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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第14章 マリオネットは糸切れてーMechanical Dystopiaー
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第168話 虚飾に塗れ(2)

 

 ドラクから告げられた衝撃の事実に私達は驚きを隠せずその場で硬直する。何かと世間に疎いオスクでさえも、その異常さに目を見開いていた。

 だって、ボトル一本の水なんてミラーアイランドやシャドーラルでは精々100ゴールド。それがカルディアでは3000……国ごとに物価が変わることだって多少覚悟はしてたけど、相場が30倍だなんてどう考えてもおかしい。


「え、それドラクの見間違いなんじゃねえの?」


「そう思いたかったけど、何度見てもゼロが3つあるんだよ……」


「わ、ホントだ。『3000ゴールド』って書いてある……」


 嘘だと思いたかったけど、現実は非情なもの。ドラクが指差した先にある店の棚に置かれたボトルの値札には、確かに『3000ゴールド』の文字が。

 それだけならまだしも、その店の前を通っていく妖精達はその値段を見ていても平然としているのが驚きだ。つまり、この値段を異常だと思っているのは私達だけ……。


「おいおい。物価が高いとかそんなレベルじゃねえぞ、これ。明らかにぼったくりじゃねえか」


「う、海があんな状態なんだし、きっとそのせいで綺麗な飲み水が貴重になってるのよ! ……多分」


「そうだとしても、ここの住人が普通の生活を送れているのかが心配ですが……」


「赤の他人の生活の心配してる暇なんて無いっしょ。とにかくここらで情報収集はやっておくべきだと思うけどね。僕らは未だに一番の目的の『滅び』に侵されてるらしい指導者の名前すら知らない」


「う、うん」


 物価の高さの原因を知りたくもあるけど、私達がカルディアに来たのはここの指導者が『滅び』に侵されてないかを確かめるのと、ここで足取りを消してるらしい他国の遣いの行方を探すため。オスクの言う通り、指導者の居場所以前に名前も知らない私達が調査するなんてまず不可能だ。

 中央市街までは乗り込めたのだから、早いとこ目的を果たして、無事帰ってベアトリクスさんに報告するためにもさっさと情報収集を済ませるべきだ。効率良く情報を集めるなら、8人全員一緒に動くよりは手分けした方がいいけど……


「手分けするのは賛成だけど、丸腰はやっぱり不安だからここは男手が欲しいところね」


「うんうん。一人より2人の方が心強いもん」


「ですね。見知らぬ土地で一人行動するのは危険ですし……丁度男女4人ずついますから、男女でペアになるのがいいんじゃないでしょうか?」


 フリードの提案に、私達は迷うことなく賛成した。単独行動よりかは2人一緒の方が心にも余裕を持てる。それに、2人で意見交換しながら聞き込みをした方が、情報も手早く集めやすい。

 そして相談の結果、私はイアと一緒に行動することになった。


「じゃあ、ある程度情報を集められたら、またここに集合でいいかな?」


「うん、それでオッケーだよ」


「鎌は無いが、両手、両足、頭って立派な武器は残ってるし、いざって時はそれで乗り切ればいいだろ」


「頭って……頭突きでもするつもりなのかしら?」


「うへ、流石女を捨てただけはあるぜ……」


「今ここでお前の身体を練習台にしてやってもいいんだぜ? イア」


「スミマセンデシタ」


「もう……くだらないことやってないでさっさと済ませるよ」


「お、おう」


 全く一言余計なんだから……と思いつつ、ルーザとケンカしそうになったイアの腕を引いて、強制的にその場から移動させる。

 私達が聞き込みの場所として選んだのは、さっきの高額な水が売られていた店だ。


「ん、なんか買い物したいのか?」


「まさか。水であれじゃあ、多分他の商品だって同じくらい高そうだし。でも、ここなら買い物客が集まるから会話してるところに聞き耳立てられないかな、って思って。こっちから話しかけにいくのはなんかその……難しそうで」


「ああ……そうだな」


 店の周囲にもある動く道に乗る住民を見渡し、イアも渋い顔をする。

 ……やっぱり、機械みたいだった。動く道と階段に乗り、みんな忙しそうにせかせかと目的地を目指して進むのみ。よそ見は一切せず、寄り道することもなく。便利な設備によって無駄を徹底的に省いて、効率ばかりを重視している。私達が声をかける余裕すら与えてくれなかった。


「……こんなんで楽しいのか? オレは嫌だぜ、こんな生活」


「住民がこれで満足してるなら口は出せないけど。とりあえず、店の中回ってみようよ。ここなら立ち止まってる妖精もちらほらいるし」


「おう」


 イアと頷き合い、店内を見て回りながら情報を得られるチャンスを伺うことに。早く有益な情報が掴みたいのが本音だけど、現実は厳しいもの。多少時間がかかることも覚悟して、私達は早速行動を開始する。

