第178話 ヴァンパイア・シーカー(3)
倉庫の扉を開くため、単独行動に出たあたし……カーミラは解錠するためのものがどこかにないか、一人で探し回っていた。
たった一人で敵陣の中に飛び込むのは不安だし、敵に自分の姿が見えないと分かっていてもやっぱり怖い。足は今でも小刻みに震えているし、さっきから心臓の音もバクバクと鳴りっぱなしでうるさくて仕方ない。それでもみんなに自分から引き受けると言った手前、もう後には引けないし……それに、あの場ではあたししかここを無事に切り抜けられないのだから、やるしかない。
改めて決意を固めて、再び前へと進んでいく。敵の動きをよく見て、呼吸を落ち着かせて、足音もなるべく忍ばせつつ。
敵にあたしの姿が見えていなくても、音までは消せてない。あたしは確かにここに存在している。目視されなくても、音で気配を察せられてしまってはただでは済まないでしょうし、接触なんて以ての外。だから、注意して進まなきゃいけないことには変わりない。
「えっと……こっちかしら」
この辺りを巡回している職員の動きをよく見ながら、奥を目指していく。
けれど、扉を開ける方法を探すと意気込んだはいいものの、どこへ行ったらいいのかさっぱりわからず、はっきり言えば迷子になっていた。周囲を取り囲む、あたしの背丈なんて軽く超えている大きな箱のせいで見通しは最悪。その上、どの箱も全く同じ見た目だから、自分がどこを通ってきたのかさえも曖昧になってくる。
「でも、手探りでも進んでいくしかないわよね」
あたしがやると手を挙げて、みんなはそれを信じて託してくれたのだから。今更後戻りしても扉は開かないままだけど、前に進んでさえいれば何か見つかるかもしれない。そう希望を抱いて一歩、また一歩と、ゆっくりでも少しずつ前進していく。
……そんな時だった。
『……おい、カーミラ! 聞こえるか?』
「えっ⁉︎」
突如、頭の中でルーザの声が響く。びっくりして思わず声を上げてしまい、近くにいた職員の視線が一気にあたしの方へと集中する。
やばっ……と、すぐさま口を塞いで、とりあえず捕まらないようにと今いる場所から移動する。息を整え、職員の様子が落ち着いてきたところで、最小限のボリュームで聞き返してみる。
「えっと……ルーザ、よね? これはなんなの?」
『……返事がきたってことは、成功ってことか。これはオレの大精霊としての力を使った念話みたいな術だ。念話というよりはお前の意識下に潜り込んで、オレの意思を伝える……みたいな感じらしいが。悪い、オスクから聞いて実行に移しただけで、オレもあまり詳しくない』
「そ、そう。それで、どうしてそんな術を?」
『お前に敵の位置だけでも知らせてやれないかと思ってな。せっかく手元に便利なツールがあるんだ、利用しない手はないだろ?』
「あっ、うん! それは助かるわ」
ルーザの言葉に、あたしは反射的にうなずいていた。
やっぱり敵が潜んでいる場所がなんとなくわかるだけでも、大分心労が軽減される。姿が見えていないと分かっていても、急に物陰から敵が飛び出してきてびっくりしないわけがない。それが無くなるだけでも、探索がかなり楽になることでしょうから。
そして何より、慣れないことをしてまであたしを手助けしようとしてくれるルーザの気持ちが嬉しかった。
『オレも初めてだから、どこまで術を行使できるかわからないが、やれる限りのことはする。敵の位置はもちろんだが、地形もぼんやりではあるが把握できてるからな。行き止まりに突き当たることも多少は無くせるだろうさ』
「そうね。恥ずかしいけど、その……正直迷っちゃってたから」
『まあ、仕方ねえだろ。こんな馬鹿でかい箱に取り囲まれてんだ、方向感覚が狂ってくることなんざ想像はつく。それでオレがナビしようってんだが……お前、あれからどこ通った?』
「ええと確か……真っ直ぐ進んで、二つくらい箱を横切った先を右に曲がって……」
