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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第170話 アルジェントの失楽園(3)

 

「アンドロイド……?」


 イオから告げられた言葉を私は思わず繰り返す。アンドロイドとは一体何なのか、全く分からなかったために。


「うーん、そうだね。キミ達が知っていそうなもの……魔導人形に近いものだね。ただし、アンドロイドは魔力で動いてるわけじゃないけど」


「は? じゃあどうやって動いてんだよ」


「主に電力だね。電流がキミ達の血流みたく回路を通って流れることによって、組み込まれている装置を動かして稼働させている。バッテリー……原動力となるそれをある程度貯めておくことによって、術者が直接操る必要がある魔導人形より長時間かつ、遠距離でも行動出来るのが大きな違いかな」


「ええっと……?」


「まあ、やたら精巧に造られた機械仕掛けの人形と認識してくれればいいよ」


 私達に説明しながら、さっき外れた腕をぐるんと肩を回すことでまた外れたりしないか確認するイオ。その作業のついでに、なんでもない風に本人はそう告げたけど、にわかに信じられなかった。パッと見では妖精そのものなのに、イオが誰かの手によって造られた存在だということが。

 確かにさっきから妖精じゃないと言っていたり、私を運んでくれる時に命令が必要だったり、他にもそう思わせる言い回しがあったりしたけど。


「身体もほとんど金属なんだよ。目もカメラでさ、キミ達に比べると動きが不自然かもね」


「あ、本当だ。よく見ると動きがちょっとカクカクしてるような」


「って、ちょっと待って。イオから見て、私はどう写ってるの?」


「どうって、耳が垂れたウサギみたいな、いかにも妖精らしい姿に見えるけど」


「やっぱり!」


 その言葉でようやく納得がいった。

 私は今、ライヤの姿を写したことによって精霊の身体となっている。でも、それはあくまで見せかけ。実際に精霊の身体を得ているのでなく、ライヤの姿を私の身体に投影させているに過ぎない。だから一気に身長が伸びても服が破けるなんてこともないし、足元だってふらつかない。

 ただ、それも万能じゃない。イア達の目は騙せても、鏡などには元の妖精の姿が写ってしまう。肉眼を持たないイオもそれは同様らしい。通りで目の前で変身しても驚かれなかったわけだ。


「機械だから、感情表現はどうしても模倣するしかなくてさ。実際の生き物とは根本的に違うから、知らず知らずの内に失礼なことしたり、気味悪がらせたりしたかもしれない。ごめんね」


「そんなこと」


「いいや、さっきの反応で分かるよ。すごいと思っても心から褒められないし、役に立ちたいと思っても間違ったアプローチをしちゃって困惑させてさ。ボクの心は所詮作り物、ニセモノなんだ。キミ達みたいな、『生き物』とは根本から違う」


「……けどよ、イオが造られたものでも、助けたいって思ってくれたからオレ達はこうして助かってんだ。ニセモノもホンモノも関係ねえ、その想いは作り物なんかじゃねえよ」


 自らを悲観する言葉ばかり並べるイオに我慢ならなくなったのだろう、不意にイアが励ますように口を挟んだ。それは私もドラクも同じこと、イアがかけたそれに迷うことなく頷く。そんな私達に、イオは微笑んだ。


「怪我してるのになぁ。さっきからキミ達は痛い筈の自分の身体より、ボクに感謝と気遣いを向けるばかりだ。妖精は優しすぎるよ」


「うん。でも、妖精だって誰もが優しいわけじゃないよ。僕らも今まで大なり小なり嫌な経験はしてきたからさ」


「あはは。じゃあ、キミ達に会えたボクは幸運だね!」


 そう、明るく笑って見せるイオ。確かにその笑い方は何処かぎこちないというか、喜びを完全に表現し切れてない気がしなくもないものだった。でも、イオは嬉しいと思ってくれていることはちゃんと分かった。


 ……それとは別に、気になることが一つ。アンドロイドという存在を知ったおかげで、今まで疑問に思っていたことが確信へと塗り変わったものがある。

 カルディアの港で私達を出迎えた3人組と、許可証を発行するために訪れたカウンターにいた受付嬢。姿形は精霊や妖精のものでも、大精霊としての力がそれらが生き物ではないと確かに訴えていた人物達。あの四人も、もしかしたら。


