第178話 ヴァンパイア・シーカー(1)
『緊急事態発生。緊急事態発生。カルロタワー第一倉庫付近で侵入者による襲撃がありました。職員はシステムの復旧と襲撃箇所の修復へ、戦闘員は侵入者の捕縛へ、それぞれ直ちに向かってください。繰り返します。カルロタワー第一倉庫付近で……』
「アッハハハ! ちょっとつついただけで随分慌ててやんの。実に愉快愉快!」
「一体誰のせいだと思ってんだよ……」
辺りに響き渡る警戒を促す無機質な声に、この事態を引き起こした張本人であるオスクは愉快そうにケラケラと笑い飛ばす。
カルロタワー内部の侵入には成功したのはいいが……やり方が褒められたものじゃない。ついさっきの、オスクが乗り物に注ぎ込んでいた魔力を一気に解き放って大爆発させて、敵どころかタワーを囲っていた外壁もろとも吹き飛ばすなんてことをやらかしてくれたのだから。
おかげで当然ながら敵の警戒度はマックスの状態に。そのせいでオレらは物陰に身を隠すのはもちろん、奴らが接近してないか必要以上に神経を尖らせてルージュ達の捜索をする羽目になってしまった。
「やり過ぎなんだよ、お前は。奴らがオレらを追えない程度に牽制する程度で良かったのに、外壁までぶっ壊したらそりゃ睨まれるだろうが」
「いいじゃん、入り口探す手間省けたし。それに、綺麗な花火も見れたっしょ?」
「どこが綺麗なんだよ、あんな地獄絵図」
「ま、まあまあ、ルーザさん。やり方はともかく目的のタワーの中には入れましたし、今はこれからどうするか考えましょう」
「ええ。街と同じくらい入り組んでそうよ、ここ」
そんなカーミラの言葉につられて、オレらは周囲を見回す。
オレらが今いるのは、オスクの身長以上もある馬鹿でかい金属製の箱が密集している場所だった。冷たく、鈍く輝くそれがオレらの四方を取り囲んで、街とはまた違った雰囲気の迷路のような道を築いていた。
そういえば、さっきの声……オレらが襲撃した場所がカルロタワーの第一倉庫付近だとか言ってたな。成る程、規模は桁違いだが、この馬鹿でかい箱が資材やら何やらを保管しているものだと思えば、確かにオレらのところの倉庫と雰囲気は似ているかもしれない。
技術が発達してると倉庫までデカくなるものなのかはわからんが。
「またいい加減に歩いてたら迷っちゃいそうだよね……。地図ってタワーの中でも使えるの?」
「ああ、地図が映し出されている板はまだ光ってはいるんだが……」
「ん、何か困ることがありましたか?」
「タワーに入った途端、板の調子がおかしくなってな。敵の位置を示す光は辛うじてわかるんだが、地図自体は荒れて見えにくくなってる」
そう板の状態を伝えながら、フリード達に地図を見せる。
説明した通り、板に映し出されている地図がタワー内部に入った時から地図を形作る線が突如ブレ始め、今では乱れた線が黒い粒になって飛び散っている有様に。敵の位置を示す光はこの状態でもしっかりと映っていることから壊れたわけではないようだが、これじゃあまるで砂嵐だ。
「うわ、本当。これじゃあ地形がなんとなくしかわからないわね……。でもどうしてタワーに入ってからこうなったのかしら?」
「中に入ってから、か。タワーの中の造りまで筒抜けじゃ、流石に都合悪いってのかな。妨害でもされてんじゃないの?」
「この地図も元々はここの関係者のものですし……それもあり得なくはないですね。でも、敵の位置がなんとなく把握できるだけでもありがたいものです」
「ああ。敵が大体どの辺りに潜んでいるのかが知る手段があるだけで大分楽になる」
どんなに些細なものであっても、情報があるのとないのとでは探索の難易度もかなり変わってくる。敵が何処から迫ってきているのかを知る手段があるというのは、精神的な負担も軽減されることにも繋がるのだから。
自分達の位置を示す光は、タワーの中に入ってから消えていた。どうやら発信源はあの乗り物だったらしいが……光が消えてからも地図をずっと見ていたおかげで今、自分達がどの辺りにいるのかは大体把握している。砂嵐の奥に辛うじて見える線と、周囲の景色を照らし合わせていけばなんとかなりそうだ。
「ねえねえ、そもそもわたし達ってこれからどこに行くべきかな。ここでルージュ達が来るのを待つ訳にもいかないでしょ?」
「ん、そうね。ここにずっと留まってたらいずれ捕まっちゃうだろうから、移動はしておくべきね。あたし達が会いたい指導者って、やっぱりここの最上階にいるのかしら」
「だろうよ。偉い奴ってのは大抵高いとこから下々の者どもを見下ろしてるもんだし。都市の心臓部、それもここで一番高い場所ならここしかないわけだし、まず間違いないだろうさ」
「なら、やっぱ上を目指すべきか」
このセントラルエリアに来たのは、『滅び』に取り憑かれているのではという疑いのあるカルディアの指導者に会うため。タワーまで辿り着けた以上、オレらはその元々の目的を果たすべきだし、ルージュ達もタワーに侵入出来たならば昇ってこようとする確率が高い。
ルージュ達は、きっとオレらの意思を汲み取って追いかけて来てくれる筈。ならばオレらが先に最上階を目指し、オレらに敵の注意を引き付けておいて、ルージュ達の負担を減らしておこう。
