第166話 精霊王の依頼(3)
「貴女らも知ってのことだとは思うが、カルディアでは協力者もおらん上に、物資の調達も満足に行えるか不明だ。出発前に万全の装備を用意しておくべきだろう」
「装備、か」
確かにそうだった。協力者がいないことは分かっていたけど、カルディアでは買い物すらまともに出来るかどうか。もしかしたら食事すら満足に取れないかもしれないし、最悪野宿も覚悟しなければならない可能性だって。
薬は先日、シノノメに行く前に買っておいたものがまだ少し残ってるけど……。
「買い物は普段から出発前に済ませてたし、その辺りは大丈夫じゃないかな?」
「だよなぁ。武器も使い慣れてるやつで充分じゃねえか?」
薬の調達と装備は今まで通りで大丈夫と思ったらしい、ドラクとイアの言葉にみんなも頷いている。だけどただ一人、レオンだけは呆れたようにため息をつく。
「肉体的にも未熟だが、その精神すら貧弱だとは……呑気なことこの上ない。非力な貴様らが力量も知れぬ敵と渡り合うならば、まず今の陳腐な装備を少しでもマシなものにしたらどうなんだ。さもなくば自力のみで問題を解決することなど到底出来んぞ」
「うわ、相変わらずのトゲがある言い方ね……」
「そう言われてもオレらの手持ちじゃ限界あるって。薬だって効果が高いものは欲しいところだが、大量に用意するとなればすぐ財布の中身が底を尽きる」
「チッ……財力すら無いのか、貴様らは」
「たかが学生に何処まで求めてんだ、お前は……」
「国から出すわけにはいかないし、僕の手持ちでもそこまでは無いな……どうしたら」
レオンの言うことはもちろん正しい。でも、それを用意するだけのお金がない。流石のレオンも打開策は見出せないようで、ルーザの返事に不満そうに舌打ちするのみ。ロウェンさんも何とかしようとしてくれているけれど、8人分の装備と薬代となればかなりの金額がかかってしまう。ベアトリクスさん達もロウェンさんと同様らしく、うーんと考え込んでしまった。
何か良い方法は……
「あ、そうだ! フランがいるじゃない!」
「そ、そっか、フランさんに協力してもらえば……!」
「ああ、あの幽霊か。なら武器の問題も解決じゃん」
「え、なになに。何の話?」
「あ、うん。署名の件で生徒会に頼まれて旧校舎を調べた時にね……」
先日出会った、影の世界の学校の旧校舎に棲む幽霊・フランシスカさん。作業工程こそはちゃめちゃだけど、その能力は薬の効能を倍以上に引き出したり、武器に素材としたものの効果の付与、魔法具の強化など強力なもの。強い効能の薬や装備の強化を望んでいた今の私達にフランさんの能力はうってつけだ。
昨日、フランさんのことを紹介しそびれてしまったし、今が説明してしまうチャンスだ。早速、あの時調査に行ったメンバーである私とカーミラさん、オスクとで旧校舎での出来事を説明していった。
みんな、当然のことながらフランさんの能力もだけど、旧校舎に『創造主』が訪れていたことを聞いて驚いていた。説明がポルターガイストを目の当たりにしたところまで来た時に、エメラが毎度の如く身体をガタガタ震わせて怖がっていたのだけど……最早お約束と化しているから、なだめるのは後にしよう。
「成る程、フランシスカさん……でしたっけ。その方の能力は僕らには願ったり叶ったりのものですね!」
「ええ、見た目はちょっとびっくりするけど、力は本物よ。目を回しちゃうみたいだから、一度に頼める回数には限りがあるけれど」
「あの忌々しい結晶が、浄化されたとはいえ『滅び』を退ける効果を武器に付与することになるとは……一体どうなっている」
「それは……まだ分からないけど。でも、『滅び』と戦うなら利用しない手はないでしょ?」
「しかし、起源の大精霊なる存在……そのような御仁が実在した上に、その場所に訪れていたとは」
「あれ、ベアトリクスさんは創造主のこと知ってたんですか?」
ベアトリクスさんの何か知っている風な言葉に、思わず期待を込めてそう聞き返す。何か創造主について情報が掴めるかも……そう期待したけれど、私達の気持ちに反してベアトリクスさんは首を横に振った。
「……いや、そのような孤高の存在が過去にいたという噂を小耳に挟んだ程度だ。ゼフィラムという名も初めて耳にした。すまぬ」
「い、いえ、いいんです。カグヤさんでさえ、名前と肩書きくらいしか知らなかったくらいですし」
「ふむ、あのカグヤ殿さえも、か。アルヴィス、卿はこのゼフィラムという名に聞き覚えはあるか?」
「いえ……初めて聞きました。起源の大精霊なる者が存在したことも含めて」
「そうか。現代にすら名ばかりか、存在すら記録から抹消するその御方の徹底ぶりには目を見張るものがあるな」
「創造主のことを知りたいオレらにとっては迷惑でしかないけどな」
「ま、まあ書き置きには『要用なる地点に辿り着いたその時に再びお会いしよう』ってあったから、今は辛抱だよ」
