第172話 意志を貫き(2)
「もしかして……ルーザ達がいる場所に水が無いせい、かな?」
「……あ、それはあり得るね。この水鏡だって元々はニニアンさんの持ち物なんだし」
「うん。大精霊が使うゲートの術と同じ理屈なら、その可能性は高いかも」
遠写の水鏡は、その名の通り水を媒体にすることで初めて使用できる。強い力を持つ大精霊も万能じゃない。大精霊御用達の転移術、ゲートの術だってオスクなら暗闇に閉ざされた場所でしか使えないなど、自分が司るものを媒介する必要がある。水鏡もルーザ達の姿は写せても声が届いてないのは、ルーザ達がいる場所に水鏡の媒体となる水が存在しないせいかもしれない。
今まで気付かなかったけど、今まで水鏡に写した相手がいた場所には何処かしら水が存在していたからこそ、会話も問題なく出来ていたのだと思う。以前、シノノメ公国の様子を水鏡で見た時には恐らく雲を利用していたのだろうけど。
「カルディアじゃ、空がこの状態だもんな」
「うん……」
上を見上げてみれば、そこには真っ黒な煙に包まれた空が目に飛び込んでくる。
カルロタワーの周囲に設置されている煙突から噴き出ている黒い煙はまるで蓋をするかのように空を覆い尽くし、隙間から本来の青は見えることなく、雲も煙に邪魔されて確認することは叶わない。これじゃあ、水鏡の媒体にもならないだろう。
声が届かないのは残念だけど、みんなの無事が確認出来ただけでも進歩はあった。問題はルーザ達の居場所だけど……水鏡に写っている景色からは頑丈そうな金属製の壁に囲まれて、大きな箱みたいなものが沢山あるのが確認出来る。貧民街ではないことは間違いないけど、一体どこにいるんだろう。
少し歩いただけだけど、貧民街は決して狭くはないことはすぐに分かった。こんな、しっかりした金属製の壁があるところはかなり限られると思うけど……。
「うーん、この大量のコンテナ……カルロタワーにある倉庫か何かかな」
「えっ。イオ、わかるの?」
「うん。カルロタワーには大量の資材が集められているから、こんな巨大なコンテナを多くしまっておける倉庫の一つや二つ、あるんじゃないかな」
「このでっけえ箱、コンテナっていうのか。でもよ、イオって貧民街から出たこと無いんだったよな? なんでそんなこと知ってるんだ?」
「あっ……うーん、なんでだろうね?」
「アンドロイドって、カルロタワーで造られているのかな。カルディアの中心部だし、イオ君もそこで造られた内の一体だとしてもおかしくないけど」
「そうなのかな。メモリーなんて壊れた時に全部消えたと思っていたけど、案外残っている部分があるのかもしれないね」
「どうなんだろうね……」
イオの出自も気にならなくはないけど……とにかく、イオのおかげでルーザ達がいるのはカルロタワー内部だと分かった。闇雲に私達を探すより、元々の目的地へ向かった方が合流出来る確率が高いと、オスクがそう判断したのかもしれない。あのオスクのことだ、私達が必ず水鏡を使うと当て込んで、こっちもカルロタワーに向かうと信じての判断なのだろう。
……ならば、私達がやることはただ一つ。
「行こう、カルロタワーへ。それが元々の目的なんだから」
「おう! ルーザ達がそこで待ってんなら、オレ達だって行くしかねえ。それに、カルディアが色々おかしい原因とか掴めるかもだしよ」
「僕も異論は無いよ、覚悟はできてる。イオ君はどうする? ここから先は多分、危険が伴うと思うけど……」
「同行することでルージュからの命令が果たせるなら、もちろん付いていくよ。でもその前に、疑問があるんだ。それをキミ達に問いたいけど、いいかな?」
「うん。構わないけど」
私が頷いて見せると、イオは笑顔を浮かべながら「ありがとう」とお礼を言った。そして一拍置いてから、その問いたい疑問を私達に投げかける。
「キミ達がカルディアについて、何か知りたいことがあってカルロタワーに向かおうとしていることは、さっきの会話から理解したよ。それでキミ達がカルロタワーに向かって、その知りたいことを解き明かすことでエマさん達の、貧民街の妖精の暮らしも良くなるのかな?」
「……それって」
