第180話 デュアル・アクチュアル(1)
「くらえっ!」
オレは奴らの懐に飛び込んですぐ、その身体を鎌で思い切り引き裂いた。
しかし、やはり人形だからだろうか。オレが放った斬撃は確かに当たった筈なのに、奴らは多少仰反りはしたが表情は一切変えないままだった。おまけに鎌の刃は奴らに大した傷を与えることすら叶わず、ガキンッと金属音を響かせながら弾かれる。
「チッ、物理は駄目か」
「ならこれはどうよ。『ブラッドアビス』!」
「『ヘイルザッシュ』!」
物理が効かないのなら魔法はどうかと言わんばかりに、オスクはオレが下がると同時に奴らに向かって紅い閃光を放ち、フリードもそれに続いてつららを飛ばす。奴らは2人の魔法に対して特に回避や防御などと反応を示すこともなく、正面からそれを食らった。
これなら少しはダメージが入ったことだろう。そう思っていたのだが……
「……損傷、軽微。戦闘を続行」
「嘘でしょ、魔法も効いてないの……⁉︎」
魔法にも奴らは大したリアクションを取ることなく、あっさりと体勢を立て直してしまった。
迫りくる攻撃に恐怖することもなく、痛みに顔をしかめることもなく。無表情のまま、すぐさま持ち直して立ち塞がってくる敵……オレらが臆する要素となるには充分すぎるものだった。
「物理も魔法も効かないんじゃ倒す術がねえじゃねえか! どうすんだよ、これ……!」
「おいこら、鬼畜精霊。とりあえず落ち着け、ってさっき言ったの忘れたか? この程度でビビんなっての」
「落ち着けって言われても……!」
こんな状況を前にどうやって落ち着けっていうのか。どんな攻撃を仕掛けようがダメージが入らず、どれだけ思考を巡らせても勝てる道筋が見出せないというのに。ただ一人、まだ冷静でいられるオスクが不思議で堪らなかった。
「たかが2、3発耐えられただけで動揺しなさんなって。何者だか知らないけど、あいつらが生き物でないことはもうわかってることじゃん。リアクションもまともに起こせないことだって可能性としては充分考えられるっしょ?」
「ん、じゃあ攻撃が効いてないわけじゃないってことか?」
「有り得ない話ではないですね。反応があまりにも薄いことから効いてないと思ってしまいましたが、それが表情に表れていないだけなのだとしたら……」
「あっ、じゃあどんどん攻めていけばいいんじゃない? 攻撃をどんどん当てて弱らせられれば、効いてるって証明になるよ!」
「……っ、だな」
エメラの言う通りだ。数発の攻撃では何ともなかったとしても、それが数十発ともなればダメージを受けていることが表明にも表れるかもしれない。奴らが人形故に感情もなく、痛みや恐れを表情に出せないだけで、さっきの攻撃によるダメージはしっかり蓄積されているのならば……。それならまだ、希望が潰えたわけではない。
こんなところでグズグズしている暇はない。さっさとここを突破するためには、やるべきことはただ一つ。
「『カタストロフィ』!」
「『ルミノスフィア』!」
「『フロース・マーテル』!」
攻撃し続けて勝利をもぎ取る、それだけだ……!
