第176話 動く暁闇(1)
……目の前を包む、暗闇が徐々に薄れていく。それと同時に失われていた五感が戻っていき……肌寒さを感じてぶるりと身震いする。
「……い、…………きろ」
不意にオレの耳がそんな音を捉えた。途切れ途切れで、ぼんやりして……現時点では雑音のようにしか思えないそれ。一体何の音なのか考え込んでいる間にも「おい……ろ! おき……きち……い!」とその雑音はどんどん大きくなっていく。
雑音じゃない。これは誰かの……それも、ものすごく聞き覚えがある声……?
「いい加減起きろ、この寝坊助鬼畜妖精!」
「ってぇ⁉︎」
大声と共に頭部をスパンッとはたかれて、今まで虚空を漂っていた意識が完全に現実へと引き戻される。じんじんと鈍い痛みが響く頭をさすりつつ、キョロキョロと周りを見回すと近くにオスクが座り込んでいるのが確認できた。
そこでようやくオレ、ルーザはオスクに叩き起こされたのだと理解した。
「お、オスク……? ここは……どこだ?」
「ったく、開口一番がそれ? 助けてやった恩人に礼の一つでも言えないのかよ。気絶したまま落っこちたってのに五体満足でいられるの、一体誰のおかげだと思ってんのさ」
「落っこちた……?」
何のことだ、と思わず聞き返そうになるが……そこで記憶が蘇ってくる。
さっきの……オレが気を失う前のこと。何故か狙撃されたオレらはものの見事に撃墜されてしまい、空中に放り出されたんだ。そしてオレは光弾を正面から食らい、真っ先にバランスを崩したルージュに向かって手を伸ばして……
「……っ‼︎ そうだ、ルージュは! あいつはどこにいるんだよ⁉︎」
「……さあね。あの後、落っこちたお前らをすぐ鎖で捕まえたけど、全員は無理だった。なんとか目的のセントラルエリアに降り立ってから周辺を探したけど、近くにはいない。辛うじて回収できたのはこいつだけだ」
「……っ、くそっ!」
いつもの飄々とした雰囲気が一切感じられない表情で告げられたその事実と共に、目の前に差し出されたのは蒼と緋の宝珠。それはオーブランと、ルージュがドラゴンから託されたオーブだった。ルージュが見つかってない……それを知って、オレはオーブをひったくるように受け取ってすぐ、早く探しに行かなければと立ち上がろうとする。
しかし、途端に身体にズキリと鋭い痛みが走り、その場にへたり込んでしまった。オスクが受け止めてくれていたとはいえ、オレの身体は決して少なくないダメージを負っていたようだ。
だが、それがなんだ。こんな怪我なんざただのかすり傷だ。さっさとルージュを見つけて無事を確認しねえと……!
「おい、何する気さ」
「決まってんだろ! ルージュを探す、今すぐに!」
正面から光弾を受けたルージュが一番深手を負っている可能性が高い。近くにいないとなれば尚更心配になる。さっさと見つけ出して無事を確認しなければ安心できない。だが、そんな気持ちに反してオレの身体は思うように動いてくれず、ズキズキと痛みが響いてオレはなかなか立ち上がることが出来ずにいた。
くそっ、足さえ動けばすぐにでも……!
「……おいこら、鬼畜妖精」
「った……⁉︎」
なんだよ、と返事する前に、額に鋭い痛みを感じて仰反る。
オスクへ視線を向けるとオレの前で手を構えていて……そこでオスクに額を弾かれたのだと知った。
「とりあえず落ち着け、半人前。錯乱救世主はお呼びじゃないんだ」
「は、あ……?」
「そんなズタボロで何ができるってのさ。自分の傷には知らん顔で、他人の傷は気にするわけ? 傲慢、横暴。今のお前がやれることなんてたかが知れる」
「……っ」
「第一に、僕はお前らの保護者だ。経緯は不本意ではあったけど、引き受けた以上は最後まで役を全うしてやる。まず僕を頼れ、すがれ。これでもお前の倍以上生きてんだ、歳上舐めんな。それで、次は仲間を宛にしろ。結束、結託してこそのお前らっしょ? まあ、結論いえば……一人で抱えて突っ走ろうとすんなってこと」
「……悪い」
反論できず、ぽろりと謝罪の言葉が漏れた。全くもってその通りだったから。
次々と浴びせられた『歳上』からの言葉を黙って聞いて、素直に呑み込むしかなかった。こんな説得力しかない主張に、どうやって言い返せというのだろう。めんどくさそうにしているのに引き受けた役目と責任はきっちり果たす、誰よりも真面目なオレらの保護者に対して。
一人で抱え込んで、突っ走って……それからどうなるかなんて、これまでの経験で大方予想がついてしまうから、余計に。
「そもそもだ。多少脆いことは否定しないけど、お前らだってこれくらいのアクシデントなんて何度か経験してきたじゃん。そんなお前の実姉が、そう簡単にくたばるとでも思うわけ? もっとお前の相棒を信じてやりなっての」
「そう……だな」
「よし。理解したところで、これからどうするのさ」
「まず……傷を治す。今のままじゃ満足に動けない」
「ふーん、それで?」
「お前が捕まえられたっていう仲間の無事を確かめてから、ルージュを探して、」
「はい、ちがーう!」
「いてっ⁉︎」
ルージュを探すと口にした途端、またしても額を弾かれる。訳が分からず、オレはじんじんと痛む額を手で押さえつつオスクを睨み付けた。
今のどこが間違いだってんだ。それにこいつのデコピン、地味に効くし……オレだって一応怪我人なんだから手加減くらいしろよ……。
「不服そうな顔しやがって。ルージュを探すって、一体どこをさ。こんな未知の場所で手当たり次第に探すのか? 無謀なことこの上ないね。近くにいる確証も無いってのに。大体、さっき僕が周辺を探したって言ったじゃん」
「あ……」
「安心しなよ、打開策は考えてある。幸い治療役は傍にいたし。呼びにいってる間、お前は精々頭を冷やしてなよ、未熟者」
「くそっ……」
文句を言う気力すら湧いてこなかった。治療役……恐らくエメラを呼びに行ったであろうオスクを見送りつつ、オレはその場に横たわる。ロクに力が入らない今は、とりあえず言われた通り大人しくしているしかなかった。
「否定できねえってのがな……」
半人前、未熟者。それらの言葉を受け入れるしかなかった。この程度で動転していては、一人前と呼ばれるには程遠いのだと思い知らされて。
……見返せる時が来るんだろうか。ようやく熱が収まってきた頭でそんなことを考えつつ、オレは己の保護者が戻ってくるのを待った。




