミノスフィア』!」
イアの炎が、エメラの花吹雪が、フリードの冷気が、ドラクの雷撃が、カーミラさんの光の刃が、「神」に向かって同時に放たれる。
妖精と吸血鬼、アンドロイドが加わっての同時攻撃。これには流石の「神」も受け切ることは無理だったようで、それぞれの魔法が腕を1本ずつ吹き飛ばしていった。
……これで、残る腕はあと1本。
「『ルナティックサイス』!」
素早くルーザが「神」に向かって走っていき、魔力を浴びた鎌を力強く振り下ろす。
ルーザの全力の斬撃は残った腕を切り落とすのはもちろんのこと、本体をも巻き込んで「神」に大きな傷を与えることとなった。
「オスク!」
「任せなって。『カオスレクイエム』!」
間髪入れずに、オスクがルーザに代わって前へと飛び出した。ルーザが与えた傷を抉ようにして大剣を「神」に突き立てる。
深々と「神」に突き刺さる、金色の刃。オスクはそれを思い切り引き抜くのと一緒に、ダメ押しとばかりに「神」の表面を覆う装甲の一部を引っ剥がすようにして壊し、「神」の目であるカメラ部分を露わにする。そして……
『なっ……⁉︎』
オスクと成り代わるようにして、私は「神」の正面へと降り立つ。ダン、と大きく音を立てながら着地してすぐに流れるようにして銃を構え、その銃口を突き付けて狙いを定める。「神」に、ギデオンに、その奥に潜む……『滅び』に向けて。
『やめろっ────』
その叫びはギデオンの心か、それともその影に隠れている『滅び』のものか、あるいは両方か。何にせよ、私がこの銃を下ろすことは絶対にしない。
ここで終わらせるんだ。ギデオンの心を蝕んだ悪夢を、ギデオンを含むカルディアの住民を散々翻弄してきた『滅び』の悪事を、全て。負の因果を今こそ断ち切って、前へと踏み出すために。私がいつかイアに、ルーザに、みんなにそうしてもらったように……イオ達ならそれができると信じて。
そうして、私は引き金にゆっくりと指をかける。
「……吹き飛べ。そして消えろ」
こんなハリボテだらけの世界なんて────終幕を宣告すると同時に、ありったけの魔力を銃へと集めて、
「────『ルクス・ディエティティス』‼︎」
審判を下すべく、光の銃弾を撃ち出す。それは「神」の目を貫き、その身体にも風穴を開ける。
イオとローナに内部を引っ掻き回された挙句、腕を全て破壊されていたことで弱っていたために、「神」にもついに限界が訪れたようだった。衝撃に耐えきれなかったようで大きく仰反ったかと思うと、それまで重々しい音を響かせていたのがピタリと止まり……
ようやく、望まれない神は討たれた。




