第173話 光舞うバイオネッタ(1)
「うわぁ……」
カルロタワーの中に踏み入れた瞬間、目の前に広がる光景に圧倒される。
ようやく潜入したその内部は外観と同じく黒い金属で形作られていて、その壁のあちこちによくわからない機械が取り付けられているという、やはり私達には馴染みのない造りをしていた。
中でも目を引くのは、壁を沿うように張り巡らされている何本もの管のようなもの。冷たくて生気の一切も感じさせない内装とは対照的に、途中で枝分かれしつつ、重なり合って伸びていくそれはまるで血管のようで、その対比が余計に内部を気味悪いものにさせていた。
「なんつーか、生き物の内臓みたいで気持ち悪いな。金属だらけで暗がりなのも不気味だしよ」
「そうだね……。それに、静かすぎる。僕達の他に妖精がいるのかも怪しいくらいだ」
イアとドラクもこの内装を好ましく思っていない様子だ。
今のところ『滅び』らしき淀んだ空気も感じられないけど、こんなところにあまり長居はしたくない。まずは早いとこルーザ達と合流しなければ、と早速奥へ進もうとすると……
────ビーッ‼︎ ビーッ‼︎
「ひゃあっ⁉︎」
突如として辺りに鳴り響く、けたたましい音。予期していなかったことだけにびっくりして大きく肩が跳ねる。
やがてその音が鳴り止むと、それに続いてザザッ……という何か擦れたような音が聞こえてきた後に、誰かの声が響き渡った。
『緊急事態発生。緊急事態発生。カルロタワー内部に新たな複数の侵入者の反応を確認。戦闘員は直ちに侵入者の捕縛に向かってください』
「これって……!」
抑揚のない無機質な声で告げられた、侵入者の警告。考えるまでもなく、侵入者というのは私達のことだろう。もしかしなくても、これは……
「警報、だね。迫っている危険を感知して、知らせているんだよ。ボク達が中に入ったことが早速バレちゃったみたいだ」
「ちぇっ。いずれバレるとは思ってたけど、結構早かったな。それに入ったはいいけど、ここから先どうすんだ? ルーザ達を探すっていっても、どこに行けばいいかさっぱりだしよ」
「そ、そういえば……。ここの構造とかもよくわかってないし」
「うーん、そうだね。ボクが思うに、まずはここの見取り図的なものを手に入れることをお勧めするよ。次に、警備システムの制御室の占領。この警報を止めるのはもちろん、ここにはあちこちに監視カメラの存在が確認できる。これを何とかしない限り、ボク達の居場所はここの職員に筒抜けだ。仲間と合流するなら、まずはその二つの目標を達成するべきなんじゃないかな」
「そ、そっか。アドバイスありがとう、イオ」
「これくらいはお安い御用だよ。ルージュ達に協力すると決めたのはボクだから、助けになれたなら嬉しいよ。目指す場所はわからなくても、今はとにかくここから動くべきだ。同じ箇所に留まっていたら、捕まる確率を高めてしまうからね」
「そうだね、行こう!」
行き先がわからないにしても、捕まってしまえばカルディアの異常を調べることはもちろん、ルーザ達と合流も出来なくなってしまう。それだけは避けなければと、まずはここから離れることに。ドラクもランプを使って、何か情報が得られそうな場所を光で示してもらうことに。
武器の代わりになるものは用意しているけれど、あくまでそれは代用品、あまり無茶できたものじゃない。今の私達の装備で、捕まえようと迫ってきているらしい戦闘員に対抗するにはやはり不安の方が勝る。さっきの警備員は不意打ちだったからこそ鉄パイプでもなんとか突破できたけど、鉢合わせて戦いにでもなったら今度は無事でいられる保証は無い。
現段階では見つからないよう、こそこそ進んでいくしかないな……。
決意を固めて、ランプの光を頼りにカルロタワーの奥を目指して進行していく私達。戦闘員らしき足音が聞こえる度に物陰に身を隠して、その場をやり過ごす。途中で何度か見つかりそうになったけど、イオが上手く隠れられる場所へと誘導してくれて難を逃れた。
それを繰り返し、ゆっくりなペースではあるけれど確実に一歩一歩前に進んでいき……やがて開けた場所に出ることができた。
「ん? なんだ、ここ。カウンターがいっぱいあるぜ」
「見た感じ……何かの受付、かな」
「ドラク、正解だね。向こうの入り口らしい扉のサイズからして、こっちが正面玄関みたいだね。こっちが正規のルートってわけだ」
「じゃあ、ここなら案内図とか無いかな?」
職員用の、施設の見取り図でもあればいいのだけど。掲示板のように持ち運びが無理なものでも、メモに写すことさえ出来れば。迷ってる時間はない、追手が来てない今の内に探してしまおう。
戦闘員が来てないとはいえ、受付には受付嬢などの職員は元からここで待機している。ここでも見つからないように足音を忍ばせ、身体を縮こまらせながら4人で手分けしながら正面玄関を探索していく。
「ん、これは……?」
しばらくして入り口の扉近くで見つけたのは、来訪者用のパンフレットのようなもの。何か手がかりがあるかもと開いてみると……大雑把ではあるけど、カルロタワーの構造が図で描かれていた。
これだ、間違いない。私はそう確信して、3人に身振り手振りで発見したことを知らせ、安全そうな場所でパンフレットを改めて詳しく調べてみる。
「どうだ、イオ。これで間違いなさそうか?」
「……うん、ボク達が通って来た場所の構造も一致している。この案内図は充分に信用できるものだと思うよ」
