第187話 三位一閃(1)
「うわあっ⁉︎」
目の前が光に包まれた次の瞬間、私達は気が付くと吹っ飛ばされていた。全身に走るドンッという衝撃、肌を焦がすかと思うくらいの熱と、全てを吹き飛ばしてしまいそうな風圧が同時に襲いかかる。
床に叩きつけられ、ゴロゴロと転がり……今いる空間の入り口近くまで飛ばされていた。さっきまで「神」の真正面にいた筈なのに、私達はたった一瞬で突き放されてしまったんだ。
今、一体何が起きたの……?
「神」が何かしたのは分かる。けど、それが何なのかさっぱり分からない。イオとローナが何かを感じ取り、私達に退避を促したと思ったら、私達は入り口付近まで投げ出されていた、なんて。混乱しない方がおかしい。
それはみんなも同様だった。うずくまって痛みを堪えながら、呆気に取られていて……みんなもどうして吹き飛ばされたのかわかっていない様子だった。この中で事態を把握していそうなのは……
「イオ、ローナ、私達どうなったの……?」
「……不明。球体の中心部にエネルギーが急速に集められていくのを確認し、それが解き放たれたことによって我々が吹き飛ばされたというのは理解しているが、それ以上は」
「あの機械からビームが放たれたんだ。ボク達はそれに薙ぎ払われた」
ローナは曖昧にしか分かっていなかったようだけど、イオはほぼ全貌を把握出来ていたらしく、ローナの説明に補足を入れるかのようにそう告げてきた。
とびきり強力な攻撃を私達はモロに食らって、吹っ飛ばされてしまった。かなりダメージを負ってしまったけど、それならエメラと私でみんなを回復して体勢を立て直せばいいだけ。そう思って立ち上がろうとする私達に、イオが「ダメだ!」とストップをかける。
「さっきの、ただのビームじゃないんだ。あのビームのエネルギー源となっているものは、ルージュ達がそれまであの機械に浴びせていた魔法なんだよ」
「ど、どういうことだよ⁉︎」
「本体が攻撃を受けている傍らで、魔法に含まれてるエネルギーを吸収していたらしいんだ。それも内部を探っていたボクに悟られないように、一回の攻撃につきほんの僅かな量を。でも、それを何度も何度も繰り返すことで莫大なエネルギーを得ていたみたいで……気付いた時にはあのビームがもう放たれていた。内部のエネルギー量の変動とか、不審な挙動とか、気付けるところはあったのにっ」
くそっ、と床に拳を叩きつけるイオ。その機械らしからぬ生き物らしい動作には悔しさが滲み出ていた。
私達もイオに事実を告げられて唖然とする。腕を破壊して障壁を無くし、魔法での攻撃が通るようになったと思ったら、実はそれを利用されていた、なんて。やっと勝てそうな筋道を見出せたと思ったのに、それはつまりこっちが攻撃すればするほど「神」に力を与えることになってしまい、逆に不利になってしまう……。
「くそっ、物理じゃあんま効かねえってのに、魔法までそんなんじゃどうすりゃいいんだよ!」
「少しずつ吸収しているとのことですし、全く効いていないわけではないんでしょうけど、たった一撃であの威力では僕達が倒れる方が先です。でも魔法でなければ大した傷を与えることすらできないですし……」
「正攻法じゃ攻略は無理か。どうしたもんか」
物理が通らず、その上魔法まで敵に利用されてしまうと聞いてみんな弱気になっている。さっきの攻撃でかなりのダメージを負ってしまったことと、これまでに蓄積された疲労がそれを余計に助長している。毎度のことながら、オスクだけは1人冷静さを保っているけれど、それでも打開策は見出せていないようで悔しそうに顔をしかめるばかり。
私もどうすればいいのか分からない。物理と魔法、攻撃手段の両方を絶たれてしまって、攻める手立てを失った私達が出来ることといえば防御に徹することだけ。そんな状況の中、いくら思考を張り巡らせたところで突破口なんて見えてくる筈もなく。頭を抱えたまま、時間だけが無常に過ぎていく。
もう一度「神」に立ち向かっていったところで、また魔法を吸収して吹き飛ばされてしまうのがオチだ。ずっと同じことの繰り返し。抜け出せないループにハマり、相手に好都合なばかりのイタチごっこが続くだけ。
やがて私達が疲労で膝をつくことになり……それはギデオンに、『滅び』に屈することを意味する。そんなのは絶対に駄目だ。
「魔力を吸収されないようにすればどうにかなるかもしれないけど……」
問題はそれをどうやるか、だ。それが出来たら苦労はしない。もちろん、実行できればこの状況を逆転させられるだろうけど……。