「さっきのエマさんの反応……キミ達が渡したスープとパンを食べた時のあの表情、嬉しいという感情が全面に出ていた。ボクはまだ感情を全て理解できているわけじゃないけど、あの時のエマさん達は心から幸せそうで、ボクも胸が暖かくなった気がした。気のせい、という可能性も否定できないけど、あんな表情をもっと見たいと思ったんだ。それで、理解した。固形食を好むカルディアの食事情は異常というべきものなんだと。貧民街の住民の暮らしぶりは理不尽というべきものなんだと」
「うん……僕達も、カルディアの生活はおかしいと思ったんだ」
「そっか。なら、ボクの認識は異常ではないようだね。それを理解した上で改めて問うよ。キミ達がカルロタワーに行くことで、今の状況に変化をもたらすことが出来るのかな?」
「……正直、私達にもわからない」
少し迷ってから、素直にそう告げた。
カルロタワーにいるであろう指導者が、『滅び』に取り憑かれているかもしれないからと私達はここに来たけど……それはあくまで可能性に過ぎない。カルディアを取り巻く環境に異常を感じたところは多々あったけど、それが元々のものなら私達がカルロタワーに乗り込んだところで無駄足になることだろう。
「でも、無駄になるかもって怖がって、立ち止まっていたら結局何もできない。私達の行動で何か一つでも変わることがあるなら、ほんの一欠片でも変われるきっかけを作れるなら、私達はそれに向かって進むだけ。今までだってそうしてきたから」
────だから、私達は前に進む。それがどんな結果になろうとも。何もしないまま後悔するよりは、ずっと良いことだから。
これでイオが納得してくれたかはわからない。アンドロイドであるイオに、私達の行動理由を全て伝え切ることは難しいかもしれない。でも……イオはしばらくして「そうか」と深く頷いた。
「……OK、ルージュのおかげで少しは理解が深まったと思うよ。生き物は、少なくともルージュ達は、理想のためにひたすら努力を積み重ねていくんだね。それが生き物が生き物である理由……生きる理由なのかもしれないね」
「うん。そうなんじゃないかって思う」
「なら、やっぱりボクも同行させてもらうよ。カルディアの現在の環境、そのルーツを知りたい。そして、あわよくば貧民街の暮らしを改善できる方法を見出したいんだ」
「おっ、なら改めてよろしく、か?」
「そうだね。役に立てるよう最善を尽くすよ」
よろしくという代わりに、愛想の良い笑顔を見せるイオ。その笑顔はやはり少しぎこちないものではあったけど、心から嬉しいと言ってくれているのがすぐに分かるものだった。
これでやるべきことは決まった。もう十分だろう、と私はいつもオスクがそうしているように、銀の杯の縁をコツコツと叩いて水を波立たせて水鏡の呪文を解除し、水鏡とボトルの中に戻した水をカバンにしまって立ち上がる。
「そうと決まれば善は急げ、だね」
「おう。……っと、その前にドラク、これ持ってけ!」
「わっ、と! ……って、これは?」
イアが不意にドラクに投げて寄越したのは、道端に落ちていたらしい鉄パイプ。一体これをどうしろと? と、2人して首を傾げていたところに、イアがすかさず理由を説明する。
「武器の代わりに、って思ってさ。殴りつけるくらいしかできねえけど、無いよりマシだろ?」
「あ、そうだね。確かに丸腰のまま突入するのは不安があるし」
「えっと、私の分は?」
「いや、女子が鉄パイプ振り回すのは流石にどうかと思ってよ……。ルーザは御構い無しにぶん回しそうだけど」
「イア君、それルーザさんの前では言わないようにね……」
「う、うーん……じゃあこれで何とかする」
私はその場で『ルミナスレイ』を唱え、それを武器の代わりとして使うことに。剣には劣るけど、それなりの威力があることは先日の『虚無の世界』の件で実証済みだし、使い勝手もそこで覚えている。何もないよりはずっと安全だ。
これで準備も万端。ここに留まり続ける理由もない。なら進むしかないと、私達は顔を見合わせて頷き……互いの覚悟を再確認した。
「行こう……!」
真実を掴むために。仲間と合流するために。様々な目的を持って、イオという新たな協力者と共に私達は前へと突き進む。




