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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第174話 マジェスティ・トラジェディ(2)

 

「あ、あなたは……」


「おや。君達は……機械の人形、ではないのか……?」


 私達が振り返った先────今、前を横切ったばかりの牢屋の奥に一人の男妖精が身体を抱え込むようにしてうずくまっていた。やつれて、コートのような服装もホコリで薄汚れてしまっているけれど、胸部が呼吸で浮き沈みしているのがその妖精が生き物であることを確かに証明していた。

 私達に向けてくる警戒の眼差し、牢屋に囚われていることから、このタワーの関係者ではないことはすぐ分かった。


「君達は……ここの職員ではなさそうだな。はは、生身の妖精と精霊を目にしたのはいつ以来だろうか」


「ええと、あなたは一体……? それに、どうして牢屋に」


「言わずとも分かるだろう? 捕まっているのさ。犯罪者として、ね」


 そう答えながら、男妖精は皮肉めいた笑みを返してくる。

 犯罪者と、その妖精は言ったけど……この数多くある牢屋に、唯一取り残されているように囚われている囚人というのは不自然にも思えてしまう。それに、とてもじゃないけど普通とは言い難いカルディアでの犯罪者なんて、訳有りなような気がしてならない。


「……どうやら君達はここの住人というわけでもないようだな。君達のような若者が、よくこの都市に来ようと思ったね」


「は、はい。やらなくちゃいけないことがあって。あなたはカルディアに住む妖精なんですか?」


「いいや、違うさ。アンブラ公国から遣いとして来たんだが、色々あって牢屋に放り込まれちゃってね。参ったよ……はは」


 アンブラ公国……カーミラさんの故郷だ。フェリアス王国の北に位置する、常夜に閉ざされた国。その遣いで来たということは、この男性はそれなりの立場にある妖精だったらしい。

 それと同時にこの男性が囚われていることに対して疑問を抱く。本当に男性が罪を犯すようなことをしたのか……そんな疑問を。国の遣いなら相手の信用にも関わることだからかなりの責任を負うだろうし、この男性だってそれは充分理解している筈。リスクが大きいことを承知で罪を犯すとはどうも考えにくい。もしかしたら何かの間違いか、でっち上げられた冤罪なんじゃ……。

 そんな考えが表情にも出ていたらしい。男性はうつむきながら経緯を話し始めてくれた。


「……私は上から命じられ、カルディアには交渉しに赴いていたんだ。ここの高度な技術力を伝授してもらうのと引き換えに、こちらは農業の知識と技術を教えるために」


「アンブラの農業の技術、ですか?」


「ああ。アンブラは常に夜に閉ざされているが故に、他国にはない独自の技を持っているからね。土壌の質が良くないカルディアでも、アンブラの技術ならば今の状況を好転させられるのではと、ここにとっても悪くない話だった。ここの指導者と何度か会談したが、これで住民に充分な農作物を行き渡らせられると、それはもう喜んでくれた」


「え、ここの指導者と会ったのか?」


「上の代理とはいえ、私は国の代表としてここに来ているからね、当然のことさ。君達も、指導者に会うために来たのか?」


「まあ……そうですね、はい」


「……そうか。ならば残念だね。もうその方とは会えない……いや、会えたとしても話し合うのも難しくなってしまった」


「えっ」


 男性がぽつりと漏らした言葉に、私達3人は言葉を失う。

 指導者にはもう会えない、会えても話が出来ないとは一体どういうことなんだろう?


「ここの指導者は聡明で、この都市のことを誰よりも考えられている方だった。しかしそれもかつてのこと……。あれから何日経ったかさえも把握できていないが、少し前に突然交渉決裂だと一方的に告げられ、理由を問おうとしたら都市存続を脅かす重罪人として逮捕され、このザマだ。私に限った話ではない。ここを訪れた来訪者を片っ端から捕らえているようだった」


「ど、どうして? それに、他に捕らえられた妖精達は何処に……?」


「……わからん。理由も、他の囚人の行方も。後者は減刑のため、ここで働かされていると噂で聞いたが……実際に見たわけではないのでな。あんなにも殺気立った眼差しを向けられた訳も、未だに知らない」