そう決意を固めたオレらは地図を片手に、オレらは箱の陰に隠れながらとりあえずこの倉庫から脱出しようと、慎重にタワーの奥へと進んでいく。
敵の居場所が大体わかるとはいえ、元々は敵の所有物。地図に映し出されている情報全てを信じ込むのは危険だ。だからしっかりと己の目も使って、最大限の注意を払って探索しなければならない。
曲がり角に差し掛かる度に右、左と視線を動かして周囲を警戒し、物陰から物陰へ移動していく。それを何回か繰り返していると、
『報告します。侵入者は男女2名ずつ、妖精と精霊の混合の集団であることが判明しました。戦闘員は直ちに侵入者の捕縛に向かってください。繰り返します。侵入者は……』
不意に、辺りにそんな声が響き渡った。さっきと同じような、ここの関係者に対する警告のようだが……。
「まだ敵に見つかってないのに、僕達の全容まで知られてしまってるなんて……。早くしないとまずいかもしれませんね」
「うん……。でも、おかしいよ。男女2人ずつって……1人足りないよ?」
「ああ。そこまで把握できてるなら、なんで人数間違えてんだ?」
エメラも同じく疑問に思っていたようだ。さっきの声の内容に感じた違和感……何故か奴らは、オレらを男女2人ずつの集団だと誤認している。オレらは男が2人、女が3人の5人……女が一人、足りないんだ。妖精と精霊の混合の集団であることまでわかっておいて、そこだけ間違えているのは一体どういうことなのだろうか。
「ルージュ達ももうタワーに来てる……? いえ、でももし3人一緒になってたとしても、向こうだって女の子1人だし。どうしてなのかしら」
「何にせよ、先を急ぐべきっしょ。なんで人数を間違えてんのか知らないけど、そこまで知られてんなら一部の奴にはもう既に僕らの居場所を把握されてる可能性がある。立ち止まってる暇無くない?」
「……っ、だな」
気にはなるが、オスクの言う通りだ。オレらは早いとここの倉庫を脱出して、タワーの上を目指すべきなのだから。ルージュ達のためにも、ここで足踏みしてる余裕はない。考え込もうとするのを頭を振ることで静止し、オレらは先を急ぐ。
そうして、しばらく進んでいくと……さらにあの馬鹿でかい箱が密集した場所へと辿り着いた。さらに奥に出口らしき扉もここから確認できるが、その扉の前には扉を守るようにして強い電流が走っている。出口が見つかったことは喜ばしいものの、このままでは扉を開けられそうにないのは明白だった。
「扉は見つけましたが……どうしましょうか。あれ、鍵がかけられてるということですよね?」
「多分な。それにここ、出口付近のせいか敵が密集してやがる」
地図を見てみれば、この地点には十数余りもの光が集まっていた。それらの光はあの箱の周りを回るように移動していて、奴らがこの辺りを特に警戒を強めて巡回していることはすぐに分かった。
こんなに敵が集まっているのは、敵もオレらがここに来る可能性が高いと踏んで待ち伏せしているとも取れるが……。
「待ち伏せするにしても数が多すぎる。まるでここに何か大事なものがあるみたいじゃん。ここにあの扉のロックを解除するものでもあるんじゃないの?」
「確かに、中からでも開錠できるものがあるのかもしれないが……この敵の目を全て潜り抜けるって流石に無理があるだろ」
巡回している光は複数で一つの箱の周囲を回っていて、片方が見れない箇所をもう片方で補うようにしている。一人の敵の追跡から逃れることができたとしても、次の瞬間にはもう片方が迫ってくることになるんだ。そのため、今までのように5人で固まって移動するのは危険すぎる。かといって一人でも見つかるまでの時間を多少長引かせるだけであって、難易度はそう変わらない。
一体どうしたら……そう悩んでいた、その時。
『報告します。更なる調査により、侵入者は妖精の男が1人、女が2人、精霊の男が1人の集団であることが判明しました。戦闘員は引き続き、侵入者の追跡、捕縛へ向かってください』
またしてもそんな声が響き渡る。さっきまでは妖精と精霊の混合の集団であることしか知られていなかったというのに、さらに正確に掴んできやがった。
……ん? いや、ちょっと待て。
「そうだ、カーミラ……! カーミラのことだけ奴らは認識してない。なんでだ?」
「あ、そうだよ! 他のわたし達のことは全部バレちゃってるのに、カーミラさんだけ抜けてる!」
さっき感じた違和感の正体がやっとわかった。何故かカーミラのことだけ、奴らは姿形どころか存在すら認識できていないんだ。
奴らはあれだけ正確にオレらの情報を掴んできている分、余計にその違和感が際立つ。何故、奴らはカーミラだけ存在を捉えることができていないんだ……?
「カーミラさんだけ認識されてない……確かにそれなら男女2人ずつと誤認されたことも説明が付きますが、一体どうして。カーミラさんの姿だけ、敵の視界から消えてしまっている……?」
「あたしだけ、視界から消えてる……? あっ!」
フリードの言葉で、突如何かを思い出したように声を上げるカーミラ。そして、オレらの方へ振り向くと、
「あたし……役に立てるかもしれないわ!」
一言だけ、そう告げてきた。




