第181話 交差の刻(3)
「ぐっ……」
日記を閉じても、まだ余韻が残っていた。視界をえぐるように飛び込んできた衝撃的な内容が、じわじわと全身にまで行き渡って侵食していくような感覚に陥り、ふらりとその場に倒れ込みそうになる。
……だが、踏ん張ることでなんとかそれは阻止した。とりあえず落ち着かなければと、胸に手を当てながら深呼吸を繰り返す。
「……ふぅ。大丈夫か、お前ら?」
「う、うん。なんとか」
「あたしも平気。かなりショッキングな内容ではあったけど……」
そう問いかければ、気分を悪くしていたエメラ達もある程度は調子を取り戻していたようだ。日記の内容が内容なだけに顔はまだ強張っていたが、やがてそれぞれが「心配しないで」と言葉にする代わりに、ぎこちない笑みを浮かべて見せる。
精神が疲弊してるこの状態で、流石にもう日記を読み返す余裕はなかった。だが、一回見ただけでも収穫は充分にあった。
「……『滅び』のことに関してはもう確定だな。狂う3日前の書き込みにあった黒い結晶って、考えるまでもなくだろ」
「はい、その日を境に一気に悪化したような気がします。日記内容からして直接触れているようでしたし、それが引き金になってしまったんじゃないでしょうか」
「指導者になるくらいの奴だから正常な精神状態であれば抵抗できただろうけど、それまでに溜まりに溜まったストレスが足枷になったかな。まったく、弱った隙を付いて侵入するとか、相変わらず汚い手使ってくれちゃって」
気に入らないとばかりに、そう吐き捨てるオスク。口調こそ軽いが、不機嫌さを隠そうともしない態度からして大分ご立腹な様子だ。
それにはオレも同意だった。フェリアス王国でのアルヴィスの時も、今回のギデオンの時も精神的に弱ったところを狙って接近し、挙げ句の果てには取り憑いて自分の都合の良いように利用しようなんざ、気に入らないと言わずして何と言う。
心というのは弱いものだ。ふとしたことで傷付いたり、ネガティブな感情で満たされてしまったりする。だが、誰もがそんな傷を経験として糧にして、挫けたところから立ち上がって成長していく。それを否定するばかりか、踏みにじるような真似をする『滅び』が腹立たしくて仕方なかった。
あの結晶がどうやってここまで来たのかも疑問だが……いや、シルヴァートが管理する氷河山や、ニニアンが住む島にまで侵入してくるんだ。タワーの中に潜むなんて造作もないのかもしれない。
「でも、どうしよう。指導者さんを一番説得できそうなのって、友達として作ったっていう『No.01』だと思うけど、今はどこにいるんだろ?」
「『滅び』に取り憑かれた奴を説得したところで、素直に応じるわけないっしょ。実際、精霊王サマのとこの忠犬だって、こっちの話なんてまるで聞く耳持たずだったし。それにその人形も、狂った時に邪魔だってどっかに捨てられてなきゃいいけどなぁ?」
「うっ……確かに、そうかもしれなけど」
「いない奴を頼ったって仕方ねえよ。最初からオレらだけで解決するためにここまで乗り込んで来てるんだ。『滅び』がここに侵攻してるって確証が得られた以上、さっさとギデオンの元まで行ってやろうじゃねえか」
「あ、この日記はどうする? 他の3人にも見せるために、持っていった方がいいかしら?」
「……いや、ここに置いておこう。内容がアレだしな……特にルージュとか、変に感化されても困る」
「そ、それもそうね。見ていてあまり気分良いものじゃないし。このままにしておきましょうか」
「ああ。……行くぜ」
全員、オレの言葉に力強く頷く。休憩したことで体力も大分回復した。これ以上、立ち止まっている暇はない。早くギデオンがいるであろう最上階まで行って、苦しみの連鎖を断ち切らなければ。
そう決意を新たに、オレらはギデオンの書斎を後にした。
それからすぐに、オレらは再び非常用の螺旋階段を使って上の階を目指していた。
休憩を挟んだおかげで、落ちていたペースも大分取り戻せていた。オレらを監視している機械はまだ停止しているらしく、敵が接近してきている気配もない。これ幸いとばかりに、オレらは早く最上階に辿り着きたい気持ちもあって、さっきよりも素早く足を動かしていく。
「あっ、出口が見えました!」
「チッ。この階段で登れるところはここで限界ってことか」
「文句垂れても仕方ないっしょ。大人しくここを出て、別の道探せばいいだけじゃん」
「わかってる。最初からそのつもりだ」
オレはオスクの言葉に頷きながら、出口に辿り着いてすぐに扉に手を掛けて勢いよくそれを開く。すると、
「……侵入者、発見」
「命令に従い、捕縛を開始」
「……っ!」
その途端に目に飛び込んできたのは2体の人形……いや、アンドロイドが出口を塞ぐようにして立ちはだかっている光景だった。そいつらはオレらの姿を視認した途端、待ってましたとばかりに武器を構えてくる。どうやら、待ち伏せされていたようだ。追いかけるより、オレらの行き先に待ち構えている方が確実だと踏んだのだろう。
しかし、こうなることはオレらだって予想していた。最初こそ戸惑っていたが倒し方がわかっている今、たった2体だけなんざ然程脅威にもならない。オレは隣にいたオスクと共に素早く己の得物を抜いて、
「道を開けろ!」
「雑魚が邪魔すんな!」
そいつらに向かって同時に魔力を纏わせた刃を振り下ろし、斬り伏せる。オレらの攻撃を正面からまともに受けたアンドロイドは派手に吹っ飛んで背を壁に打ち付け、それっきり動かなくなった。
ふん、この程度じゃ相手にならないな。
「うわぁ、流石の仕事の早さね」
「ここは……25階のようですね。造りから見るに、展望室といったところでしょうか」
フリードにそう言われるまま改めて周囲を見渡してみると、ガラス張りの広間になっていて、このセントラルエリアが一望出来る造りになっていた。フリードの言う通り、この階は展望室で間違いなさそうだ。
25階という高さも相まって、窓から覗く景色はなかなかのものだったが、生憎オレらには呑気に景色を眺めている暇はない。ここはまだ目的の最上階ではないようだし、さらに上の階へ行くべく、この展望室を隅々まで探索してみることに。




