第177話 黄昏は駆けて(1)
ルージュ達と合流するべく、カルロタワーへ向かうことを決意したオレらは魔法ではカバーできなかった傷を薬でしっかり手当てしてすぐ、今まで居座っていた廃墟を後にしてカルロタワーを目指して出発した。
しかし、今オレらが小島の末端にいるのに対して、目的地は島の中心。高い建物のためにどこに向かうべきか見失う心配はないものの、いかんせん距離が離れすぎている。しかもここの地図も持ち合わせていないために、どの道を行けばいいのかも全くわからず、手当たり次第に道を進んでは行き止まりに突き当たりまくっていた。
「あ……ここも行き止まりだ」
「くっそ、これで何度目だよ……」
「困りましたね……。ルージュさんが水鏡を使うまでにカルロタワーに着いてないと、僕達の目的が伝わりません」
迷路のような造りに翻弄され、オレはもう何度目かも分からないため息をつく。カルロタワーに行くと意気込んだはいいものの、まさかスタートしてすぐにここまで苦戦するとは思わなかった。
ゴールは今いる場所からでも見えるために、見据えて歩き続ければ到着できなくはないだろうが、それでは時間がかかりすぎる。ルージュが水鏡を使うまでにオレらがカルロタワーに着いていないと向こうにオレらの意思が伝わらず、合流できる可能性を低めてしまうんだ。
正しい道もわからないのに、手元に地図もなく、制限時間があるこの状況。このままひたすら歩いていてはとても間に合いそうにない。なんとかしねえと……そう思っていたところに、カーミラが不意に「ねえ」と声を上げる。
「道をただ歩かなくてもいいんじゃない? 目的のカルロタワーは見えてるんだし、そこまで飛んでいくのはどうかしら」
「撃墜済みなのに無鉄砲なこった。あれだけの弾幕張られたってことは、ここに迎撃用の機械だかなんだかが大量に仕込まれてんのはもうわかってることじゃん。そうしたければ止めはしないけど、今度こそヘッドショット決められても僕は知らん顔してやるから」
「う、そういえばそうだったわね……」
「早く着ける手段ではありますが、やはり危険が大きいですね。そもそも僕達が撃たれた理由もまだ不明のままですが」
「ああ……」
フリードの言葉に、エメラとカーミラも頷く。
それはさっきから……いや、光弾が飛んできた直後から思っていたことだった。全員分の許可証をしっかり発行したにもかかわらず、オレらは撃ち落とされた。正式な手続きを踏んで、料金もちゃんと支払ってと、ルール違反は犯していないというのに、どういうわけかオレらは敵視されている。
都市内で何か悪さをしてたなら話は別だが……当然だが心当たりはない。名目上はベアトリクスの遣いとして、現地視察と称してカルディアには潜入しているが、本来の目的は『滅び』の被害の有無を確かめるためだ。敵に、『滅び』にオレらの動きを悟られては元も子もない。
だから目立つようなこと、特に悪事なんか働いた覚えはないのだが……。
「だが、このまま今のやり方で進んでちゃ間に合わないのは確実だろ。オスク、お前何か打開策とか考えてないか?」
「打開策ねぇ。無いことは無いけど」
「え、ホントに?」
「ああ。あのタワーの関係者っぽい奴を見つけ出して、後を付けるとかさ。周りがこんなボロっちいんだ、ここの住民の身なりだって大体予想が付くものだし。それに対してここで唯一ご立派な建物を行き来している奴なら、格好もそれ相応なんじゃない?」
「あ、そうね。タワーに出入りしている妖精とかを追いかければ、少なくともどの道を通ればいいのかはわかるかもしれないわね」
「ああ。それに今まで接触した奴を見る限り、ここのお偉方に使われてるのって生き物ではないみたいだし。お前ならすぐに判別できるっしょ」
「……それ、気付いてたのか」
「まあね。あいつらが何者かは知らないけど、言動見てればわかるって。無機質すぎるんだよ、何もかも」
あいつら……都市に入る前にオレらの武器を取り上げた3人組と、受付嬢のことだろう。無機質な声で、表情も一切変わらず、そして命の気配がしなかった、魔導人形に似た何か。確かにあのタワーの関係者のほとんどがああいう奴らならば、オレの大精霊としての力で判別は容易だろう。
「とにかく、まずはそれっぽい奴を見つけるのが先だ。そいつらが何か素早く移動できる手段も持ってんなら、ついでに掻っ払おう」
「え。そんなことしたらわたし達、本当に悪人になっちゃうんじゃ」
「どうせもう睨まれてんだ。今更悪さの一つや二つ、働いたところで状況は変わらないじゃん」
