第169話 Mechanical Dystopia(1)
「あ、みんな!」
「ん、ルージュも戻ったか」
イアと一緒に集合場所へと戻ってくると、そこにはもうすでに私達以外の全員が集まっていた。みんなの元にたどり着いてすぐ、早速集めてきた情報を交換しようと私達は話し合いを始めた。
「それで、何か有益な情報は掴めたか?」
「あ、えっと。それらしい情報は聞けたんだけど、それとは別にちょっと気になることがあって……」
「また何かおかしなことでもあった?」
「ああ……やっぱちょっと変だぜ、ここ」
そうして、私はイアと協力して水どころかほぼ全ての食べ物がミラーアイランドなどと比べて10倍の値段で売られていること、料理は時間の無駄だからと食事は固形食とやらで済ませていることをみんなに説明した。
私達は今まで行った国でも文化の違いを目の当たりにしてきたけど、それでもカルディアの食事情は異常というべきものだ。みんなも、当然ながらそんなカルディアの食事に唖然とする。
「おいおい……水のあの値段からしておかしいとは思ってたが、そこまで深刻だったのかよ」
「本当……食べることって生きる上で一番大事なことでしょ。それを時間の無駄って、そんなの変よ。いくらなんでも効率良く、っていうことに偏りすぎだわ」
「うん。お菓子ならまだ仕方ないとは思うけど、そこまでいくと普通じゃないよ。誰か一人でも変だって言わないのかな?」
「さてね。でも栄養さえ摂れれば満足なんて、それ以前は余程貧相なモンでも食ってたのかなぁ?」
「どうなんだろう、そこまでは聞けなかったけど」
確かにオスクの言う通り、街が発展する以前の食事が貧しいものだったなら、固形食とやらで必要な栄養を摂取出来る今の方がまだ贅沢だと思うのかもしれない。でも、もしそうだとしても、料理が時間の無駄と言うほどまで認識がねじ曲がってしまうものなのかな……。
「……まあとにかく、そういう訳だからここじゃ食料調達は無理だと思って、私が預かってるみんなの分の食料をあらかじめ配っておこうってイアと相談してたの。忘れない内にみんなに渡しておくね」
「ああ、わかった」
「あっ、そだ。わたし、お菓子もいくつか持ってきてるから、みんなに分けたげる!」
「う、うん。ありがとう」
そういうことなら、とみんなもすぐに納得してくれた。私がみんなにパンとスープが入った水筒を配るのと一緒に、エメラからもチョコレートやクッキーなどのお菓子もいくつか貰った。
糖分は必要な栄養分というわけではないけれど、リラックスするのに丁度いいかも。備えあれば憂いなし、有り難く頂戴しておこう。
「それで、肝心のそれらしい情報ってのは?」
「うん。今、この暮らしがあるのは『ギデオン』って名前の人物のおかげだって話を聞いた。敬称を付けて呼ばれてたからそれなりの地位なんだとは思う」
「あ、その名前はあたし達も聞いたわ。今のカルディアの街があるのはそのヒトの指導があってこそだって、あちこちで自慢してた」
「まるで自分のことみたいに言っててさ。ここの住民達も、この技術力を誇りに思っているみたいなんだ」
私の報告に続いて、カーミラさんとドラクも聞き込みの結果を伝える。
成る程、私とイアは『ギデオン』という名前しか聞けなかったけれど、どうやらその人物が今のカルディアを築いた功労者のようだ。ギデオンが『滅び』に侵されていると疑っている指導者なのかはまだ判断しかねるけど、それだけ有名な人物ならばカルディアで重要な立ち位置にいるのはまず間違いない。
「ふーん。そのギデオンとやらが目的の指導者かどうかはともかく、調べてみる価値はあるんじゃないの?」
「うん。あ、でも居場所までは聞き出せてないや……」
「盗み聞きしてんのがバレそうになって逃げてきちまったからな、オレ達」
「どうせイアが大声出して不審に思われたんだろ」
「決めつけんなよ! その通りだけどさ!」
「図星かよ」
「あ、居場所なら僕らがそれらしき場所を聞き出せましたよ」
「おっ! フリード、それマジか⁉︎」
ルーザに責められそうになったところを、タイミング良く助け舟を出すかのように発せられたフリードの言葉に、イアは今にも飛びつきそうな勢いでずいと迫る。フリードはそんなイアにたじろぎながらも、はっきりと頷いた。