 そうして、情報収集ついでに商品を色々物色してみたのだけど……


「……予想はしてたけど、やっぱ高すぎだろ、これ。パン一個が2000ゴールドって」


「野菜も1000ゴールド前後がほとんどみたい」


 なんて、とんでもない値段が付けられている数々の食品を前にして、私もイアも呆然とそれを眺めるばかりだった。この店に並べられている商品のほとんどが四桁の値段で売られている。三桁の値段のものなんて、隅に押しのけられているように置かれた白いキャンディーくらい。それでも一粒500ゴールドではあるけれど……。

 でも、よく考えてみれば当然かも。野菜が成長するために水は欠かせないし、パンの原料である麦だってそれは同じこと。水が高額なら、それを必要とする商品の値段が高騰こうとうしてもおかしくない。

 けど、こんな高い値段で住民は満足な暮らしを送れているのか疑問だ。もしくはこの値段でも平気なくらい稼げているのか……。


「用心して食べ物もいくつか持ってきたけどよ、あれ正解だったかもな。これじゃカルディアで食料調達とか無理じゃねえか」


「だね……。あとで私のカバンに入ってる食料、みんなに配っておくよ。私一人で預かっておくより、手元にある方が良さそう」


「おう、頼むわ」


 そうイアと約束していた、その時だった。


「おや、食品を買うとは珍しい。お料理ですかな?」


「ええ、たまにこういったものもいいかと思いまして」


「……っ!」


 近くにいた中年と思われる男と女妖精の、そんな会話が耳に入ってきた。

 私達が欲する情報を得られるとは限らないけど、カルディアの住民の話が聞けるチャンス。私はイアとうなずき合い、一つ商品棚を挟んだ場所で買い物をするふりをしながら2人組の会話に聞き耳を立てる。


「お言葉ですが、このようなものをわざわざ買う必要などないと思いますがね。野菜を多く買い込み、切り刻み、火を通してと作業工程が多く時間の無駄ではありませんか」


「そうですねぇ。必要な栄養分は固形食で取れますし」


「……なぁ、固形食ってなんだ?」


「さあ……? そのまま解釈するなら、固めた食べ物? 全く想像がつかないけど……」


 会話を聞きながら、私とイアはひそひそと小声で相談し合っていた。

 固形食という単語も気にはなるけれど、今の会話からだと住民の食への意識も私達と大分異なるようだ。シノノメ公国の時のように作り方が違うとかそんな小さな違いではなく、時間の無駄と言い切るくらいに。この会話だけではカルディアでは普段どんな風に食事を取っているのかまだ分からないけど、料理に関してあまりいい感情は向けてないようだ。


「やはり料理などするべきじゃないでしょうか。こんなものに時間を割くくらいなら仕事に精を出してさらに稼ぐべきですかねぇ」


「それがいいでしょう。料理など物好きがするもの。他国では無駄に飾り立てた料理を並べて食べるそうですが、あんなもののどこが楽しいんだか……。一粒食べるだけで腹が満たされる固形食の方が断然効率が良い」


「いやいや、味わうとかいい匂い嗅ぐとか色々楽しいとこあるだろっ」


「ちょっ……もうちょっと声抑えて……!」


「わ、わり」


 話を聞く内に少々我慢ならなくなってしまったようで、うっかり大きな声を出しそうになったイアを咄嗟に止める。


 でも、イアの言う通りだ。食事はお腹いっぱい食べて必要な栄養分を摂取する以外にも、味や香り、見た目を楽しむなど大事なことは沢山ある。作る側だって、栄養バランスを考えた材料を揃え、適切な方法で調理して、綺麗に盛り付けするなど気持ちを込めて料理を完成させるというのに。

 固形食とやらがどんなものか知らないけど、あの会話内容から短時間で必要な栄養を取ることだけを重点に置いているものだということは分かる。食事すら効率だけを重視して、残った時間を全て仕事に費やすなんて……そんなのおかしい。


「そうですねぇ、固形食を考案し、私達に仕事と豊かな生活を提供してくれた『ギデオン様』には感謝しませんと」


「……っ、ギデオン様……?」


「それがあの指導者ってやつの名前か……?」


「いやはや全く……む?」


「やべっ、こっち見た……⁉︎」


「と、とりあえず商品買うフリして切り抜ける!」


「ら、ラジャッ!」


 不意に男妖精の視線がこちらに向き、私とイアは聞き耳を立てていたことを誤魔化すために適当な商品を手に取ってその場を離れる。しばらく2人組はそんな私達に訝しげな視線を向けていたけど、やがて興味が失せたようで店を出て行った。

 ……情報収集はもう充分だろう。そう判断した私達は、2人組の姿が完全に見えなくなったところで持っていた商品を元の位置に戻し、集合場所へと急いだ。

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