第2話 出会い(2)
「なんだって? 森に変なやつがいた?」
その後、気になってイアの家である王都のスポーツジムまで来て相談してみた。
一人であれこれ悩んでしまうよりかは、友達に相談した方が良さそうだと思って。いきなり訪ねてきて突然話を持ち掛けてきたにもかかわらず、イアは嫌な顔一つせずに話を聞いてくれた。
「うん。そこで木苺を食べてたみたいでさ。怒鳴りつけられて慌てて逃げたから、どんな顔してたかは見てないんだけど」
「それはまた随分しつれーなヤツだな……。でもよ、あそこが迷いの森ってのは観光客だって知ってることだぜ? 普通に帰れたのも変だ」
「それが一番不思議なんだよね……」
イアと意見をしばらく言い合うものの、はっきりとした結論が出ない。それも当然かもしれないと思う。相手の顔を見ていない、話もしていないのなら、予想するだけしかすることがないのだから。
どうしてそこまでして、とは自分でも思う。確かに不審には思ったけど、たまたま自分の家の敷地内に迷い込んできてしまった人物を、こんな犯人探しするかのように躍起になって追いかけようとしているなんておかしなことだという自覚はある。だけど、何故か気になって仕方がない。理由は、自分でもよく分からないのだけれど。
イアはそんな私の顔を覗き込み……やがて「よしっ!」と急に決意したように大きな声を上げて、床を蹴って勢いよく立ち上がる。
「しゃあねえ、親父に言って出かけて来るぜ。怪しいやつを見つけたら知らせるよ」
「ごめん、イア。手伝い中に」
「いいって。どうせ今は客が少ないし、親父の仕事見んのも飽きてきてたしな」
「それって、結局手伝うのが面倒くさいってことだよね?」
「まあな」
「い、いいのかな、それ」
何処か開き直ったような返事をするイアに、私は思わず苦笑い。手伝ってくれるのは素直に嬉しいけど。
複雑な気持ちの私を他所に、イアはさっさと出かける用意を済ませてしまった。
「おーい、親父ー! ちょっと出かけて来るぜー!」
「おー、行ってらっしゃい」
イアの大声にイアのお父さんの呑気な返事が返ってきた。
────って、許可早っ!
「よっしゃ。行って来るぜ!」
「あっ、うん。遅くなったら明日でもいいから!」
「おう、任しとけ!」
そんな頼もしい言葉と共に、イアは早速捜索に行ってくれた。
イアがこうしてすぐ動いてくれたんだ、私も動かないわけにはいかない。私はイアが走っていった方向の反対側を探してみよう。
私も来た道を引き返してそれっぽい妖精を探してみる。もう一度森の中を見てみたり、その周りの公園や道を歩いてみたり……と、思い当たる場所をひたすら探し回った。
……だけど結局この日は見つからず、イアも連絡なしで終わった。
そして次の日、まだ私は昨日のことがあってもやもやしていた。
犯人探しなんてことじゃないけど、どうして迷いの森にいたのかわからないから、それが未だに頭に引っかかったまま。そのことについてずっと悩んでいるせいで、今朝から余所見ばかりで水が入ったコップを倒してしまったり、危うく鍵掛けの呪文をかける前に登校しそうになったりなど、小さなミスを繰り返していた。
いい加減に、気持ちを切り替えないとな……と反省しながら私のクラスの教室に入った。いつも通り、授業開始10分前。支度を済ませてしまおうと、私は机にカバンを下ろす。
「お、ルージュ……来たか」
支度をするべくカバンの中を弄っていると、先に登校していたイアがなんだか不安そうな表情をして私に話しかけてきた。
イアらしからぬ、元気のない表情。こんな顔、滅多にすることないのに。
「……? どうしたの、イア」
「ああ、そのな。昨日探してた怪しいやつっぽい妖精見つけたんだがよ、ちょっと問題があってな……」
「問題?」
「なになに? どうしたの?」
離れたところにいたエメラも興味本位で来た。
昨日、私はイアにしか相談していないからエメラは昨日森であったことは当然知らない。けど、気がかりなのも事実……人数が多いに越したことはないし、友達であるエメラにも話しておいて損はない。
そう思った私とイアは頷き合い、2人で昨日の事情をエメラにも説明する。
「迷いの森に妖精が? 確かに怪しいね……」
「ああ。オレはルージュから聞いただけだから詳しくは知らないけどよ、そいつがちょっとな……」
「なによ。もったいぶってないで話してよ、イア」
「エメラ、急かしちゃダメだって。事情があるみたいだし」
「いや、いいぜ。見つけたことは見つけたんだが……そいつ、何故だかルージュに似ててな」
「え?」
イアが突如そんなことを言いだし、私はぽかんとする。
何を言いだすかと思えば、全く予期していなかった言葉。私に似てるって……どういうことだろう。そんな妖精、近くじゃ見なかった。
「え、でもルージュにきょうだいって一人だけだよね?」
「うん、姉さんだけだよ」
エメラの言葉に私は頷く。
私には一人、姉がいる。屋敷で一人で過ごしている通り、今は事情があって離れて暮らしてるけど。
うん、一人だけだ。姉さんからもう一人いるなんてこと聞いたことないし。
「とにかく、見たところに放課後行こう。私も確かめたい」
私がそういうとイアはもちろん、というように力強くうなずいてくれた。
気にはなるけど……まずは授業が先だ。放課後になれば昨日森にいた相手もわかる、今は一旦そのことは忘れて、授業に集中しなければ。
今朝のミス続きのこともあって、私は気持ちを切り替えようと頰を叩く。確かめられる時が来るまで、私は目の前のことにしっかり意識を向けようと、しゃんと背筋を伸ばした。
……そして放課後。イアの案内で、私達はイアが昨日『そいつ』を見たというところに向かう。連れて来られた場所を見渡し、私は到着と同時に周りをキョロキョロと見渡した。
「……ここなの?」
そこは王都郊外にある公園。公園といっても遊具はないし、広場といったほうがいいかもしれない。何もないわけだから見晴らしはいいし、イアがその妖精を見つけられたのも自然と納得がいった。
見た所、郊外ということもあって、放課後の時間帯でもここに来ている妖精はまばらで、通り抜ける妖精はそこそこいるものの、ここに留まる妖精はそう多くはいない。まあ暇つぶしのために来る場所だから、当たり前の景色なのかもしれないけれど。
でも、それが逆に自信にもなる。人数が少なければ目的の相手も探しやすいのだから。
「ま、来るかわかんないが、とりあえず待ってみようぜ」
イアの言葉に頷き、私達は広場へ迷わず入っていった。
とりあえずはまた来ることを願うばかりだ。私達は公園に設置されている、噴水の淵に腰掛けてイアが見たという妖精が現れるのを待った。
────それから一時間待ったけど、一向に来なかった。
「うーん……」
「……来ないね」
私達はずっと待っているせいで、さっきから話すことも途切れて、ため息ばかりついていた。
そりゃあ、いつも来るって訳じゃないだろうし、仕方ないけれど。でも、ようやく足取りが掴めたかと思ったのにまた骨折り損になるのは落ち込む要因になってしまう。私の頭の中も、ようやく晴れかかってきていた頭のもやもやがまた膨らんでしまった。
ここに来てかなり時間を費やしたし……これ以上ここに居続けても進展はなさそうだ。もう今日は帰ろうかと、そう思い始めたその時。
「……ん?」
「あ……」
────突如、『そいつ』は現れた。