「……っ」


 はあ、と大きなため息をつきながら、疲れたような表情を浮かべる男性。訳もわからず逮捕されて、それからずっと獄中生活を送らされているのだから無理もない。

 問題があるとすればその指導者だけど……やはり最初に睨んでいた通り、『滅び』が絡んでいるかもしれない。直接確認できていないために確証はまだ無いけれど、話を聞いた限りではフェリアスでの……アルヴィスさんの身に起こったことと似ていた。急にヒトが変わったようになり、異常行動に走る。話を聞けたことで、それがここの指導者にも起こっているのかもという疑いがますます強まる。


「悪いことは言わない、早くここを立ち去るべきだ。君達がどうやってここまで辿り着けたは知らんが、ただ運が良かっただけだろう。捕まる前に逃げた方がいい。私にもこの都市に何が起きているのか分からないが、君達のような若者がどうこうできる問題ではないのは確かだ」


「……」


「話を聞いてくれて感謝するよ。少しばかり気が晴れた。さあ、見張りが来ていない今の内に」


「……ご忠告ありがとうございます。でも、私達は逃げない。ここで帰るわけにはいかないんです」


「……っ、ど、どうして?」


 私の返答に、男性はあからさまに戸惑う。

 それも当然の反応だと思う。男性はこれが簡単に片付く問題でないことを身をもって知っているからこそ忠告したというのに、それを気にすることなく私達は先に進もうとしているのだから。無茶だと、無鉄砲だと思われても仕方ない。でももう、私達はとっくに立ち向かう覚悟は決めている。それに、


「友達が待ってるんです。事情があって途中で離れ離れになってしまった友達が、私達がきっとそこまで辿り着いてくれると信じてこの先で待ってる。だから引き返すわけにはいきません」


「し、しかし……そうは言っても危険すぎる。第一、君達のような子供では機械人形に太刀打ちできる筈が」


「オレ達、何度かそいつら戦ったけどさ。楽勝とはいかなかったが、割となんとかなったぜ? こう見えて戦い慣れしてるし、多分大丈夫だって」


「それと、僕達がカルディアに来たのはフェリアスの精霊王、ベアトリクス様に依頼されてなんです。ベアトリクス様が僕達に期待くださっているので、尚更退けません」


「なんと……あのベアトリクス女王から」


 ドラクがベアトリクスさんの名前を出した途端、男性の目が驚きで見開かれる。アンブラがフェリアス王国の近くに位置することもあって、やはり名前は知っていたようだ。


「ボクもルージュ達の戦闘を間近で見させてもらったけど、他に比較対象もいないし、メモリーがふっとんじゃってるからデータと照合も出来ないけど、ボクが判断するに年齢以上の力を持っていることは確かだよ。キミの予想を上回る働きをする可能性は非常に高いと思う」


「そ、そうなのか? 一部、言葉が理解出来なかったが……」


「あ、この子アンドロイド……機械の人形なんです。でも、ここにいる個体とは違って何をするべきか自分で判断して、私達に力を貸してくれてるんです」


「機械だけど良いヤツだぜ! イオがいなかったらオレ達ここまで来れなかったし。こいつも大切な仲間だ」


「仲間、かぁ。改めて宣言されると喜びを感じるな」


 イアの言葉にイオが顔を綻ばせ、私とドラクもつられて笑みが溢れる。まだ何も解決していない状況下ではあるけど、イオとの結束力は確かなものなのだと再認識できたことが嬉しくて。

 男性はそんな私達を呆気に取られたように見つめて……やがてため息をつく。でもそれはさっきのような諦めからくるものではなく、感嘆から漏れた息だった。


「……君達の覚悟は本物のようだ。私の言葉は余計なお節介だったということか」


「い、いえ。心配してくださって嬉しいです!」


「君達なら変えられるのかもしれんな、この状況を。それを確認出来れば充分だ。長居は危険、早く先を急いだ方がいい。君達の友人もこの先で待っているのだろう?」


「は、はい!」


 男性の言う通りだ。同じ場所に留まっていると危険だからと武器保管庫を戦いが終わってからすぐに出てきたというのに、ここにずっと立ち止まっていたら意味がない。私達は男性に改めてお礼を言い、男性のことも牢屋から出してもらうよう交渉することを約束して、私達は改めてルーザ達がいるであろう上の階層を目指して走り出す。


「……頑張ってくれたまえ、勇気ある若者達」


 ……背後から男性の、ささやかなエールを送られながら。

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