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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第185話 たとえツクリモノだとしても(4)

 

 イオと私達の間に割って入った人物は、小さな猫のような耳を持ち、黒を基調とした身体にフィットしている服装をしているなど、イオとよく似た風貌をしていた。その人物は私達に背を向けたまま、告げる。


「……もう、お止めください、マスター。これ以上はマスターが苦しむだけです」


 その人物が発した声はまるで文章を読み上げているかのように少しばかり淡々とした、温度をあまり感じられないものだった。けれど、そこには確かな意思が込められていた。必ず止めるという、はっきりとした気持ちが。

 その風貌といい、抑揚のない無機質な喋り方といい……それらの特徴を持つ者として思い当たるのは一つだけ。つまりこの人物の正体は、


「アンドロイド……? でも、どうして」


「おのれっ……『No.01』だけでなく、お前まで私に楯突くというのか!」


「……」


「答えろ、『No.607』!」


 私達を助けてくれたアンドロイド……『No.607』と呼ばれたその個体は、ギデオンの命令にも反応を示すことなく、じっと静かに前を見据えるのみ。

 製作者という立場故にギデオンの命令はアンドロイドにとって絶対であり、現にイオがどれだけ抵抗しようとも逆らうことは叶わないというのに、そのアンドロイドだけはどういうわけか命令に従う素振りを一切見せなかった。


 どうして私達を助けてくれたのか、何故ギデオンの命令に背けるのか。互いに理由が分からず、双方がその場で固まるばかり。


「マスター、命令に背くことをお許しください。しかし我々……いえ、ワタシ個人は現在マスターに与えられている命令は拒否するべきだと判断し、行動に至りました。我々が生み出された原点に立ち返り、我々が存在する理由を改めて考えた上で」


「原点に立ち返る、だと?」


「Yes、マスター。ワタシは本来であれば今頃多大な損傷を負った上に、与えられた任務も失敗し、破棄される予定でした。しかし、それは防がれました。そこにいる妖精の手によって」


「ルージュさんが、このアンドロイドを?」


「あっ。もしかして、あの時のアンドロイド……⁉︎」


 振り向いて、私を真っ直ぐ見つめながら紡がれたその言葉でようやく思い出した。このアンドロイドは、私達4人が非常用階段を上っている時に鉢合わせしたアンドロイド達の内の一体。支柱に落ちて、底に叩きつけられそうになったところを私が助けた個体だった。

 確かに、私はこのアンドロイドに「原点に立ち返るのも一つの選択肢なんじゃないか」と言った。破棄されるのを待つなんて悲しいことをして欲しくなくて、これから自分がどうしたいかを自分で選んで決めて欲しいと、そう思って。

 その言葉が、アンドロイドにちゃんと届いていたというのだろうか。その上で、私達を助けてくれた……?


 そうかもしれないと思っていても、まだ少し信じられなかったけど……私の呟きに『No.607』が頷いて見せたことで、それが確信に変わる。


「Yes。妖精、アナタが去った後、ワタシはアナタの言葉で我々が造り出された意味を改めて思案した。アナタの言う通り、我々は元々この都市の発展のために開発され、マスターの補助などを始めとする役割を与えられて、これまで動いていた。しかし、それがいつからか外部とのあらゆる接触を断つというものに切り替わり、我々アンドロイドもそれがマスターの意思と、何の疑問を持たずに稼働する毎日だった」


「それは……」


「支柱の中に落ち、底に叩きつけられそうになったところをアナタに救われ、アナタに諭されたことで、我々の在り方を思い出した。心とは何か……生き物とは何かを理解し、マスターや都市の住民の助けとなるのが、本来我々に与えられていた命令だということを」


『No.607』はそこで一度言葉を切り、ギデオンに向き直る。そして暗闇に閉ざされたギデオンの目を見つめて、


「マスター、現在与えられている命令は我々の在り方に反します。よって、ワタシはその命令を拒否し、マスターを救うためにマスターと対峙することを選択しました」


「お前っ……!」


 相変わらず淡々とした声で、それでもはっきりと『No.607』は自分の意思を製作者であるギデオンに告げた。

 それまでただ与えられた命令に従うだけの、文字通り操り人形でしかなかったアンドロイドが、今のギデオンの行動や命令を間違っていると判断して、自分の親とも呼べる存在を救うために敢えて敵対する道を自分から取った。アンドロイドが造られた存在だとしても、それは紛れもなく「心」と呼べるものだった。


「ふーん……ルージュがコイツを助けた時に触れたことで少なからず受けてた『滅び』の影響が消えたか、それとも支柱に落ちたショックで中に傷でも付いて支配から解放されたか。ま、コイツが離反した最大の原因はルージュの言葉っぽいけど。無自覚のタラシって機械にも効くのかなぁ?」


「ええっと……オスクそれ、褒めてるの?」


「原因は不明。ワタシには分からない。しかし妖精、アナタの言葉がきっかけとなったのは事実。アナタがくれた言葉のおかげでワタシは間違いを間違いと認識出来た。そして、自分の意思を固めることで離反が可能となる。……聞け、『No.01』」


「……っ!」


 自分を呼ぶ声に、イオはピクリと反応を示す。未だ苦しそうに歪められた表情で、ふらふらになりながらも自分を呼んだ『No.607』に視線を向ける。


「『No.01』……我々の原点。アナタを基にして、我々は造られた。ならばアナタも、ワタシが出来たように背くことが可能な筈。命令が間違いだと、拒否するべきものだと分かっていて、何故アナタはまだそれに縛られている?」


「だ、ってボクは……命令には、逆らえないって」


「No、それはアナタがそう認識しているに過ぎない。生き物の刷り込みのように、我らアンドロイドは命令を逆らえないものという考えに囚われている。その呪縛から本当に解き放たれたいと思っているのなら、跳ね除けることが出来るだろう。何故なら、アナタはワタシより生き物の心を遥かに見て、学んできた筈だから」


