第172話 意志を貫き(3)
イオと共に貧民街を抜けた私達は、カルロタワーの外周まで来ていた。
次なる目的地であるそこは遠目でもかなりの高さがあることはわかっていたけど、近くで見るとさらにすごかった。首を限界まで上げて、ようやくその天頂を視界に捉えられることが出来るというくらい。まるでこの都市全体を威圧するかのように天に向かってそそり立つそれは、煙に覆い尽くされた暗い空も相まって酷く不気味に思えた。
こんな、冷たく黒光りする場所が、本当に住民を先導する者が居座るところなのかな……?
「うへ、近くで見るとプレッシャー半端ねえな。このまま回れ右したいぜ」
「イア君、気持ちはわかるけどここに入るのはカルディアのことについて調べるのと一緒に、みんなと合流するためでもあるからさ」
「わーってるよ! ちょっと言ってみただけだって」
「それはそうと、どうやって入ろう?」
カルロタワーは恐ろしく高く、それでいて頑丈そうな塀で囲われていた。飛べば乗り越えられないことは無さそうなのだけど……ここはこの都市の中心部、そう簡単にはいかない筈。
「ボクが見た感じだと、この塀自体が警備装置だと思うよ。これを飛んで侵入しようものなら仕込まれている迎撃装置が働いて、即座に撃ち落とされるんじゃないかな。ついでに警報も鳴って、音を聞きつけて巡回している警備員が集まってきて、あっという間に一網打尽にされちゃうだろうね」
「まあ、そうなるよね……」
「ルージュの力でなんとかならねえか? 魔法打ち消す時みたいにブッツン、ってよ」
「どうだろ。機械には試したことないけど、あれって機械相手にも効くのかな」
「ルージュの力がどういうものかはわからないけど、警備装置が設置されているのは塀だけじゃないし、ここ以外の装置も制御室とかでまとめて管理されてると思う。外側からいじって切ろうものなら、侵入者がいるって宣言してるも同然だよ」
「うう、やっぱりそう甘くはないか……」
「強行突破は無理そうだね。かといって、ベアトリクスさんの名前を使って正面から入るっていうのも通用するか怪しいな……。そもそも僕達、ここに来る時に狙撃されてるわけだし」
「あはは、キミ達が貧民街に落ちてきたのは撃ち落とされたからなんだ! まさかもう撃墜済みだったなんてね」
「ああ、とんだ手厚い歓迎だったぜ」
その時のことを思い出したらしいイアが苦い顔をする。
確かに……ドラクが言ったように、どういうわけか私達は敵視されてる。受付でちゃんと許可証を発行してもらって、料金も支払って、ルール違反はしていない筈なのに。許可証を発行する時にもベアトリクスさんの名前を出して、それは上層部……つまりはこのカルロタワー内部にも伝わっているにもかかわらず、だ。
「とりあえず、出入りできそうな場所を探してみよう。まずは出入り口を見つけないとみんなと合流どころじゃないし」
「それしかねえか」
私の提案に3人も頷いてくれて、早速塀のどこかに出入り口がないか探してみることに。巡回している警備員に見つからないよう物陰に身を隠しながら塀の周囲をこっそりと探っていき、やがて目的のものは見つかった。
「おっ、扉があったぜ。職員専用ってあるし、ここなら入れるんじゃねえか?」
「うん。でも……」
私は扉のノブを掴んで押したり引いたりしてみたけれど開く気配はなく、伝わってくるのはガチャガチャという鍵がかかっている感触のみ。
当たり前だけど、防犯のために扉は施錠されている。だから開けるには鍵が必要なのだけど……何故かこの扉には鍵穴が見当たらなかった。その代わりにノブの横に深い溝がある小さな機械が取り付けられているけど、これは一体なんなのだろう?
