第171話 心は錆びることなく(1)
「どう? 貧民街を見た感想は」
「ええと……いろんな意味ですごい、かな」
「あはは。それは光栄だ」
私の皮肉めいたコメントでも、明るい笑みを返すイオ。
貧民街というからあまりいい環境ではないことは予想していたけど、目の前に広がる景色はそれを上回っていた。トタンで造られた家も、ヒビ割れた地面も、そしてさっき言われた通り思わず口を手で覆いたくなる煙たい空気も……ここの風景を形作るもの全てがみすぼらしいという他ないものばかりで。ここを行き交う妖精達の服装も、ツギハギだらけでボロボロだった。
あの中央市街とはまるで違う、富裕層から見捨てられた場所。恵まれた環境で育った私達が今まで触れたことのない世界。中央市街で散々高い技術を見せつけられていた分、余計にこの落差に驚きを隠せなかった。
「同じ都市なのが信じられないよ。ここだけ街から切り離されてしまったみたいだ……」
「ボクはここ以外の景色は知らないからどうとも言えないけど、ここにいるのは心が暖かい妖精ばかりだよ。同じ心を持つキミ達ならわかると思う」
「う、うん」
イオに連れられて、私達は貧民街を進んでいく。イオにはそう言われたものの、見知らぬ土地というのもあって無意識の内に強張り、足取りも自然と重くなってしまう。先に中央市街でカルディアの妖精の暮らしぶりを見ていただけに、余計に警戒してしまうのもあって。
とりあえず迷わないよう、先を歩いていくイオの背中を見失わない程度の距離を開けてその後ろを付いて行った。そうしてしばらく歩いていくと徐々に周囲にあるトタンの家が減っていき、少し開けた場所に出た。
「お? なんだ、ここ」
「たくさんの妖精が集まって、みんな地面に布を敷いて何か並べてるけど」
ドラクの言う通り、さっきまでのトタンの家が並んでいた住宅街とは違い、敷いた布の上に座り込んだ多くの妖精達が服や瓶などの物を並べ、道行く妖精に向かって呼び込むように声を張り上げてる。
見たところ、ミラーアイランドでもよく見る露天商のようだけど……。
「ここはこの貧民街一の盛り場だよ。貧民街で暮らしてる妖精のほとんどがここで商売して、生活している」
「へえ」
「でも、ここで商売することって本当は駄目らしいけどね」
「え。そ、そうなのかい? こんなに賑わっているのに」
「ボクもよく知らないけど、以前は合法で商売してたらしいんだ。でも最近になって権利が抹消されちゃったらしくてさ。それでも何か売ってお金を得ないと生活できないから、仕方なくこうして隠れながらやってるんだって」
「そんな……」
そんなのあんまりだ。ミラーアイランドだって、貧富の差は多少なりともある。誰もが平等になるのが一番なのだけど、現実はそう上手くはいかないのは私だってわかってる。
だけどこんな……あんなにすごい技術を持っているにもかかわらず、その恩恵を貧しい妖精には一切与えないどころか、商売すらも法で縛るなんて。
中央市街があれだけ発展していたというのに、貧民街だからってこんな見放すような扱いして……上は何しているんだろう。カルディアの住民じゃない私が文句を言ったところでどうにもならないのは分かっているけど、憤りを感じずにはいられなかった。
「とにかくさ、イオもここで商売してんのか?」
「それはNoだね。ボクはアンドロイドだから、生きるために食べていく必要もないしね。ボクがここでしてるのは、顔見知りの妖精の手伝いくらいだよ。力仕事をするのもいいけど、腕が外れちゃうからあまり無理は出来ないからさ。毎日日替わりで一つの家族を訪ねて、手伝いしにいく約束をしているんだ。キミ達も来る?」
「う、うん」
どうせ他に行く宛もない。私達は再びイオに連れられて、手伝いをする約束をしているという妖精の元へと向かった。
「エマさん、手伝いに来たよ!」
「おお。来たのかい、イオ。おや、後ろにいるのは……」
そうイオが親しげに話しかけたのは、痩せ細った中年くらいの女性妖精だった。その女性はここでは見かけない妖精と精霊である私達に訝しげな視線を向けてきたけど、やがて何かに気付いたように「あっ!」と声を上げる。
「あんた達、さっきイオが運び込んでた子達じゃないか! 目が覚めたのかい」
「は、はい。えっと、イオ。この方は……」
「ああ、今日手伝いする約束をしたエマさん。普段からボクに優しくしてくれる良い妖精だから、安心していいよ」
「お、おお、そうか」
「そう緊張しなくても大丈夫さ。まあ、あんた達は余所者みたいだから、仕方ないかもしれないけどね」
エマさんは私達に笑みを向けてくる。いかにも妖精が良さそうなその笑顔に、私達の警戒心も自然と緩む。イオの言っていた通り、優しそうな妖精だった。
「イオに怪我してたって聞いて心配してたんだよ。こんなところだからろくな歓迎もできないけど、せめて気を休めておくれ」
「は、はい。ありがとうございます。あ……あと、私達の他にも、他所から来たような妖精と精霊を見かけませんでしたか?」
「うーん、あんた達以外には見てないね。友達かい?」
「はい……はぐれてしまったみたいで」