「……それ、やろう」
「え?」
「それさえできれば勝てる見込みが立つんでしょ? だったらやるしかないよ」
不意に、イオがその案を実行しようと言ってきた。確かに、魔力を吸収するのを妨害すれば魔法でのダメージも全て入るようになって、さっきのようにビームで薙ぎ払われるなんてこともされなくなるけど。
「でも、手立てはあるの?」
「解析してみないとわからないけど、不可能ってことはない筈だ。装置でもプログラムでも、止められないことはない。稼働させているということはその逆、停止させる手段が必ずあるからね」
「だが……かなり手強いんじゃねえのか? あれだけ攻めても一切抵抗しなかったってことは、ギデオンはそれだけ自信があるってことだろ。しかも、それを組み上げたのはお前の親も同然の存在だ。それを超えるなんて、かなり苦しい戦いになるだろ」
「そりゃあね。ボクが思うに、あの仕組みはあの機械にとっての切り札というべきものだろうね。ものすごく手強いだろうし、それを崩すとなるとかなり抵抗されることは間違いない。でも、それはお互い様でしょ?」
「え?」
イオが不意に口にした「お互い様」という単語に思わず首をかしげる。
そう言われる要素が全く思い当たらない。今の話にはイオが仕組みを崩すために1人立ち向かい、私達はそれが成されるまで耐えて待つしかないのだから、そういう風に言われる要素は無いというのに。
それが表情にも出ていたのだろう、イオはぽかんとする私達にクスッと笑みをこぼしながら続ける。
「だって、そうだろう? こんな厳しい戦況だというのに、みんなどうにかして勝つ方法を模索している。弱気になってはいるけど、諦める気持ちは微塵たりともない様子だ。通常ならとっくに逃げ出していそうな場面に立たされているのに、そうする素振りは一切見せていないんだから」
「……それは」
「災いを止めるため、でしょ? でもやっぱり最後に実行するのはみんなの気持ち、意思次第だ。無茶だと、無謀だと分かっていてもキミ達は立ち向かおうとしてる。自らが思い描いた理想をカタチにするため、とことんまで足掻く。それはとてもすごいことだと思うんだけどな」
「ワタシも、同意する。絶望的な状況に陥っても、自分の身が危険に晒されていても、アナタ達は前に進もうとする姿にワタシは感化された。それまで命令という鎖に縛られ、マスターによって提示された行動を繰り返すばかりだったが、アナタ達が『抗う』意味を示したことで、道は一本ではないことを学んだ」
「うん。いかなるものにも屈しない……それが本当の『強さ』なんじゃないかな。そんな強いキミ達だから、それまで命令は絶対だと縛られていたボクでも、ボクから付いて行きたいと思わせてくれたんだろうね。その強さを学んで、ボクもそうなりたいと、目標を示してくれた。でも、ボクはアンドロイドだ。機械というカテゴリーからは抜け出せない。いくら生き物の心を学んで、それに近づきたいと手を伸ばしても、模倣の域を超えることができない」
それはもうどうしようもないことだと、イオは悲観するような言葉を並べる。でも、その目には強い光が宿っていた。覚悟を決めたような、決意に満ちた光が。
でも、とイオはさらに続ける。
「模倣の先に何かを成し遂げられたなら、それは間違いなく自分の功績になると思うんだ。ボクがボクであると、確固たる証を築ける。道を示してくれたキミ達に、今度はボクがお父さんを、この都市を救おうとしている道を切り開きたいんだ。敵が機械だからこそ、同じ機械であるボクだけに見出せる突破口があるかもしれないから」
「イオ……」
そんな目標を掲げたイオに、私は目を驚きで見開いた。
イオは生き物でないことをもう後ろ向きに思っていなかった。寧ろ、それを強みにすらしようとしていた。元から備わっていた知識と、今まで学んできたことを大いに活用して勝つための土台を作ろうとしてくれている。
それはアンドロイドという括りは変わらなくても、イオという『個』を確かに形作っていることに他ならなかった。
私達は顔を見合わせて頷き、立ち上がる。傷を私とエメラとで癒して、もう一度立ち向かう体勢を整えた。
「じゃあイオ、お願い。今度こそ『神』を打ち倒して、この都市を、ギデオンを必ず救おう!」
「OK、任せて!」
「了解。作戦を再開する」
そうして空いてしまった距離を詰めるべく、私達は再び駆け出した。同じ手はもう食わないと、そんな想いを秘めながら。