「ねえ、イオ。カルディアって、アンドロイドは他にたくさんいるの?」


「いるだろうね。貧民街の外がどうなってるのかはよく知らないけど、カルディアじゃ事務作業とかはほぼアンドロイド任せって聞くよ」


「あっ! じゃあオレ達から武器取り上げた奴らとか、あの受付の奴も!」


「アンドロイドだったんだろうね……。確かに魔導人形みたいなものなら、あの無機質さも納得だよ」


 イアもドラクも同じことを考えていたようだ。思い返してみれば声にも抑揚が無く、表情も一切変えることなくなど、他にも生き物らしからぬ部分が所々あったように思える。あれも電気で動く機械ならば説明がつく。


「そう思うとイオってすげーな。違和感あるけど、あいつらより遥かに感情豊かじゃんか」


「だね。今知った僕が言うのも変だけど、アンドロイドとしては優秀な部類に入るんじゃないのかい? それなのにどうして貧民街に」


「あはは、褒めてくれるのは嬉しいけど、優秀はあり得ないよ。ボクはいらない個体だからね。なんてったって廃棄されてたんだもん」


「え。廃棄、って」


「文字通り、捨てられてたのさ。この貧民街に」


 あまりのことに、私達3人は言葉を失う。だってイオが貧民街にいた理由が、まさか捨てられていたからだったなんて。


「貧民街の隅っこに投棄させられてたんだってさ。ボクはその時のことは覚えてないんだけど、それはもう酷かったらしいよ。手足はもげてるし、配線はあちこちショートして火花飛び散ってるしで、キミ達でいう重体でさ。運良くここの住民に拾ってもらって、技術者に直してもらってなんとかまたこうして動けるようになったんだけど」


「あ、じゃあ腕が外れた時、『また』って言ったのは」


「うん。元の形らしい姿には戻せたけど、ここにある工具だけじゃ限界あったみたいでね。外れ癖が付いちゃって、気を抜くとたまにだけどああやってポロッといっちゃうんだよ。おまけに壊れた時、メモリーも飛んじゃってここに来るまでの記憶がゼロなんだ。イオって名前は、頭に刻まれてた『IO』って文字を、ここの子供がそう呼んだのが由来」


 そう説明しながら、イオは「ほら」と頭を下げて見せる。その言葉通り、イオの脳天には『IO』と書かれていた。これを記したのは、恐らくイオの製作者なんだろうけど……


「イオは自分の製作者に、親に会いたいとは思わないの?」


「そりゃあ、会いたくないと言えば嘘になるよ。捨てられてたのは悲しいけど、生み出してくれた恩はあるし。でもメモリーが消えちゃったせいで顔も覚えてないしで、特定以前に捜索も困難だからさ。もう、半分諦めちゃってるよ」


「そっか……」


「力になりてえけど、何にも知らねえオレ達にできることもゼロだよなぁ」


「出会ってまだ数分だっていうのに、キミ達は他人のことをまるで自分のことのように想ってくれるんだね」


「そうだね。全員が全員ってわけじゃないけど、僕達はそうやって生きてるんだ。互いが互いを支え合って、補い合って生活してる。親切がまた親切を呼んで、今まで生きてきた。結局のところ、一人じゃ何もできないからね」


「そっかあ、親切が親切を呼ぶ、か。また一つ妖精について学ばせてもらったよ」


 そう、笑顔でイオは告げながら、不意に何かを思い付いたように立ち上がる。


「いつまでもこうしていても仕方ないね。キミ達が他の仲間と合流するためにも、埃を拭き取った後にまずはこの貧民街を案内してあげるよ」


「おっ、そうだな。何にしても動かなきゃ始まらねえ」


「うん。みんなの安否も気になるし」


 全員で頷き合い、私達も立ち上がる。まずは行動してみないことには何も分からない。早く他のみんなと合流するためにも、怪我が治った以上出発しなくては。

 そうして私達は自分で持ってきていたハンカチと、イオが貸してくれたタオルで身体中にこびりついている埃を拭き取り、身なりを整える。準備が完了したことを見計らって、イオに今いる建物の出入り口まで連れて行ってくれた。


「じゃあ開けるよ。空気がちょっと悪いかもだから、そこだけ注意してね」


「わ、わかった」


「うん。では早速────」


 ギイ、と音を立てながら、イオの手によって押し上げられるトタンの扉。そこに広がっていた景色、それは……


「うわ……」


 ドラクが漏らしたため息は感嘆か、呆然か。でも、目の前に広がる景色に言葉を失ったのは私もイアも同じことで。



 トタンを重ね合わせて無理矢理家の形にした建物が立ち並び、土が剥き出しの道路は雑草の一本も生えておらず、ヒビ割れ放題で。彩るものといえば、奥にあるカルロタワーから降り注ぐ、照明の光のみ。

 中央から追いやられたそこにあったのは……錆びた金属に囲まれた、銀色の失楽園(ディストピア)だった。

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