「ああ、それはカードリーダーだね。この扉はカードキーで開閉が可能みたいだ」
「カードキー……ってなんだい?」
「文字通り、カード型の鍵だよ。薄くてかさばらないから、携帯しやすいメリットがあるんだ」
「ふーん、そんなものがあるんだな。けどよ、どのみち開けるためには鍵がいるってことだろ。鍵が道端に落ちてる、なんて都合のいいことあるわけねえし、どうするよ?」
「うーん……」
どうやってカードキーを手に入れられるか、その場で考え込んでみる。
この近くでカードキーを持っている可能性が高いのは警備員だけど、貸してほしいと頼んだところで捕まってしまうのがオチだ。カードキーに限らず、不審者に入られないよう鍵を譲るなんてことはまずしない。でも私達がルーザ達と合流するにはカルロタワーの中に入ることは必須だし、ここは……
「いっそ警備員から強奪する、とか?」
「ええ⁉︎」
「おお、これはまた大胆なアイデアだね! ルージュの思い切りの良さ、嫌いじゃないよ」
「いやいやいや、大胆にも程があるって! ここは止めるとこだろ!」
「おや、そうなのかい? でも、ボクは他に方法があるとは思えないんだけど、そこのところどうなのかな?」
「ぐっ……それは」
「た、確かに僕も他の手は思いついてないけど……そもそもどうやってカードキーを奪うつもりなんだい?」
「それは、まあ……ここを通りかかった警備員の注意をどうにかして逸らしてから、後頭部を鉄パイプで気絶させる程度に叩くとか」
「そりゃまたすげーこと考えたな……」
その作戦に戸惑っていたイアとドラクだったけど、中に入るにはいよいよそうするしかないと悟ったらしく、渋々といった様子で頷いた。そして私達は物陰に身を潜めて警備員が来るのを待った。
そして……その時は訪れる。
「あ、警備員が来たようだよ」
「よし、通り過ぎない内にさっさと済ませよう」
「ええ……ホントにやんのか?」
「それしかないんだもの。2人も構えて。私が手槍で注意を逸らすから」
「う、うん」
2人が鉄パイプを構えたところを見計らって、私も光の手槍を持つ手を大きく振りかぶる。そして警備員の視界に入るところを目掛けて……
「やあっ!」
「……っ!」
警備員の足元に手槍は着弾した。当然、警備員は突然の出来事に確認しようとその視線が下へと向く。
その隙にイアとドラクが身を潜めていた物陰から飛び出し、一気に警備員の背後へと迫る。手にした鉄パイプを振り上げて、その後頭部に向かって振り下ろし……!
「ぐっ⁉︎」
────ゴシャッ! と、鈍い音を響かせて、警備員は失神した。
「お、おい。軽く叩いたつもりだったのに、なんかすげぇ鳴っちゃいけないような音したけど、ホント大丈夫なのかよこれ……」
「あれ。この警備員、身体が冷たい。それに肌も硬いし……って、これアンドロイドだよ!」
「あ、こいつもそうなのか! 通りで固い音したわけだぜ。リアクションもやけに薄かったしよ。……って、それよりカードキー!」
しばし困惑していた2人だったけど、元々の目的を思い出したらしいイアが声を上げたことでドラクもハッとして、急いで警備員の懐を弄り始める。
この警備員がカードキーを持っていればいいのだけど……そう祈るように警備員の懐を探る2人を見守っていると、やがてドラクが「あっ!」と何か気付いたように声を上げながら、警備員が身に付けているジャケットの胸ポケットから薄い何かを引っ張り出した。
「あった! イオ君、これかい?」
「……うん、形状的には合ってるよ。それをカードリーダーの溝に通してみて」
「う、うん。ここに差し込んでから……下にスライドすればいいのかな」
イオに言われるまま、手に入れたカードキーをカードリーダーの溝に通すドラク。途端にカードリーダーの緑色の小さなランプが点灯し、それと同時にガチャッと何かが外れるような音が響く。そして、恐る恐るノブを掴んで押してみると……ギイ、と軋む音を立てながらゆっくりと開かれた。
それはつまり、さっきのカードキーで解錠できたということを指し示していた。
「ひ、開いた……!」
「上手くいくもんだな。殴った奴、アンドロイドじゃなかったら、オレ達今度こそ悪人としてしょっ引かれるとこだったかもしれねーけど。しかも提案したのがルージュだって知ったら、クリスタ様ショック受けんじゃねえか?」
「だ、だって他に手が無かったんだもの!」
「まあまあ、とにかくこれで一つ目のミッションコンプリートだ。他の警備員が来ない内に中に入ってしまおう」
「う、うん」
色々思うところはあるけど、とにかく道は開かれたんだ。イオの言う通りさっさと中に入ろうと、私達は先を急ぐことに。
こうして私達はいよいよカルロタワー内部へと潜入を果たした……




