第166話 精霊王の依頼(1)
「近未来都市・『カルディア』……?」
ベアトリクスさんから調査してほしいと告げられた地名を反射的に繰り返す。
聞き覚えのない地名だった。恐らく影の世界の何処かなんだろうけれど、それは今まで行った場所とは明らかに違う部分があった。
「都市って、国じゃないのか?」
「まだ国と認められていないのだ。我がフェリアスを含め、他の国々から認められるよう開発を急ぎ、近年目覚ましい発展を遂げているものの、まだ国としてはそれに足る要素が些か足りんのでな。王を据えるか、民に主権を持たせるか揉めているとも聞く」
「それで……何故そのカルディアを調査してほしいんですか?」
ベアトリクスさんの今の話からでは、カルディアは他の国から認められるために頑張っているようにしか思えない。カルディアを治める者について揉めているのは大変そうだけど、問題と思われる部分はそれだけ。『滅び』とも関係が無さそうだし……どうして調査が必要なんだろう。ベアトリクスさんがわざわざ私達に頼んでくる程の何かが、このカルディアにはあるのだろうか。
その気持ちが表情にも出ていたのだろう、ベアトリクスはすかさずその理由を説明する。
「確かに、国と認められておらずとも、開発に尽力しているカルディアは称賛に値する。治める者について揉めている点を除けば都市自体に問題は無かった」
「ふーん、問題は無かったねえ。その問題が今はあるわけだ」
「流石オスク殿、察しが早くてこちらも手間が省ける。カルディアの持つ技術力には目を見張るものがあるが、それでも発展途上。一日も早く国の承認を得られるよう、外交にも力を注いでいたが……それがつい最近になって、他の国々との交流をパタリと止めてしまったのだ」
「えっ、どうして」
「不可解な点はもう一つある。そのことを怪訝に思った諸外国が遣いを数回に渡って送ったそうだが、その者達が帰ることは無かった聞く」
「……っ!」
ベアトリクスさんの説明を聞いて、私達は言葉を失った。
交流を止める程度ならまだいい。それだけなら方針が変わったなどの理由で納得がいくから。でも、カルディアに向かった遣いの妖精や精霊達が帰ってこないとなれば話は違ってくる。
帰ってこないのだとすると、その遣いでカルディアに行った者はそこに閉じ込められているということになる。でもどうして、何の目的で……?
「それと、カルディアの指導者の一人であり、最も王に相応しいと言われている男についてこんな噂も耳にした。以前は聡明で思慮深き御仁であったが、急にヒトが変わったように冷酷になった……と」
「それって……まさか」
「うむ。卿……アルヴィスの身に起きたことと同様なのではないかと勘ぐっている」
「……」
ベアトリクスさんの隣で控えているアルヴィスさんも苦虫を噛み潰したような表情をしていた。それもその筈。忘れもしない、フェリアス王国での事件……それまであの黒い結晶でしか攻めてこなかった『滅び』が、アルヴィスさんに取り憑いて私達に襲い掛からせてきたんだ。
あの時はレオンが浄化の術を込めた結晶石をを私に持たせてくれていたのと、ベアトリクスさんの尽力があって何とか勝てたのだけど、アルヴィスさんの心に深い傷を負わせることとなった出来事だった。ベアトリクスさんの説得でアルヴィスさんも立ち直ったけれど、今も後悔していることはその表情ですぐに分かる。
あれと同じことがカルディアの指導者にも起きているのだとすれば一大事だ。『滅び』によって精神を侵された者が異常行動に走るのはアルヴィスさんの時に確認済み。しかも、その疑いがある者の立場は指導者……そんな状態のまま、変わらず都市を治めているのなら、一般市民にも『滅び』による悪影響が及ぶことになる。
「無論、これは私自身の勝手な推測にすぎないが、この世界の現状を思えば有り得ないことではあるまいとな。災いのことはまだ他国に知れ渡っていないことが故、私だけでも調査に乗り出そうとしたのだが」
「えっ」
「陛下……それはなりませんと何度も」
「アルヴィスが先日よりこの調子でな」
「いやいやいや、当たり前だろ! 危険だと分かっている場所に王様が単身突っ込もうとしているのを止めない側近がいるか⁉︎」
「……ご理解感謝する、ルヴェルザ殿。陛下がいくら時間が経過しようとも御心を改めるご様子が無かったために、ルジェリア殿らに依頼してはと私が提案したのです」
「な、成る程。それでシャドーラルに」
「しかし、アルヴィス。先の件でいざという時は災いのことを優先するという意思を示し、卿もそれを了承したではないか」
「災いに侵された経験者として、他国の者がカルディアにて足取りを消している事実がある以上、陛下をそのような危険に晒すわけにはいかないと判断した上で申しているのです!」
「むう……」
アルヴィスさんの最もな言い分にベアトリクスさんは言葉を詰まらせるものの、その口は不服そうにへの字に曲がっている。
思い返してみれば、アルヴィスさんと戦った時も真っ先に正面から突っ込んでいってたし……ベアトリクスさんって、結構猪突猛進なのかもしれない。