ダメ元でエマさんにルーザ達のことを聞いてみたけど、やはり近くにはいないようだった。イオも見つけたのは私達3人だけと言っていたから、この貧民街に墜ちた可能性は低いとはわかっていても不安なことは変わらない。
ルーザ達……一体どこにいるんだろう。
「焦っても仕方ないよ。気がはやればはやるほど、通常時と比べて思考力が鈍って、正常な判断ができなくなると聞くよ」
「そう、だね。ここで焦ったところでどうにもならないもの」
「それじゃあ、そろそろ商売を始めるよ。イオは準備を手伝っておくれ」
「了解したよ、エマさん」
「あっ、オレ達にも何か手伝えることないっスか? 力仕事なら自信あるんで!」
「おや、いいのかい? けど、来たばかりのあんた達を手伝わせるのもねぇ」
「構わないです。イオには助けてもらった恩もあるし、そのお礼をする意味でもできることならなんでもしたいですから」
「それはありがたいね。それなら、ここにあるガラクタを片付けて店を出せるくらいのスペースを作ってくれるかい?」
「うっす、任せてください!」
イアは早速、指示通り道の隅に溜まっている木片や鉄屑などの廃材を片付け始め、私とドラクもそれに続く。
やがて程よいスペースができたところにイオが布を敷き、エマさんは持ってきていたらしい木箱を取り出した。そして2人はその木箱の中に入っていた服と、金属製のネックレスや指輪などの装飾品を布の上に綺麗に並べていく。
「これが、売り物ですか?」
「そうさ、あたしのとこでは服飾品を売っててね。もちろん、手作りさ」
「えっ、すごい!」
「とはいっても、服はうちの家族が着古したものをリフォームしたものだったり、集めた布切れを繋ぎ合わせたものばかりなんだけどね。アクセサリーも、原料はほとんどが廃材さ。こうして少しでも稼がなくちゃ暮らしていけないからね」
「そうなんですね……」
生活のために、売り物になりそうなものを掻き集めて、少しでも多く売ろうと必死になって頑張っている。それは周りも同じこと。ここで商売をしている妖精達はみんな、一人でも多くのお客さんに自分の商品を手に取ってもらおうと、枯れるんじゃないかと思うくらいに声を張り上げて呼び込みをしていた。
……私達が体験したことがないものばかりで溢れた、貧民街での暮らしぶり。私達の普段の生活がいかに恵まれているのか、ここに来てから痛感させられてばかりだ。でも、
「カルディアに来て、初めて活気がある光景が見られたかも」
「だなぁ。中央市街の、機械みたいな奴らとは大違いだぜ」
イアも同じことを思っていたようだ。動く道と階段に身を任せるばかりで、余所見を一切しないような生き方をしていた中央市街よりもこの貧民街の方が遥かに生き物らしくて、活気に満ち溢れていた。貧しくても商売に精を出して、会話を楽しんでいるここにいる妖精達の方が、中央市街よりも幸せそうに見える。
中央市街にいる妖精達はどうしてあんな風になってしまったのだろう。答えが返ってこないとは分かっていても、疑問に思わずにはいられなかった。
何はともあれ、エマさんも周りと同じように声を張り上げてしばらく呼び込みをしていたのだけど……買い物しに来てる妖精達はなかなかエマさんの店の前で立ち止まってくれない。店を出している場所が悪い、ということもあるのだろうけど。
「あの、もう少し目立つところに店を出した方がいいんじゃないですか?」
「あたしだってできることならそうしたいよ。けどここにいるみんな、生活がかかって少しでもいい場所を取ろうと必死だからね。あまりワガママを言えたものじゃないのさ」
「うう、そうですね……」
「けど、このまま売れないとこっちも死んじまうからね。だから……」
そう言って、不意に店の前に設置していた商品の値段が書いてある看板を手に取るエマさん。そしてそれをどういうわけなのか私の前に差し出してくる。
「あの、これは?」
「……あんた、なかなか綺麗な顔してるじゃないか」
「ふぇっ⁉︎」
「あんたみたいな可愛い子が呼び込みしてくれたら、お客も寄ってくると思うんだよ。そんなわけで、呼び込みよろしく頼んだよ!」
「えっ、そ、そんな! 無理ですよ! 呼び込みなんて私、やったことないですし……!」
「おや、さっきなんでもすると言ってたじゃないか」
「ぐっ……⁉︎」
痛いところを突かれ、言葉が詰まる。確かにできることならなんでもすると言ったけど、流石にこれは……。
助けを求めるようにイアとドラクに視線を向けるけど、2人とも自分だって出来ないと主張するかのように苦笑いしながら手をブンブンと振り、イオも笑顔で「ファイト!」と言わんばかりにサムズアップしていて、代わってくれる気はゼロだった。
「あたしを助けるためだと思ってさ、やってくれるかい? あんたの呼び込みで一人だけでも来てくれればありがたいからね」
「わ、わかりました……」
そう言われると断れない。エマさんも、生き延びるために必死なんだ。その手助けのために役に立てるならやるべきだろうと、エマさんさんから看板を受け取る。
……そう覚悟を決めた私は、初めての呼び込みに挑戦することとなった。




