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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第175話 温もりに触れて(5)

 

「ったくよぉ……寿命が縮むかと思ったぜ」


「うん、本当に……。ルージュさん、できるならあんな危険なことはもうしないでくれるかな。心臓に悪いよ」


「ご、ごめんなさい。反省してます……」


 そうしてイア達の元へと戻ってきた私は、当たり前だけどさっきの無鉄砲な行動について叱られてしまった。ただ2人も、あのままアンドロイドが壊れるのは嫌だと思っていたらしく、あまり強くは責められなかったけど。


「それで、さっき落っこちたアンドロイドは助かったんだよな?」


「うん。支柱の底に叩きつけられる前になんとか捕まえられたから。私達が付けた傷はあちこちにあるけど、五体満足だよ」


「そっか、良かった……。いくら敵とはいえ、僕達がバラバラにしてしまうのも後味悪いからね」


 私がアンドロイドの無事を報告すると、イアとドラクも安心したように息をついた。特にイアは自分の攻撃が今回の落下の発端であったために少なからず罪悪感があったらしく、報告を聞いてようやく緊張が解けた様子だった。


「……よく、わからないな」


「ん?」


 そんな時、今まで黙っていたイオが不意にそう漏らした。言葉通り、不思議そうに首を傾げながら。


「ルージュが助けたアンドロイドは、つい数分前まで敵だったんだよ? それも捕縛対象とは言っていたけど、あの行動からして状況次第では殺すことも止む無しというほどだったのに。どうしてそんな相手を助けられるのかな?」


「うーん……さっきのアンドロイドにも聞かれたけど、特に大した理由は無くて」


「後先考えずに行動していたということ?」


 その言葉に素直にうなずくと、イオはますますよくわからないとばかりに表情をしかめる。敵だった相手を理由も無しに助けたことが不思議でたまらない様子だ。


「下手をすれば、自分の身がかえって危険にさらされてもおかしくない状況だったのに。ルージュは何故すぐに飛び込めたのか、ボクにはよくわからないよ」


「そうだね……生き物って、たまに衝動というか、咄嗟とっさに身体が動いちゃうことがあるの」


 予想外とか、想定外という言葉があるように、たまに予期せぬ出来事があった時に、考えるより先に身体を動かしてしまうことがある。例えば命の危険が迫った場合、素早くそれから回避するためなど、状況を把握する前に身体を動かしてしまった方が都合の良い場合があるから。

 命令という指示を出されてから、行動するアンドロイドにはそれが理解し難いのだろう。反射的に身体を突き動かす『恐怖』という感情がない機械なら尚更。


「それにね。今みたいなこと、実は私もしてもらったことがあるの」


「ルージュ自身も?」


「うん。辛い出来事があって塞ぎ込んでた時期があって。いくら冷たくあしらっても、強く突き放しても、私のことを心から心配して追いかけてきてくれた相手がいてね。それがイア」


「ああ、懐かしいな。あの時はなんか見てられなくて考え無しに追いかけちまったけどよ、今じゃそれが正解だったってはっきり言えるぜ」


 あの時……私がまだ今の学校に転校して間もない頃のことを思い出して、イアと顔を見合わせて笑い合う。イアが追いかけてきてくれなかったら、きっと今も私は塞ぎ込んでいたことだろう。


「利益とか関係無しに、生き物には助けたい、役に立ちたいって気持ちに突き動かされる時があるんだと思う。どんなものだって、二つ以上あるから初めて意味を成すことが出来るから。一人だけじゃ生きていけないし。そんな支え合いがあって、今こうして私達はここにいる」


「支え合い、か」


「うん。それを私はイアに教えてもらったの。全ての生き物が優しいわけじゃないし、傷つけられることもあるけど、それを癒してくれる優しい心の持ち主がどこかにいることもイアが教えてくれた。私のことを心から心配してくれて、追いかけて手を取ってくれた。だから、そばにいたいって思うのかな」


「え。る、ルージュ、それってどういう」


「ん、私何か変なこと言った?」


「……や! なんでもねえよ。へへッ」


「ええっと……?」


 笑みを浮かべながら、嬉しそうに鼻の下をこするイア。私の今の台詞に、何かイアが喜ぶ部分があったのかな……?

 イオはそんな私達に、やはり不思議そうに首を傾げていたけど、しばらくしてまた明るい笑顔を見せた。


「そうか。全てを理解できたわけではないけど、優しさが今の生き物の在り方を形作ったのかもしれないね。一人一人は弱くても、助け合って、互いが支え合うことでやがて強靭な繋がりが生まれるのかな」


「うん。僕達はその繋がりを『絆』って呼んでるよ」


「絆……そうか、それが絆かぁ」


 新しく知識を得たイオはドラクの言葉を繰り返す。

 イオが学びたいことについて、私達の話が少しは役に立てていればいいのだけど。


「……よし、この階段の終着点まであと少しだ。もう一踏ん張り、頑張って」


「うん!」


 イオの言葉に大きくうなずき、私達はラストスパートと階段を駆け上がる。今まで登ってきた分と、戦いでの疲労が身体に溜まっていた筈だけど、これで最後と思うとこれまでの疲れも吹っ飛んだ気がした。

 背後から敵の気配も感じない。ならば今の内にとペースを上げてひたすら上を目指す。やがて……階段の先に、一つの扉が隔たっている光景が目に飛び込んできた。

 出口だ……! そう確信し、私達はその扉の前まで階段を一気に駆け上った。そして、先頭のイオがすぐさまその扉のドアノブに手をかけ、押し開けた先にあったのは……


「なっ……⁉︎」


 あまりのことに、私達は言葉を失う。

 扉の先に広がっていた光景、それは……何十というおびただしい数のアンドロイドが、私達に向かって武器を向けてきているというものだった。……これは考えるまでも無く、待ち伏せされていたということで。


「こ、これは……どういうこと?」


「そうか……ここはもうあの制御室で警備システムを解除できていない階層に入ってる。それ故に、ボク達の動きは敵に筒抜けだった。さっきのアンドロイド達はおとりで、ここでボク達を完全に始末しようという魂胆だったんだろう」


「そんな……!」


 イオの説明で、こんな状況に陥っている原因は理解した。でも、どうしたらいいのかはさっぱりだ。とりあえず武器は構えたものの……今、私達に立ちはだかっているアンドロイドの数は凄まじいもの。一、ニ体は倒せたとしても、どう考えても3人でさばける数ではない。

 迫りくる、数の暴力への恐怖。いくらぐるぐると思考を巡らせても突破口は見えてこない。こんなの、もうどうしようも……!





「どけえっ────!」


 ……そんな時、甲高い声がこの空間に響き渡った。それと同時に、強い力で吹っ飛ばされる数体のアンドロイド。私は咄嗟にその声が発された方向へと視線を向ける。


「あなた、は……」


 そこにいたのは────

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