「開き直った犯罪者みたいなセリフだな……」
「こちとら追われてる身なんでね。利用できるものは利用するだけっしょ。ほら、無駄口叩いてる暇があるならさっさと行くぞ」
「ったく……」
つっこみたいところはあるが、ちんたらしている余裕はない。オスクに言われた通り、オレらはひたすら突き進むのはやめて、タワーの関係者らしき妖精の捜索へと切り替えた。
とはいえ、進むべき道の判別が付かないのは相変わらずだったために、関係者を探すのも楽ではなかったのだが……しばらくしてそれらしき妖精を発見することができた。
数は2人。そいつらは何やら前と後ろにでかい2つの車輪の付いた乗り物に跨がりながら、周囲をキョロキョロと見回して警戒している様子だった。あの乗り物を使って、この小島を巡回しているのだろうか。
「命の気配は……しねえな。あいつらで間違いなさそうだ」
「なんだろ、あの小さな馬みたいな乗り物」
「何かはわからないけど、あれを使って移動してるみたいだし、あの乗り物が素早く移動できる手段で間違いんじゃない?」
物陰に身を潜めながら、オレらはタワーの関係者らしき妖精達の様子を伺う。
見つけたはいいが、そいつらはここで見張りでもしているのか、なかなか動こうとしない。こうしている間にも時間は過ぎていくばかり。せっかく見つけたタワーへの手がかり、さらにあわよくば手に入れたいと考えていた移動手段もそいつらは持ち合わせている。
ルージュにタワーに行くという意思を伝えるためにもさっさと後を付けるか、あの乗り物を強奪するかしたいところだが……。
「動く気配がありませんね。こうなると乗り物を奪う他無くなってしまいますが……どうしましょうか。僕達、今丸腰ですし……」
「生き物じゃねえとぶん殴ってもあまり効果なさそうだな」
「も、もうちょっとスマートなやり方にしない? なんでも暴力に訴えるのは駄目よ?」
「チッ。じゃあどうしろってんだよ。あんなリアクションも薄い奴らの意表を突くなんて、かなりのことをしなけりゃ無理だろ」
「別に派手なことする必要無くない? 視界さえ奪えば、流石の奴らだってちょっとは慌てふためくっしょ」
「視界って……そう簡単にいくのか? 第一、武器も無しに」
「僕を誰だと思ってんのさ。目潰しくらい軽いっての」
言うが早いか、オスクは腕を振り上げる。それによって陽の光が届かないこの場を包む影が、ゆらりとその暗さを増す。
「『カオス・アポカリプス』!」
そして放たれる、オスクがよく使用する対象を闇で閉じ込める魔法。詠唱が終わった直後、その妖精達が真っ暗な闇に包まれた。
「ほーら、準備してやったぞ。今の内にあの中に入って奴らをはっ倒せ!」
「って、結局そうなるのかよ!」
最終的にはやはり力業になるようだ。スマートさのかけらもありゃしない。
しかし迷っている暇はないと、渋々ながらもオスクと共に闇の塊の中に飛び込む。途端にオレも視界も黒に塗りつぶされるが、あいつらがいた位置は覚えている。記憶を頼りに、第六感を研ぎ澄ませて……
「ここだっ!」
奴らがいるであろう場所に向かって体当たり。ドンッと身体に衝撃が走り、ガシャンと崩れ落ちる音が響き渡る。やがて周囲を覆っていた闇が晴れると、あの妖精がすぐ傍で倒れ込んでいるのが確認できた。オスクも、もう一人を突き飛ばしたようだ。
だが、これで終わりじゃない。今は妖精達の動きを一瞬止められただけだ。オレらはこの隙に乗り物に駆け寄り、奴らがそうしていたように跨がりながらどう動かせばいいのかなど、詳しく調べてみる。
「……あっ、中にここの地図っぽいものがあったぞ。これで道の問題は片付くだろうが……オスク、動かし方はわかったか?」
「えーと、足を乗せて、この持ち手掴んでから捻って動かすみたいだな。ま、動力源は魔力みたいだし、僕のを注ぎ込めばなんとかなるんじゃん?」
「大雑把だな……。すぐにすっ転ぶとか勘弁だぞ?」
「文句が多い奴だな。ならそいつらから筆記具とか奪ってきなよ」
「は? なんで」
「書いとくなら今の内っしょ? 遺書」
「やだよ‼︎」
「ギャーギャーうっさいんだよ。ならとっとと行くぞ!」
「どわあっ⁉︎」
言うが早いか、そう宣言してから持ち手を思いっきり捻っていきなり発進させるオスク。慌ててオスクの肩を掴んで、振り落とされるのはなんとか防いだ。カーミラ達も、混乱しつつもオレらの真似をしてオレとオスクの後ろを付いてきた。
そして、オレらは猛スピードでこのセントラルエリアを駆け抜ける。