堪らずルーザが愚痴をこぼすけど、創造主にも何か考えがあってのことなんだろう。創造主が私達に託してくれた『原初目録』の一部を切り離したらしい本は確かに手元にあるし、私達が出来るのはこれにまた文字が浮かび上がってくれるのを待つのみだ。
なんにせよ、これで装備や薬のことも解決だ。話し合いの目的は全て達成……後はみんなでフランさんの元を訪ねて、ベアトリクスさんの用意してくれた船でカルディアに突入するのみ。
「貴女らの準備が整い次第、すぐに出発出来るよう船を出しておこう。共に行けぬことは心苦しいが、貴女らが必ず無事に帰還してくれることを信じて待っている」
「はい……!」
「それで、レオンは今回どうするのよ。一緒に来る?」
「ふん、僕が仕留めたいのは元凶であるヴォイド、ただ一人だ。その手駒と疑わしき者など、僕が出向くまでもない。それに、これは貴様らに与えられた依頼、僕が直接手を貸す義理などないだろう。貴様らが不在の間、久方ぶりに静かな時間を精々楽しませてもらう」
「あら。それってあたし達がいない間、ルージュの屋敷が心配だから見張ってくれてるってことかしら?」
「……僕の言葉を勝手に改変するな、失格吸血鬼」
「その割には顔が赤いと思うのだけど、きっとあたしの気のせいじゃないわね」
「貴様ッ……!」
「ハイハイ、くだらない小競り合いは後にしなっての。ま、ガッコウとやらに行く必要もあるだろうし、準備のことも考えて次の休日に出発でいいか?」
「ああ、文句はねえよ」
「ベアトリクス様より効果は期待出来ないけど、後ろ盾が多いに越したことはないだろうし……僕も父上にルジェリアさん達の出発までに親署を用意していただけるよう、お願いしておくよ」
「はい、お願いします」
ルーザに続いて、みんなもオスクの言葉に頷く。ロウェンさんも同行こそ出来ないけれど、出来る限りの手助けをしてくれることを約束してくれた。
出発の日時もこれで決まり。次の休日まであと3日ある。それまでに薬と武器の用意と、風邪で行けなくなったなんてことがないように、体調管理もしっかりしておかなきゃ。
みんなもまずは旧校舎に向かおうと、早速出かける用意をし始める。私もフランさんの顔見知りとしてみんなを案内する必要があるし、みんなに遅れるわけにはいかない。さっきまで静かだったリビングが、たちまちドタバタと慌ただしくなった。
「ふうむ……」
「む。どうかされましたか、陛下?」
そんな私達を、何か思うことがあるように見据えるベアトリクスさん。怪訝に思ったアルヴィスさんが咄嗟に尋ねるものの、返事はない。けれど、しばらくしてから不意にベアトリクスさんは「……よし」と沈黙を破り、意を決したように床を蹴って勢いよく椅子から立ち上がる。
「アルヴィス、我等も出掛けるぞ。ついて参れ」
「は。構いませんが、どちらへ……?」
「無論、雑貨屋だ。此処に赴く途中で中々良い店を見つけたのでな」
「へ、陛下、それはまさかまたあのご趣味を……⁉︎ 少しばかりお控えになられてはと先日申し上げたばかりではありませんか!」
「何を言うか。ここ数日あの感触を堪能出来ず、辟易していたところだ。しかしルジェリア殿らに二度も迷惑をかけるわけにはいかぬ……。此処ならば世を忍ぶ必要もなし、存分に此処の民衆の暮らしを見ることが出来よう。さあ、我がフェリアスの王政の参考にする意味でも、シャドーラルの民衆の暮らしぶりをこの目にしかと焼き付けるのだ!」
「それはあくまで建前では……って、陛下! お待ちください!」
そう高らかに宣言し、シャドーラル王都へ突撃していくベアトリクスさんを慌てて追うアルヴィスさん。あまりのベアトリクスさんの勢いにイア達はもちろんのこと、あのレオンでさえ呆気に取られるばかり。
ただ、その中でルーザだけはやれやれと肩をすくめながら、私にこそっと耳打ち。
「なあ。精霊王の趣味って……まあ、『アレ』だよな」
「……だろうね。感触とか言ってたし」
実直で武人のような性格のベアトリクスさんだけど、実は可愛いもの……さらに言えばふわふわしたものが大好きらしく。その重症っぷりは自室の奥には動物や妖精を模したぬいぐるみを大量に隠し持っているほどで、私とルーザも相談に乗ってくれたお礼として撫でさせてあげたことがあるのだけど、撫でられる内に気持ちが高ぶって危うく抱きしめられそうになったくらい。側近であるアルヴィスさんはその趣味を知っていたようだけど……。
「……まあ、頑張れとしか言いようがないよな」
「だ、だね……」
巻き込まれたら大変そうだし。それに、私達にも用事はあるし、ここはアルヴィスさんに任せる他ない。
なんて、フランさんに会いにいくことを言い訳に私とルーザは現実から目を逸らし、まだぽかんとしていたみんなに早く旧校舎に行くよう促す。……ベアトリクスさんの事情を知ってるオスクだけは肩を震わせて笑いを堪えていたけど。
その道中で、アルヴィスさんの悲鳴が聞こえた気がしたけれど、きっと空耳だ。……と、思いたい。




