第169話 Mechanical Dystopia(2)
それから私達はルーザとオスクに道案内してもらい、許可証を発行してもらえるという窓口までやって来た。まだ不慣れな動く道から慎重に降りて、辺りをキョロキョロと見渡す。
「ここが、そうなの?」
「ああ。聞いた話によればそこの受付で申し込むんだとさ」
ルーザが指差した先、そこには言葉通り受付らしきカウンターが設置され、受付嬢らしい一人の女妖精が立っていた。
でも、ここにあるのはそれだけ。受付のカウンターは小屋の中にあるのではなく、外に剥き出しで屋根もない雨晒し状態。岸壁の端にカウンターの台が無造作に放り出されたようにも見えて、酷く質素で寂れた場所だった。
ここに向かう途中で小島までいくための船の乗り場も見かけたのだけど、そことは大違いだ。一人につき七桁というとてつもなく高額な料金を請求されるためか、そこは見るからに質の良さそうな石レンガで舗装された、お金をかけていることがすぐに分かる綺麗な場所だったというのに。露骨にも思えるこの差は、ここがまるで船の料金を払えない利用者のため嫌々ながらも仕方なく設けられたような気がしてならない。
「うへぇ、ここ大丈夫なのか? 手抜き感半端ないぜ」
「うん……道も舗装すらされてないじゃん。中央市街の景色が凄かった分、余計に廃れてるように見えちゃう」
「文句あるなら大人しく払えばいいじゃん、4000万」
「だから払えないってさっきも言ったでしょ……。いい加減お金のこと覚えてよ、オスク」
まだ私の気持ちを理解してくれてないオスクに頭を抱えつつも、とりあえず手続きを済ませてしまおうと受付のカウンターに近づく。途端に、受付嬢の視線が私達の方へと向いた。
……何の感情も篭っていない、無機質な瞳。笑顔を浮かべるどころか、顔をピクリとも動かさない。それに、この妖精も命の気配が感じられない……もしかしたら、街に入る前に私達を出迎えたあの3人組と同じなのかも。
「……いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」
「あ、えと、小島に行く許可証を発行してもらいたいんです。ここにいる8人分」
「……失礼ながら、どのような用事で向かわれるのですか?」
「フェリアス国王、ベアトリクスサマからの命でね。友好深めんのと、現地視察の一環で。国王陛下のためにも行けるとこは全部見て回りたいからさ」
「成る程、そうでございましたか。皆様の話は伺っております。少々お待ち下さいませ」
突然の質問だったけど、オスクがタイミング良くそれらしい理由を並べて説明してくれたおかげで怪しまれずに済んだ。それを聞いた受付嬢は納得したように、だけど表情は一切変えないまま、目の前にある本を横向きにしたようなボタンがいっぱい付いている機械をカチカチと素早く操作していく。
その機械が何なのか知らない私達は受付嬢が今何をしているのか分からず、その動作を首を傾げつつ黙って見ているばかり。これで無事に手続きが済むのかな、と思っていたところで、やがて受付嬢は機械を操作していた手を止めた。
「お待たせ致しました。上より許可が下りましたので、許可証を発行することが可能となりました。手数料として4万ゴールドを頂戴することになりますが、よろしいですか?」
「は、はい」
「あっ、わたしも払うよ! 自分の分くらいは出せるし」
「そうね。ルージュばっかりに負担させるわけにはいかないもの」
「あ、ありがとう!」
とりあえず許可証はもらえる資格を得たようだ。支払いもみんなも出せる範囲でお金を出してくれたおかげで、帰った後の食費を削ることにならずに済むくらいにはお金が手元に残ってくれてほっと一安心。
「……はい。4万ゴールド、確かに頂戴致しました。これより先に進んでいただいて構いませんが、海上は我ら管理者の管轄外であります故、身の安全は保証しかねます。ご了承くださいませ」
「は、はい」
やはり船に比べて断然金額が低いために、提供されるサービスも最低限どころか無に等しかった。ベアトリクスさんの後ろ盾がある私達でも、ここから先は怪我しても全て自己責任で片付けられるらしい。ご了承くださいとは言ってるけど、それはもうここで注意したのだから、後はどうなろうが知らん顔すると言われてるようなものだ。
でも、元々自分達の力だけでなんとかするつもりでここに来てるんだ。今更甘えてなんていられない。
手続きが済んだのなら、いつまでもここに居座ってるわけにはいかない。早いとこ小島に向かおうと、私達はここを後にすることに。先に進めることに安堵していた私達は警戒心が緩んでいた。
……だから気付けなかった。受付嬢が小さな機械で誰かと話していることに。
「許可は下りましたが、こらから先は自力で進むしかないんですよね。ちょっと不安です……」
「面と向かってオレらがどうなろうが知ったことじゃないって言われたようなもんだからな。名目上は王の遣いだってのに、扱いが雑すぎやしねえか? オレらが何したってんだ」
「さあね。僕としてはぞんざいに扱われんのは慣れてるけど。そんなに不安なら、お前らが手懐けてる獣にでも協力してもらったらいいじゃん」
「あっ、うん!」
オスクのその言葉で、私達には心強い味方がまだいることを思い出す。
そうだ、フレアやオーブランの力を借りるのもアリなんだ。受付嬢には小島に行く方法を特に指定されてはいないし、ルール違反ではない筈。
フレアやオーブランの飛行速度は私達を軽く上回る。さっさと小島に着いてしまいたい気持ちもあるし、2体に協力してもらうのがいいだろう。同じことを考えたらしいルーザと頷き合い、それぞれが持っていたオーブで2体をこの場に呼び出した。
「4人ずつに分かれて乗る、でいいよな?」
「うん、人数を少なくした方が体勢も安定させやすいだろうし」
みんなも反対意見は無いようだ。そうと決まれば早速行こうと、4人ずつ二手に分かれて2体の背に跨る。振り落とされることが無いようふらつかない姿勢を取ってから、フレアの首にそっと触れる。
「フレア、お願い!」
「グラァッ!」
フレアは私の合図に頷くような動作をして見せた後、その立派な翼を広げて一気に舞い上がる。オーブランも同様に、ルーザの合図に合わせて上昇する。そして私とルーザの指示に合わせ、2体一緒に向こう岸である小島を目指して真っ直ぐ飛んでいった。




