表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第2章 影の輪唱
53/711

第17話 幻想の氷河山・中(4)

 

「────っ! はあ……はあ……」


 気がついた時にはルージュは無事にドラゴンの身体の上に乗っていた。オレの身体も身を乗り出していた筈なのに、いつの間にか元の位置に戻っていて。数秒前の出来事の記憶がごっそり抜け落ちている……ついさっきまでのことを、オレは全然思い出せなかった。

 短時間だったってのに、酷く息が乱れている。それはルージュも同様、二人でゼエハアと荒い呼吸を繰り返していた。


「よかった……ルージュ!」


「い、一瞬本当にどうなることかと……。ありがとうございます、ルーザさん!」


「ルーザよく引き上げたな! マジですげえよ!」


「あ、ああ……」


 仲間は次々にオレに賞賛の声をかけるが、オレは曖昧な返事しか返せなかった。記憶は途切れているし、まるで実感もない。無意識のうちにどうにか助けようとルージュの腕を掴んでいたというのか……。


 ……しかし、今のはなんだったんだ?

 ぼんやりした記憶の中でもはっきり刻まれているあの光景────一瞬、ルージュが別の姿に置き換わって見えていたこと。ほとんどの記憶は抜けているというのに、それだけは脳裏に焼き付いている。

 オレが酔ったせいだというのか。だが幻覚だったとしても、気になって仕方がない。見間違い、そんな言葉で片付けられるようなことじゃなかった。


「ルーザ、ありがとう……。本当に、さっきは死ぬかと思った……」


「……別に。当然のことだろ」


 ルージュは涙ぐんでいた。あのルビーのような瞳の光も目に溜まったそれによって潤んで揺らいでいる。

 あんな目にあえば誰だって怖いに決まっている。ほんの数秒の出来事だったとしても、空中に放り出されて死にかけたんだ。それで泣くなというのが無理な話だ。まだオレがやったんだという確信が全く持てないのだが……それだけは胸を張って言える功績だ。


「悪い、まさか切れるとはな……」


 流石のオスクも状況が状況なだけに素直に謝った。

 オスクも、間接的とはいえ鎖が切れてしまったことでルージュが危険に晒されてしまったことに責任を感じているのだろう。バツが悪そうにしているオスクにルージュはすぐさま首を振る。


「オスクのせいじゃないよ。こういうのは誰が悪いとかじゃなくて、ルーザのおかげでこうして助かったんだから。あまり気にしないで」


「だとしてもな……。ドラゴンのブレスに押し負ける辺り、僕もまだまだってことか」


 オスクははあっ、と大きなため息をついて深く反省している様子。

 普段は見下してばかりだが、やはり大精霊として責任を感じているのだろう。オスクもそう思うことがあるのが少し意外だった。


「珍しいな、お前がそんな風にいうなんて」


「悪い? これでも苦労してんの。上に立つってのは下を支えたり、押し込んだりで疲れんだよ」


「だ、大精霊でも大変なんだなぁ」


「当然っしょ。闇の精霊とかは特にな。あいつらは強欲だから上の地位はすぐ狙われる。最も、口先だけでそう大したことじゃないけど」


 オスクはそこまで言うと、再び深いため息をついた。


「ま、いい。反省してる暇があるんなら、今は上を目指す方が優先だ。鎖も作り直してやるから」


「……あ、うん。ありがとう、オスク」


 ルージュは涙を拭いて、ドラゴンに再びまたがる。ドラゴンもさっきのことを気にしていたようで、ルージュに向かって申し訳なさそうに弱々しく鳴いた。


「気にしないで。君のブレスのおかげであの壁を壊せたんだもの。私こそ、いきなりこんなこと頼んでごめんね」


「グゥアウ……」


「うん。先を急ごう」


 ドラゴンも立ち直ったようでまた上昇を開始した。

 氷の壁を破壊した疲れがあるのか、さっきよりもスピードが落ちている。それでも、オレら妖精が飛ぶより圧倒的に速いが。

 ドラゴンもオレらのために頑張ってくれたことが自然と伝わってきた。ドラゴンの頑張りを無駄にしないよう、オレらも必ず元凶を突き止めなければ。

 

「さーて、元凶潰しといきますか!」


 オスクはもう立ち直ったのか、突然ご機嫌そうにそんなことを言いだす。さっきまでのしおらしい態度は何処へやら、すっかり元の雰囲気だ。


「……だから、なんでお前はそんなに楽しそうなんだよ?」


「別に。昔のことを思い出しただけ」


「ふーん……」


「お偉い方に睨まれた時があってさ、そいつを騙し討ちしながら逃げ回った時期があったからな」


「一体、何やらかしたんだよ……」


「ククク、さあねぇ」


 オスクはまたぼかしながらにしか答えなかった。

 別に、聞いたって仕方ないから言わないなら言わないで構わないが。それよりは目の前のことに集中しなければ。


「だったら、そいつに見返すつもりでかかればいいだろ。今はふざけてる場合じゃない」


「分かってるっての。……あいつも、上手くやってるといいけど」


 その後、オスクがボソッと呟いたその言葉は、風に掻き消されて誰の耳にも入ることなく終わる。



 そしてオレらはとうとう氷河山の頂上手前まで辿り着いた────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