オレが鎌から衝撃波を、カーミラが星の光を集めて生み出した刃を、エメラが花吹雪の嵐を、それぞれ奴らに向けて同時に放つ。奴らは花吹雪に包まれて身動きが取れなくなったところを衝撃波によって吹っ飛ばされ、追い討ちをかけるように光の刃で切り裂かれた。
「……損傷、拡大。捕縛対象への警戒レベルを引き上げ、これより反撃を開始」
「……っ!」
攻撃は当たったものの、奴らもやられっぱなしのままではなかった。ビーム状の剣や槍を振りかざして、斬撃を浴びせようと迫ってくる。
「ハッ、深手を負ったから仕返ししようってか。攻撃が通ってるのは間違いなさそうだな」
「それがわかりゃ充分だ! エメラ、一旦下がれ!」
「う、うん!」
攻撃のために一時的に前線に出ていたエメラに再び支援に徹するよう指示を飛ばしつつ、オレらは武器を構え直して奴らを迎え撃つ体勢を取る。奴らがオレら目掛けて振り下ろしてくる刃を弾くべく、オレも鎌を振り上げる。
「『ダークスラッシュ』!」
「『カオスレクイエム』!」
そうしてオスクと共に、武器に魔力を纏わせて敵の攻撃を相殺し、勢いのまま奴らを突き飛ばす。
奴らとの距離が離れた隙に奴らのことを改めて見据えてみると……成る程、さっきより若干ではあるが足元が覚束なくなっている。腹立つくらいに大人しかった佇まいが、オレらが攻撃したことによって崩れかけているんだ。
相変わらず、苦痛や恐怖などといった感情は表に全く出ていないが、攻撃がちゃんと奴らに効いていることが知れればこっちのものだ。いつものように勝てるまで全員で挑んでいく、ただそれだけのこと。
ルージュ達と合流するため、『滅び』の真偽を確かめるため、オレらは前へ進むしかないのだから。
「捕縛対象の行動を予測……攻撃開始」
「はん。最初は感情が無い敵なんてどうしたものかと思ってたが、こうなればわかりやすいもんだな!」
奴らの攻撃は、さっきより明らかに激しいものとなっていた。それはまるで追い詰められているから焦っているかのようだった。
感情は無くとも、行動原理はオレらと大差ないようだ。決して、敵は得体の知れない相手ではない。これならばまだガーディアンとかヴォイドのような、はっきりした意思もないまま全てを破滅に導こうとする輩の方がよっぽど恐ろしい。こんな人形に、恐怖を感じる理由なんてないんだ。
仲間達も同じことを考えたのだろう。ここで足止めを食っていられないとばかりに、各々の武器や魔法を駆使してさらに攻めていった。
「きゃっ!」
「任せて! 『グラスヒール』!」
「あっ、ありがと! 助かったわ!」
戦いの中で怪我を負っても、エメラがすかさず治癒魔法をかけてくれた。
攻撃面ではイマイチだが、支援に関してはここにいる面子の中でエメラの右に出る者はいない。安心して、とばかりにサムズアップしてくるエメラに、こんな状況でも口角が緩むのを感じた。
もう勝利への道筋も見えてきた。そろそろ終わらせてやろうと、オレらはさらに攻め込んでいく。そして……
「損傷、さらに拡大。これ以上の戦闘は不可能……増援を要請し、逃走を選択」
「へえ、逃げようっての? おまけにお仲間に助けてもらおうとか、人形の癖に随分と汚い手に出るじゃん」
そんな敵のあまりに卑怯な選択に、ニィと、オスクの口角がたちまち釣り上がる。闇の大精霊に相応しい、意地の悪そうな邪悪な笑み。……こいつがこんな顔をする時は、大抵腹を立てている時だ。
「人形風情が、この僕に背を向けようなんざいい度胸だな。『ワールド・バインド』!」
オスクが詠唱し終えたその直後、敵は4体まとめて虚空から出現した無数の鎖に絡め取られる。奴らはどうにかして拘束から逃れようとするも、無駄な抵抗。奴らの動きは鎖によって完全に封じ込められた。
「さーて。このまま鎖ごと吹っ飛ばしてやってもいいけど、せっかくだしこのチャンスはお前に譲ってやるよ、ルーザ。お前の渾身の一撃を叩き込んでやれ!」
「ああ、有り難く頂戴してやるよ!」
オスクの言葉にうなずき、オレは動けないでいる奴らの元へ走って向かっていく。そのまま、流れるように鎌を振り上げて、
「『カタクリズム』!」
『カタストロフィ』よりさらに威力を込めた魔力を奴らにぶつけて、全員まとめて鎖ごと吹き飛ばす。吹き飛んだ奴らは壁に背を派手に打ち付けて動かなくなった。
「か、勝った……!」
「喜ぶのは後だ、先を急ぐぞ!」
「そ、そうですね!」
勝利の余韻に浸りたいところだが、生憎そんな暇はない。増援が到着する前に早くここを立ち去ろうと、オレらはさらに上の階層を目指して駆け出した。