「は、はい。ここからさらに北に行ったところにこの中央市街がある島とは別に小島があって、そこがセントラルエリアと呼ばれるカルディアの中心部らしいんです」
「あ、ここが中心部じゃなかったんだ」
「へえ、そこが本来僕らが目指すべき場所ってわけ。この中央市街がてっきり中心部だと思ったけど……そんな紛らわしいネーミング、わざとらしいったらありゃしない」
「まさか、この中央市街はそのセントラルエリアのカモフラージュだった……なんてことはねえよな?」
「さあね、僕が知るわけないじゃん。それで、それらしき居場所ってのは具体的にどこなのさ」
「えっとね。そのど真ん中にあるカルロタワーってとこにいるんだって。あっ、ほらあそこ、向こうの一番高い建物」
エメラに言われるままにその指差す先に目をやると、周囲の建物の隙間から確かに一際高い塔のような建物が見える。その塔を中心にいくつもの光の環が塔を守るかのように囲い、その荘厳な佇まいは他の建物とは明らかに格が違った。街全体を威圧しているかのようで、街のリーダーが居座るに相応しい建物だ。
向かうべき場所はわかったし、見失いそうにない目立つ造りのために迷う心配はないけど……問題はあそこまでどうやって行くか、だ。
「フリード、今いるこの島とは別の小島にあのカルロタワーがあるって言ってたよね? その小島に渡るための移動手段とかはわかってる?」
「あ、いえ、そこまでは聞いてないです。でも確かに、小島ってことは徒歩では無理ですよね……」
「あ、あー……まさかアレ、ここで必要になるのか?」
「多分そのまさか。流し見してきたものがここで役立つとはね。見て回ってくるものじゃん」
「いや……アレは使えたものじゃねえだろ」
「ん、何か方法が?」
「あるにはあるって感じだ。だが内容がな……」
なんて、いつも思ったことをすぐに口に出してしまうルーザが珍しく言い淀んでる。知っているなら教えてくれればいいのに、と首を傾げていると、ルーザはため息をつきながら渋々といった様子で事情を説明する。
「オスクと情報収集に出向いた先で、たまたまその小島に向かうための船の乗り場を見つけてな。ただその金額が……な」
「いやあ、すごいの何の。その船の料金、ゼロがいくつあったと思う?」
「え?」
「六つだ、六つ。さあ数えろ」
オスクにそう促され、反射的に数え始める私達。えと、ゼロが六つだから、一、十、百、千……
「100万⁉︎」
「そ。それで先頭には5があってさ、つまり一人500万。出せる?」
「薬代すら出し渋ったのになんで出せると思ったの⁉︎」
「まあ、そうなるよな……。見た時はどうせ使わないだろうからオレらには関係ない、ってタカ括ってたんだがな」
オスクが呑気にのたまう横で、ルーザは気まずそうに頭をかく。
私達と出会うまで物を売り買いすることを知らなかったオスクが金銭感覚に疎いことは分かってるけど、これほどまでにいい加減お金の価値を理解して欲しいと思ったことはない。不平不満を吐き出したところで今の私の気持ちをそんなオスクが分かってくれる筈もなく、やり場のない怒りに頭を抱えて抑えることしか出来ない。
……一人500万なのだから、全員分の料金は4000万ゴールド……駄目だ、とても払える金額じゃない。この冗談みたいな金額も、もしかしたら指導者が自分の元に一般市民を近づけさせないためなんじゃ……と色々勘ぐってしまう。
「一応、打開策はある。船の代わりに、自力でその小島まで飛んでいくのも許されてるらしい。ただし、こっちもその許可証を発行するのに5000ゴールドは取られるっぽくてな」
「あ、良かった。完全に立ち往生になったわけじゃないのね」
「でも5000ゴールドかよ……。小遣いが吹っ飛ぶぜ」
「全員分で4万ゴールドか。えっと……」
イアが愚痴をこぼす横で、私は財布の中身を確認。
……うん、それなら払える。ギリギリ払える。払えるけど、
「帰ったら二週間くらいは食費節約しなきゃ……」
「一国の王女とは思えない発言内容だな、おい」
ルーザに突っ込みを入れられながら、私達は小島に行く許可証を貰いに歩き始めた。