と、あたしの現在地を知らせるため、ルーザに通ってきた道を伝えていく。ナビが正確になるよう、できるだけ事細かに。
『……よし、お前の現在地が大体だがわかった。ただ、地図には敵の位置は示されていても、お前の居場所までは映ってない。お前の現在地を把握するために、移動したらどこをどう通ったかを逐一報告してくれ』
「わかったわ」
『それと……自分でやっといてなんだが、オレのナビはあくまで参考程度に留めておけ』
「えっ。ど、どうして?」
『オレが不慣れで術の精度が良くないのもあるが、地図が荒れ放題だからな。オレに入ってる情報が全て正しいとは言い切れない。おまけに、この地図だって元々は敵のものだ。そんなのを鵜呑みにするのは危険だろ? 結局、一番価値が高い情報ってのは実際に見たものだからな』
「そ、それもそうね。正確な敵の位置だって、最後はあたしの目で確かめなくちゃわからないもの」
いくらたくさんの情報があったところで、自分の目で見たものこそが一番信憑性がある。ルーザのナビは探索の助けになることは間違いないでしょうけど、頼りすぎも駄目ということだ。
それに、これは元々あたしが引き受けた役目。あたしが一番頑張らなくちゃ話にならない。
『話はここまでにして、探索を続行してくれ。地図によれば、お前のいる位置に2人ほど敵が迫ってきている。話し声が聞こえたらマズいから、そいつらを振り切ってから移動の報告を頼む』
「了解したわ」
そこでルーザとの会話を一旦切り上げ、あたしは周囲を見渡してみる。するとルーザが言った通り、あたしの右隣にある箱と正面にある箱の影から一人ずつ職員が姿を現した。
敵の動きを予測していると、やはり気持ちにも余裕が生まれる。あたしはさっきよりも落ち着きを保ちながら、職員と接触しないルートを素早く見つけてその場を切り抜けた。
「……ふう。ルーザ、さっきの敵はかわせたわよ。さっきの位置から、一つ目の角を左に曲がったわ」
『一つ目の角を左だな、わかった。そこからだと……右に曲がる道は行き止まりだな。それ以外の道を使って奥に進んでくれ』
「ええ」
ルーザの言葉に頷きながら、あたしは今いる道を真っ直ぐ進んでいく。その後もルーザから敵が潜んでいる場所を知らせてもらい、もちろんあたしも自分の目で確かめながらさらに奥へ、奥へと歩みを進めていく。
それをしばらく繰り返していくと……
「ルーザ、次は二つ目の角を右に曲がって細い通路に入ったわ」
『よし。その位置だと……っ!』
「ど、どうかした?」
頭の中でのやり取りでも、ルーザが言葉を詰まらせたのが分かった。一体何があったのかと、あたしは反射的に聞き返す。
……いえ、ルーザがそんな反応をしていることから、もう良くないことが迫りつつあるのはわかっていることだ。問題はその『良くないこと』の程度。ルーザの反応からして、それはきっとかなりマズいことであることはすぐに察せる。
『……カーミラ。そこから右奥から敵が一人、近づいてきているのが見えるか?』
「え、ええ。確かに来てるわ」
『それでお前の左にある箱の周囲を巡回している敵がいるんだが……進行方向から見て、しばらくしたらお前がいる通路に来る。そいつはその右奥の敵とすれ違うように移動するつもりらしいんだが……避けようにも逃れられる道がどこにも無い……!』
「嘘でしょ⁉︎」
……挟み撃ち。ルーザから告げられたのは、つまりそういうことだった。
細くて長い通路に入ったのが失敗だった。通路の幅がもう少し広ければ、隅っこに縮まって接触はなんとか避けられたかもしれない。けれど、今あたしがいる通路は2人並ぶのはやっとなくらいの狭い道。しかも、逃げ込めそうな脇道も一切無いなんて……!
そうこうしている間に、ルーザが言っていた通りに左から一人の職員が現れた。そして、右から迫ってきている職員と同様に、通路を真っ直ぐ歩いてくる。そうなれば、2人ともあたしとの距離はどんどん縮まっていくことになるわけで。
一体、どうすれば────⁉︎




