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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
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第18話 幻想の氷河山・後(1)


 ……氷河山の頂上手前、ドラゴンは目的地に到着するということもあって、徐々にスピードを緩め始める。

 山の周りを旋回していき、やがて下へ下へと高度も下げて。しばらくして翼を動かすことをやめて滑空姿勢に入り……完全に翼をたたんで地上へと舞い降りた。


「……ふぅ。ドラゴン、ありがとう」


 ルージュが礼を言いながら、ドラゴンの身体をそっと撫でる。撫でられたのが嬉しかったのか、ドラゴンも気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 ドラゴンの背からオレらは降りていき、やがて全員が地に足を付けるとそれを見計らったようにドラゴンの周りに魔法陣が出現した。ドラゴンの身体はその魔法陣に吸い込まれ……しばらくすると完全に姿を消した。

 おそらく、光の世界に戻ったんだろう。ドラゴンも無事に帰れたようでホッとしながら、オレはようやく安定した足元を確かめる。


 オレは薬は飲んだものの、体質のタチが悪いせいで若干頭がクラクラする。何もしないよりはマシだが、これから先に支障が出ないか不安だ。

 オレの異変を悟られないようにさりげなく頭を押さえながらあたりを見渡す。削られたと思うくらいに滑らかな氷が辺りを覆っている景色。確かに綺麗なのだが……ずっとこの光景を目にしていると、流石に飽きてくる。頂上付近といっても、何の代わり映えもなかった。


「シルヴァートがいるのはこの先だ。そこに答えもあるだろうよ」


「案内は……もういいよね。この先の道を沿うだけだから」


「おう。ドラクもありがとな」


 この先は曲がり角はあれど特に分岐点もないようで、ドラクの道案内もここで終わりのようだ。

 この先は案内はいらないとしても、この奥に何が待っているのかわからない。オレらは自分と、仲間の様子をそれぞれ気遣いながら一歩、また一歩と確実に歩みを進めていく。


 そうして道なりに行くと………やがて氷でできた、細かい彫刻が施された立派な扉が現れた。オスクの地下神殿のものと素材こそ違うものの、扉が纏う雰囲気は似ている。進んでいった先にあったのはこの扉だけだし、この扉の先に目的の奴がいることは間違いない。


「この中に大精霊が……」


「ああ。元凶もこの先にある筈だ」


 霧を強めたその元凶、大精霊でさえ手に負えないそれがこの先に待ち構えている。……それを思うと、自然と身体が強張った。

 ここで時間をかけても仕方ない。オレは意を決して氷の扉のノブに触れて開けようとしたその瞬間、氷の扉がズズズッ……と重々しい音を立てながらひとりでに開いた。


 扉が完全に開ききっても威圧感が増したようで中々入る決心がつかない。誰が先に入るか、そんな無言の押し付け合いを止めるように、奥から「入れ」と男の声が飛んでくる。

 その声に誘われるままに入ると……氷の大広間に一人の精霊が立っていた。長い銀髪をなびかせ、青と銀を基調にした鎧を身につけている男の精霊。切れ長の目でいかにも冷静そうな顔つきをしている。この精霊が恐らく、シルヴァートなんだろう。


「これはこれは、大精霊サマ。ご丁寧な出迎えで」


「ふざけるのも大概にしろ、オスク。そのような場合ではないのはわかっているだろう」


「ハイハイ、ちょっとした戯れだって。お前こそ名乗ればいいじゃん」


 そんな全く緊張感を感じられないオスクの態度にため息をつきつつも言葉には同意したのだろう、肩をすくめながらその精霊はオレらに向き直った。


「私が新月の大精霊、シルヴァートだ。役目はお前達は既に存じていることだろう」


「ああ。その役目にあるものをどうにかしに来たんだからな」


「それで……元凶というのは?」


 シルヴァートは説明しようとして、一瞬口を開きかけたが……すぐに閉じる。そして、ゆっくりとこの広間の奥を見据えた。


「口で言うより、見た方が良い。あの感覚はどう説明してもしきれん」


 シルヴァートの視線が向いている方向にオレらも目を向けた。


 その先には黒い結晶のような石が少し浮きながらあるのが見えた。見た目からすればただの石だが、氷に覆われたこの空間では場違いなものだった。

 ただの石、とは言ったがシルヴァートが言う感覚をオレらは本能的なもので感じていた。


「な、なんか見た目はそうでもないのにヤバそうだぜ、アレ」


「う、うん……。なんだろう、このぞわぞわする感じ……。見つめていると何か、引きずり込まれそうで」


 イアとドラクも、それを目にして戸惑いを隠せないようだった。

 今はシルヴァートの力で抑えられているが、結晶からはどす黒い『何か』がにじみ出ていた。その結晶も、どんな鉱石とは似ても似つかぬ質感で、その黒からは異物感しか漂ってこない。綺麗なんて言えるはずもなくて、その只ならぬ雰囲気に目を逸らしたい衝動にすら駆られてくる。

 アレは一体なんなのか。現時点じゃ不気味な石ってことぐらいしかわからないが、迂闊に近づいてはいけないのは全員わかっているだろう。……それくらい、得体の知れない気配があの石から漏れ出しているんだ。


「アレがそうなのか。想像してたのよりショボいな」


「その点では同意見だな。話に聞いていたよりは小さいが、それでも危険なのは確かだ」


 流石というべきか。大精霊2人はそれを目にしても冷静さを保っていた。

 ……それもそうか。予期していたなら、慌てないのは当然の対応だろう。情報があまりにも少ない中で、ここで先導してもらう大精霊達が取り乱してもオレらには不利になるだけだ。


「今は結界を張って抑え込んでいる。解けば本性を現すだろう」


「とりあえず、意思は保っておくんだな。変にくよくよしてアレに呑まれても知らないから」


 冷たさすら感じさせる鋭く容赦ない声。オスクの冗談じゃない、本気で言っている言葉に一気に緊張が高まった。

 オレも酔いは回復したし、多分平気だろうが……絶対とは言い切れない。いざとなったら、鎌でうまいこと覚ますか。


 全員、武器を構えていつでも応戦出来る体勢をとった。オレも、愛用の鎌をひっさげて敵が本性を現した時にいつでも斬りつけられる姿勢に入りながら。


「では結界を解く。危険を感じればすぐに飛び退くでも応戦するでも対応してくれ」


 シルヴァートは言うが早いか結界を解いた。

 さて……何が来るやら。


 そう呑気に思っていたのも束の間だった。結界が解かれた途端、抑えられていたソレが一気に溢れ出した────

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