「あ、あのベアトリクス様。無礼なのは承知で申し上げますが、アルヴィス氏の言う通りです。僕はアルヴィス氏がどのような目に遭われたのか存じ上げませんが、彼の態度から只事で無かったことは察せます。それに、アルヴィス氏の時は互いに深い信頼関係があったから良かったものの、カルディアではそうはいかないかと」
「ふうむ……ロウェン王子にもそう言われてしまっては私の独断で行動に移すわけにはいかなくなってくるな。確かに、解決することを優先しすぎて先走ってたやもしれぬ。アルヴィス、心労をかけたな」
「は、はい……」
ベアトリクスさんの謝罪に、心底ほっとしたように息をつくアルヴィスさん。ある意味、私達に今にもカルディアに突っ込んでいきそうなベアトリクスさんを止めてほしいと、遠路はるばるシャドーラルに来訪したくらいだ。ベアトリクスさんの説得、本当に大変だったんだろうな……。
ベアトリクスさんが協力してくれる気持ちは嬉しいし、心強いけどやっぱり危険だ。ベアトリクスさんはフェリアス王国の精霊王として、その名は他国にも知れ渡っている筈。王様が直々に調査しに行こうものなら、警戒心を煽って事態を余計に悪化させてしまうかもしれない。
申し訳ないけど、今回はベアトリクスさんには待機してもらった方がいいだろう。
「その指導者サマとやらがホントに『滅び』に取り憑かれてんなら、尚更精霊王サマに行かせるわけにはいかないっしょ。大精霊としても有名なアンタが堂々と真正面から突っ込むなんて、『滅び』相手に『お前を浄化しに来ました!』なんて言ってるようなもんだぞ?」
「む、それは確かに」
「その点じゃ、オスクさんは有利ね。お尋ね者だったり英雄だったりで、大精霊とかその近くにいる精霊の間では有名らしいけど、それ以外はさっぱりだし。オスクさんなら堂々と都市に入っても大丈夫ね!」
「うんうん。それに、わたし達『滅び』と散々戦ってるし! もう慣れっこだよ」
「ベアトリクス様達、大精霊と比べたら僕達はまだまだ全然未熟で頼りないかもしれないですけど、場数は踏んできたと自負しているつもりです。それに、仲間だってこうして大勢いますから、きっと何とかなります」
「ふむ……」
オスクの言葉で納得しつつあるベアトリクスさんをさらに安心させるため、みんなも次々と言葉をかけていく。それらをしばらく静かに聞いていたベアトリクスさんだったけど……やがて険しかった表情がふっと緩む。
「ふふっ、貴女らの勇敢さは誠のもののようだ。単なる無鉄砲ではない、危険だと心得て尚立ち向かおうとしている心は偽りないと見える。……よし、ならば私も腹を括ろう。貴女らが必ずやこの異変を解決すると信じて、私は貴女らが無事に帰還するのを待とうではないか」
「はい……!」
「エリック国王。そういう訳で、この者達がカルディアから帰還するまで私とアルヴィスはシャドーラルに滞在させていただきたいが、良いか?」
「うむ、構いませんぞ。ロウェン、ベアトリクス女王がお泊まりになる宿泊施設の手配を頼んだぞ」
「はい、父上」
「貴女らには直ちにカルディアに向かってほしいところだが、相手の力は未知数だ。明日、改めて作戦の相談をしたいのだが、何処か良い場所は無いだろうか」
「なら、オレの家に来てほしい。王都から近いし、広さもそこそこあるんでな」
「うむ。心得た」
作戦会議する場所もルーザの家と決まって、今日のところは目的は達成のようだ。でも、ベアトリクスさんが私達のためにそこまで慎重に進もうとしているということ……本当に危険なことに私達は関わろうとしているのが、改めて思い知らされる。
「では明日に……と言いたいところだが、まだ重大な用事があったな」
「重大な用事?」
「うむ。……貴公がレオン殿であったな」
「……む」
そう言って、ベアトリクスさんが話しかけたのは今まで静かに話を聞いていたレオンだった。レオンも、ベアトリクスさんに声をかけられるとは思っていなかったようで意外そうな表情を見せる。
レオンは不思議そうにしているけど、私達はベアトリクスさんのレオンへの用事がすぐに分かった。
「貴公とこうして顔を合わせられたこと、光栄に思う。先の件……私の不手際でアルヴィスが『滅び』に呑まれてしまった時に卿を救えたのは貴公の惜しみない努力と、機転があってこそと言っても過言ではない。この場を借りて、改めて礼を述べさせてほしい」
「ふん……礼など不要だ。僕は貴様らのために動いた訳ではない。こいつらには返さねばならない借りがある、それ以上でもそれ以下でもない」
「もう、レオンったら。せっかくベアトリクス様が感謝してくれてるのよ、素直に受け取ったらいいじゃない」
「黙れ、失格吸血鬼。貴様に指図される言われはない」
「ふーんだ、いいわよ。あなたの照れ隠しも大分見抜けるようになったし!」
「貴様、それはどういう意味だ!」
「ふふっ……成る程な」
レオンの失礼な態度を気にも留めず、ベアトリクスさんは微笑む。そして私達のことを見渡して、何処か納得したように頷き、
「種族の壁をいとも容易く乗り超え、尚且つ絆を深めるか。……やはり、貴女らはこの世界を救う英雄となるに相応しい」
そう、優しく呟いたのだった。