「生き物の、心……」


「Yes。生き物が生き物である理由……つまり、この世界に生きて、存在する意味を。そして、アナタは間近でこの者達が『抗う』意味を、隣で記録し続けていた。その上で、今一度考えろ。我々の根幹である命令、『他者の役に立つ』という意味を」


「ボク、はっ……!」


 元々苦悶に満ちていたイオの顔が、さらに歪む。でもそれは、今までのように命令に抵抗する苦しみから来るものではない。『No.607』に言われた通り、今までの経験と思い出を総動員して、どうすればギデオンの命令を跳ね除けられるか必死に考え込んでいる。

 その間、私達に出来ることは何もない。イオがこれからどうするか、静かに見守っているしかない。緊張しながらイオの動向を伺っていると……やがてイオは震える身体を大きく捻り、ギデオンと正面から向き合った。


「ボクは……誰かの役に立つことが、一番の喜びだ……。恐らくあなたが与えてくれた、『他者の役に立つこと』という命令が、残っていたから……破棄されても、メモリーが飛んでも、それは消えてなかったから……! 多分、それだけは守らなきゃって、あなたが消さずに残しておいてくれたんだ……!」


「……っ」


「命令という名目だけど、それがボクの根幹であり、ボクがボクである証……存在する意味だ。どうしたら喜んでくれるか、その方法を悩みながら探して、成功に辿り着く道筋を見つけ出す。それで得られた、誰かの笑顔という、報酬……それを見て、胸がポカポカした時のこと、それが『嬉しい』という感情だと学んだ……。それが生き物でいう、『生きる意味』だと知った……!」


 今まで学んできたことを、イオはぶちまけていく。それは子供が自分の親に、自分の成果を発表していくように。


「今、あなたに与えられている命令は、ボクの根幹とは矛盾している……。ボクは誰かを、仲間を、友達を傷付けるために造り出されたんじゃないっ……。何故なら、ボクには戦いのための装置やプログラムも、一切付けられてないんだ! その命令は、ボクの存在意義すら否定するものと、ボクは判断する……! よって、ボクはその命令を……断固として受け入れないっ‼︎」


「────あ」


 プチリと、何かが千切れた気がした。それまで強固な鎖の如く全身をがんじがらめに縛り付けていた意識という呪縛を、自力で引きちぎったために。

 命令は絶対ということ、自分は造り出されたものでしかないという固定観念から脱したイオの身体はもう震えていなかった。外れていた右腕を付け直しつつ、ギデオンを鋭く睨み付ける。それまで表情を支配していた「苦しみ」や「悲しみ」が取り払われ、「決意」に満ちた眼差しで。


「おのれっ……どこまでも、どこまでも失敗作のガラクタが……! 人形の分際で、製作者の意思を無視するなど、あってはならないことだ!」


「……それは間違いだ。自分に従順な駒を欲していただけなら、ボク達を作る必要なんてなかった。与えられた役割をこなすことなら、従来のコンピュータにプログラムを打ち込めばいいだけのこと。だけど、あなたはボクに『心とは何かを理解すること』を命令として与え、思考し、判断する力を付けさせようとした。一体どうして?」


「それ、は」


「ボクはツクリモノだ。でもそんなボクをあなたは友人というカテゴリーを超えて、自分の子供のように思えるくらい大切にしてくれた。それは今でも変わってない。狂ってしまっていてもボクを見て、すぐにボクの番号を思い出してくれたのが何よりの証明だ」


「違う……!」


「イアの言う通り、口では否定してても、本当は分かっているんだ。そのことにボクの胸はぽかぽかして……『嬉しい』と感じている。たとえツクリモノだとしても、この想いはホンモノだって胸を張って、自信を持ってそう言える! ボクはそれに報いるためにあなたの子供として、道を誤ろうとしているあなたを救い出す!」


「……っ、ああ! ならオレ達も加勢しねえとな!」


「ええ、あたし達はイオ君の友達だもの! 協力は惜しまないわ!」


 イオの言葉に、みんなも一斉に頷く。

 その口調はもう、機械らしい淡々としたものではなかった。つづられた文章をただ読み上げているのとは違う、衝動的に紡がれたもの。生き物のように感情が込められた、イオの熱い想いがそこには宿っていた。


 いくら拒まれようが、私達は歩みを止めるつもりなんてさらさらない。それを態度で示すように私達も、イオも、『No.607』も、揃ってギデオンを睨み付ける。

 それはその内に巣食う『滅び』に向けての宣戦布告。ギデオンはそんな私達を冷ややかな目で見つめ……やがて背けて、


「────もういい」


 一言だけ、漏らした。それは手を差し伸べる私達への拒絶……説得失敗に他ならない。最初から説得に応じるとは思っていなかったけど、実際に差し出した手を払い除けられたことで、一層緊張感が増す。


「製作者としての慈悲をかけてやったつもりだったが、それも無下にするとはつくづく愚かな……所詮はガラクタか。ならば今度こそ用済みだ。私の邪魔をしたらどうなるか、身をもって知るがいい」


 そうして、奥にそびえるあの巨大な機械に歩み寄り、カチカチとなにやら操作を始めるギデオン。そして、機械の正面が扉のように開くと、ギデオンはその機械の中へと入っていき……ゴトンと、鈍い音を響かせたかと思うと。



 ────『星』が、動き出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第185話 たとえツクリモノだとしても(4) →胸アツな展開でした。無機質なツクリモノが心を宿すようになった、いや、元来の存在意義に気づくという成長・進化が非常によく表現されているなあ~と…
2021/01/09 09:50 退会済み
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