第182話 知恵と力と(2)
「それじゃあ、いきなりで悪いけど情報共有といきましょうか。敵はいなくなったけど、余裕があるわけじゃないし」
「そうだね」
アンドロイドの大群をなんとか退け、全員武器を収めた頃を見計らってカーミラさんが話を切り出した。
私達もイオのことなど、ルーザ達に話さなければならないことがあるし、向こうも何があったのかを聞いておきたい。新手が接近してきていない今の内に、やるべきことは早く済ませてしまおう。
「ああ。こっちも話しておきたいこととか、聞きたいこととか積もりに積もっているからな。……と、その前に」
「ん?」
「先に渡しておかないとな。お前の大事なお守り」
「え、それって……!」
その言葉と共にルーザが私に差し出してきたものを見て、思わず目を驚愕で見開く。
……三日月の形をした鍔中央に添えられた紅い宝石が輝く、細身の剣。忘れる筈がない。私の得物であり、大切な心の拠り所となっている剣だ。
それをルーザから受け取ると、剣柄に結び付けてある包帯が優しげに揺れる。この剣はカルディアに到着したばかりの頃、都市では武器を振るうことは禁止だと言われて、没収されていた筈。それなのにどうして、と尋ねる前にルーザは訳を説明し始めてくれた。
「ここに来る途中で見つけたんだ。奴ら、部屋の中に放り捨ててやがった」
「放り捨てられてたって、じゃあ……」
「ああ。厳重に保管して、帰る時に返すなんて真っ赤な嘘。奴らはハナから返す気が無かったってことだ」
心底気に入らないとばかりに、そう吐き捨てるルーザ。
この剣は返してもらえないかもしれないと、何処かで予想はしていた。でも予想までで済むのと、事実だと突き付けられるのとでは重みが全く違う。それが決まりだからと問答無用で奪った挙句、不要なものとして投棄していただなんて。
悲しくて、悔しくて、……それ以上に、腹立たしかった。
「あ。ドラクの双剣、僕が預かっていたんだ。僕も渡しておくね」
「本当かい⁉︎ ありがとう、フリード!」
「そだ。わたしもイアの斧、持ってきてるよ!」
「お、それマジかエメラ!」
「ホントだってば。もー、これ結構重いのに、幼馴染のよしみでここまで運んできてあげたんだからね!」
「わーってるって。サンキュな、エメラ」
そうして、ドラクとイアもフリードとエメラからそれぞれ自分の武器を受け取った。
私も、ルーザから返してもらったばかりの剣を腰に差す。ようやく元の位置に戻ってきた、大切なお守りでもある私の剣。離れていたのはほんの数時間だったとしても、しばらくぶりに感じるこの重量が今はとても頼もしかった。
「あと、ドラゴンのオーブもな。2つとも、こっちに落ちてきていた」
「あ、ありがとう! 無くしたかと思っちゃってた。良かった……。フレアもオーブランも、無事だといいけど……」
「ああ……あいつらも攻撃をモロに受けてたからな。ただ、こうしてオーブが手元に戻ってるなら、深手は負ってないと思うが」
「だといいけど……」
フレアもオーブランも、撃墜されたことから決して少なくないダメージを負ってしまった筈。2体とも大型の魔物故に体力は高いといっても、やはり心配だ。
頑張ってくれた2体にこれ以上無理はさせられないし……帰ったらすぐに様子を見に行かないと。
「さーて。返すもの返したところで、早速本題だ。まず、ここのトップに『滅び』が侵食してるって可能性のことだけど、それについてはもう確定だ」
「つーことはよ、何かショーコとかあったってことっスか?」
「ああ。ここに来る途中で、ここの指導者であるらしいギデオンの日記を見つけてな。その中にあの黒い結晶のことが書かれてやがった」
「じゃあ、やっぱり『滅び』の干渉が……!」
「ええ。色々ストレスとかあって精神的に弱ってたみたいなんだけど、そこを付け込まれちゃったらしいの。日記自体はちょっと事情があって持ってきてはいないのだけど、結晶のことが書かれた日から益々悪化してたし、間違いないと思うわ」
「ここの実質トップのヤツが侵されてんだ、住民どもの歪んだ意識もそれに影響されてだろうよ。外側では大っぴらな被害を出してなかったとはいえ、全くその力が周囲にも及ばないってのは今までの経験上、考えにくいし」
「……っ、そっか」
「成る程。ルージュ達が危惧していた通り、この都市には重大な危機がもう到来していたというわけだね」
「うん……」
ルーザ達からこれまでの報告を聞いて、身体が緊張で少し強張るのを感じた。『滅び』が侵食していることは私達も牢屋に収監されていた男性から話を聞いてから疑いをより強めていたけど、向こうがそれを裏付ける情報を得ていたことによって、いよいよ引き返せないことを思い知って。
でも、カルディアの異常が『滅び』のせいで引き起こされたものなら、元凶である結晶を浄化すれば解消できるかもしれない。だったら、尚更立ち向かわなきゃいけないという気持ちも高まる。
「それじゃあ、次。その人形について説明を頼みたいんだが」
「あ、うん。この子はイオ。私達が落下した貧民街に住んでるアンドロイド……あ、機械の人形なんだけど。追撃されて落っこちた私達3人を受け止めて、介抱してくれたの」
「機械ってせいかたまにちょっと違和感あるけど、悪いやつじゃねえぜ。イオがいなかったらオレ達ここまで辿り着けなかったしな。警備システムを止めるのとか、道案内をしてくれたのもこいつだし」
「ん? じゃあ、途中で敵の追跡が急に緩んだのは」
「うん、それも警備システムを止めたせいかな。僕達をあちこちで見張ってたらしい監視カメラっていうのも、イオ君が止めてくれたから」
どうやら、私達が警備システムの制御室を占拠したことはルーザ達にも役に立っていたらしい。制御室でルーザ達らしき存在は確認はしていたのだけど、私達の頑張りが他のみんなの助けにもなれたのかな。
「ふーん、こっちがやたらサクサク進めてたのはお前らのおかげだったと。僕の予想は間違ってなかったわけだ」
「ああ。その時からオレら以外の部外者の存在を疑ってたが、やっぱお前らだったんだな。こっちもそのおかげで大分助けられた」
「そうなのかい? それなら嬉しいな。支え合い、助け合ってこその仲間だとルージュ達から学ばせてもらったけど、それをボクはちゃんと実行できているということか。学んだ成果が発揮されている証を得られて、成長できているんだという実感が湧いてくるよ」
「お、おう。なんか調子狂うな……」
「機械だからなのか、会話もどことなく文章を読み上げているような感じなんだよね。まあ、その内慣れると思うよ」
そんなイオの反応に、ルーザも少々違和感を感じたらしい。
本人が感情表現はあくまでも模倣だと言ったように、嬉しいと言葉にしていても表情が若干それに伴っていなかったりするのだけど、しばらく行動を共にしていた私達3人はもうあまり気にしなくなっていた。最初は変に思ってしまうだろうけど、みんなも何度か会話する内にこれも個性だと受け入れてくれることだろう。
生い立ちと、追われている身という立場故に何かと疑り深いオスクだけは、まだイオに対して訝しげな視線を向けていたけど、4人は私達の説明から充分に信用できる相手と認識してくれたようだ。さっきまであった警戒心はすっかり解かれており、自然な笑顔を向けるようになっていた。