「よ、良かったぁ。これで一歩前進だね!」
「ただ、これは来訪者用だ。これには職員専用の階層の内部の情報が一切載ってない」
「と、いうことは……」
「この案内図では不十分というわけだね。キミ達の仲間がいた、倉庫らしき場所のことも書かれてない」
「そっか……」
イオから告げられた言葉に、思わず肩を落とす。目的のカルロタワーの見取り図は手に入ったけど、これだけでは途中までしか構造を把握できないとのことだった。
でも進展があったのは確かだし、何もわからないよりはずっといい。そう気持ちを切り替えて、できる限り情報を仕入れようと舐めるようにパンフレットを見ていく。
次に目指すべき場所は警備システムの制御室だけど……
「……あ、ここ怪しいかも。この受付の丁度裏側。『関係者以外立ち入り禁止』って書いてある」
「結構なスペースあんな、そこ。でかでかと入るな、なんて書くってことはなんか大事なものでもあるんじゃねえか?」
「あり得るね。今いる階層で一番大きな部屋みたいだし。行ってみる価値はあるんじゃないかな」
ただ、問題なのはどうやって入るかということ。正規ルートとしては、受付カウンターの奥に見える扉だけど……カウンターには受付嬢がいるし、その周囲にも職員らしき妖精が歩き回っている。追手もいるし、それらの目を全て掻い潜って扉まで到達するのは至難のワザだ。
だから他に残された道といえば、裏手に回るくらいなのだけど。
「でも、この案内図に他に入れそうなところ書いてねえぞ?」
「それは……立ち入り禁止だから書いてないっていう可能性に賭けるしかない、かな」
「とりあえず裏に回ってみよう。そこと隣接している部屋とか、別に入れそうな場所があるかもしれない」
「……っ、そうだね」
ドラクの言う通り、カウンターの奥でなくとも入れそうな場所がある確率はゼロじゃない。私達は案内図を片手に、追手に見つからないようコソコソしながら正面玄関の裏側を目指して進んで行った。
「あっ。ちょっと、止まって!」
「ん、どうした? イオ」
その道中、そろそろ裏側に到着しそうになった時、不意にイオに呼び止められた。
何か見つけたんだろうか。そう思いながらイオに駆け寄ると、その近くの壁に何やら小さな檻のようなものがあった。
「イオ君、これは?」
「ダクトっていうんだ。換気や排煙のために、空気の通り道として設置されるものだよ」
「へえ、暖炉の煙突みたいなものかな。あ、空気の通り道ってことは……!」
「うん、ここを通って部屋に忍び込める。ダクトの位置からして、おそらく目的の部屋に通じてる。それに、ボクが見た感じではここは丁度監視カメラの死角だ。忍び込むにはもってこいだろうね」
「よっしゃ! そうと決まれば……!」
イオの話を聞いてイアは早速、檻に見えたダクトの蓋を外しにかかる。……が、ホコリが溜まっていたらしく、外した途端にそれらが舞って「ゲホッ!」と激しく咳き込んだ。
「あ、こういうところには大抵ホコリや塵が溜まりやすいから注意してね」
「それ先に言ってくれ……。ああ、でも確かにどこかに繋がってそうな感じするな。幅もそこそこあるし、ルージュも精霊の姿のままで大丈夫そうだぜ」
「よし、早いとこ進んじゃおう」
初めてのことに怖くもあるけど……ここにずっといてはいずれ追手に捕まってしまうし、迷ってる時間も惜しい。目的の部屋に通じてることを祈りながら、私達は勇気を出してダクトへと踏み入れてみる。
照明の光が届かないダクトの内部はやはり暗闇に閉ざされており、奥へ進めば進むほど視界が悪くなる。みんなを見失わないよう、手探りで何とか前へと進んでいき……やがて進む先に光が見えてくる。
出口だ……! それを確信し、一気に進むスピードを上げて私達はダクトから抜け出した。
「ここ、は」
辿り着いた先にあったのは、ボタンが沢山付いている台と、壁一面を埋め尽くす薄い板。それにはこのタワー内部のどこかと思わしき景色が映し出されていて……その板の正体を知らない私達でも、それがあの監視カメラとやらで映されているものだということが分かる。
そしてその声で私達の存在に気付いたらしい、元から部屋にいた二つの人影の首がぐるんと周り、視界に姿を捉えてきた。
「……侵入者ヲ、発見」
「【デリート】ヲ、開始シマス」
その2人は無機質な目で、抑揚のない声で呟きながら、カクカクとした動きで身構える。この生き物らしからぬ声と動き……この2人もアンドロイドなのだろう。同じアンドロイドのためか、顔立ちや出で立ちがイオとどこか似ていた。
恐らくこの2体に与えられている役割は、この部屋を使ってでの侵入者の監視と、部屋の番人をしているのだろう。
「通してもらうには……戦って勝つしかないね」
「その方が手っ取り早くて助かるぜ。ちゃんとした武器じゃねえけど、オレにはそっちの方が楽だしな」
「ごめんね。ボクは戦う術を持たないから、ここは後ろで待機しているしかなさそうだ」
「気にしないで。イオには他のことで助けてもらってるから。ここは私達で切り抜けてみせる」
そうして、私達もそれぞれ光の手槍と、鉄パイプを構える。対するアンドロイド達も、腕からビーム状の刃を出して臨戦態勢をとってきた。
ここで立ち止まっていられない……一刻も早く突破してしまおうと、私は手槍を持つ手を大きく振りかぶる────!




