第179話 二つの刃を携えて(2)
ようやく武器を取り返したオレらは、タワーの最上階を目指して先を急いでいた。
さっきまでは丸腰だったために曲がり角を曲がるだけでもいちいち神経を尖らせなければならなかったが、もうその必要もない。やはり手元にちゃんとした対抗手段、それも自分の得物があるのは心強い。近づいてくる敵に必要以上にビクビクしなくて済むようになったオレらは、さっきとは倍以上のスピードで探索を進めていた。
「あっ、階段があったわ!」
「よし、上るぞ!」
その道中でお目当ての上へ行ける階段を見つけた。
どこに繋がっているのか分からないが、今オレらがやるべきことはとにかく上の階層を目指すことだ。迷っている暇はないと、オレらはすぐさまその階段を駆け上る。
高い建物の階段だからか、階段の長さも今まで見たこともないくらいに長いものだった。上っても上っても次の段が現れて、もしかしたら永遠に続いているんじゃないかとすら思えてくる。
だが、いくらタワーが高くてもこの空間が無限に広がっているわけじゃない。今は見えなくても終着点が必ず来る。そう自分に言い聞かせながら、オレらはひたすら足を動かして前へと進んでいった。
「……なあ、オスク」
「んー? どうしたのさ」
その最中で、オレはオスクに声を掛ける。
ここに来てから、ずっと気になっていたこと。さっきの武器のことで余計に疑問が膨れ上がったそれを、聞いておくのなら敵が迫ってきていない今しかない。正解まで辿り着けなくても、オスクならば何か答えに近づける意見をくれるのではと思って。
「お前は、カルディアに『滅び』が来てると思うか? ここに来た時は、まだその疑いがあるって程度だけで留まっていたが……」
「さーてねぇ。僕に聞く前に、お前自身はどうなのさ。それが誠か否か、お前はどっちだと思ってるわけ?」
「怪しいとは思う。元々生活ぶりが異常だとは感じていたが、狙撃してきたり、オレら以外からも武器をぶんどってたりで、客を客として扱ってない部分も含めてな。外部ってのを警戒しているにしたって度が過ぎている」
「うん。それに海の汚れ具合とか、空を覆ってる煙とか、環境も普通じゃないよ。文化の違いとか、それを超えちゃってる」
オレと、オレの意見に付け足すようにエメラが自分の考えを正直にオスクに伝えて、カーミラもフリードもそれに頷いた。仲間も、『滅び』のことがあってもなくてもカルディアの在り方をおかしいと思っていたようだ。
「ふーん、成る程ね。ま、僕もまだ確証を得られる材料がないから断定は出来ないけど、侵食してる確率は高い。直接確認してないし、気配も今は感じられないから、単なる勘ではあるけどさ」
「そう、か」
オスクの勘はよく当たる。元々の警戒心の高さと、600年という歳月で積み重ねてきた経験で養われたものにオレらは何度も助けられていたし、オレらの武器が取り戻せたのもオスクの勘があってこそだった。
絶対とは言い切れないが、オスクがそう言うなら『滅び』の影響がここにも広がっていることを前提にしておいた方がいいかもな……。そう考えていた、その時。
「ん、なんだ……?」
不意に、オレの耳が不審な音を捉えた。
ドタバタというオレらの荒っぽい足音に、割り込んできたように聞こえてきたそれ。小さく、自分達から離れた場所から鳴り響いてきているような、そんな音が。
その音はトントン、と一定のリズムで鳴り響いていた。しかも、オレらが発している足音とそれは限りなく似通っていて……これは、まさか。
「チッ、奴らこの階段使って追ってきてやがるのか!」
「えっ、嘘! わたし達がここにいるってもうバレちゃってるの⁉︎」
「今更じゃん。倉庫の時から吸血鬼以外、こっちの情報はほぼ掴まれてんだ。中にも監視する機械の一つや二つ、あるに決まってるっしょ」
「それを止めない限り、僕達の居場所は筒抜けってことですね……」
フリードの言う通り、その監視する機械を停止でもさせなければどこへ逃げようがすぐに敵に追い付かれてしまうことだろう。現に、今もここの職員に警戒を促す声が建物に響き渡っているし、まだ捕まってないだけで一部にはもう既にオレらの居場所が知れ渡っているのだろう。
とはいえ、その装置を止めようにもそれらを制御している場所も知らないし、一個一個いちいち壊して回る暇もない。だからオレらに出来ることといえば、最上階を目指してただひたすら進んでいくしかないのだが……居場所がバレている今、後を追ってこられるだけじゃなく、先回りされて待ち伏せされる可能性も捨てきれない。
だが、このままこの階段を使っていれば捕まるのは時間の問題……なら!
「おい、次の階に着いたらこの階段から出るぞ!」
「え、そんな。せっかく見つけたのに?」
「僕は賛成だけどね。ずっとこの道使おうものなら挟み撃ちになること間違いなしだし。それを避けようってんだろ?」
「ああ、こんな高い建物なんだ。階段だってこれ一つとは限らないだろ?」
「ですね。まずはここから離れましょう!」
仲間も全員、オレの意見に賛成してくれた。打ち合わせの通り、オレらは次の階へと辿り着いたところで今いる階段からその階から伸びている廊下へとルートを変更する。その時、壁に付けられていた表示板が視界の隅にちらりと映った。
……表示板に刻まれた数字は『13』だった。つまりここは13階。かなり階段を駆け上ってきたと思ってはいたが、もうそんな高さまで来ていたのか。3階建以上ある時点でその技術力の高さには驚かされるが、最上階となると何階まであるんだ……?
ここまで来るだけでもかなりかかったし、それに13階分階段を駆け上ってきた疲労も蓄積されてきているために、最上階まで辿り着くのは正直骨が折れそうだが……これも『滅び』のことを確かめるのと、ルージュ達と合流するためだ。弱音なんて吐いている暇があれば足を動かすことを優先すべきだ。
そう気合いを入れ直し、重たくなってきている足に鞭打って先を急ぐ。そうしてしばらくその廊下を駆けていくと、
「……侵入者、発見」
「命令に従い、捕縛を開始」
「……っ!」
オレらの前に立ち塞がるように、あの機械の人形が姿を現した。ルートを変更しても、敵陣の中でやはり敵と一切鉢合わせないというのは不可能だった。
その数4体。そいつらはオレらの姿を視認した途端、それぞれが手にした武器を向けてきてやる気満々なのは明白だった。行く先を完全に塞がれている……先へ進む方法は、たった一つ。
「通してもらうには勝つしかないようですね……」
「ま、どっかでぶつかることは予想してたんだ。それに、撃墜してくれた礼もしておきたかったし、なぁ?」
「ああ。ここで一発憂さ晴らししてやるぜ!」
オレらは頷き合い、さっき取り戻したばかりの得物を素早く構えて臨戦態勢を取る。エメラも、いつものように後方に下がっていつでもオレらを支援できる用意を整えた。
……その中で、オレは腰に差してあるルージュの剣にそっと触れる。今は近くにいないが、こうすることで心だけは傍に寄り添っている気がした。
待ってろ……ここを突破して、お前の手にこのお守りを必ず返してやる。
そんな気持ちを胸に秘めて、オレは正面に立ちはだかる敵と向き直る。そして先手必勝とばかりに鎌を振り上げ、奴らとの間合いを一気に詰めて斬りかかる────!




