第164話 Break Persona(3)
辺りが、静寂に包まれる。目の前は敵は全て失せて、元のどこまでも真っさらな世界が広がるばかり。
……勝った。それを理解した途端、ドッと疲労が押し寄せて、僕はその場にがくりと膝をつく。
「わっ、オスク⁉︎」
「別に、平気。ただ、」
……疲れた。そんなたった一言ですら口に出せないほど、くたびれ果てていた。
自分のコピーという今までにない敵と戦ったせいか。それか意表を突くためとはいえ慣れない戦い方をしたせいか。あるいはその両方か。はたまたそれ以外の原因か……それは僕には分からない。こんなに肉体的にも精神的にも疲れたのは久しぶりだった。
『……そろそろ良さそうだな。今回ばかりは流石に肝が冷えた』
「あ、ルヴェルザ」
『上から見てたが、大分派手にやったな。お前らも敵も。大丈夫かよ?』
「……さあ。僕らの様子見て判断しなよ」
『突っかかる気力も無い程ズタボロ、と。こんな時くらい労ってやりたいとこだが、時間がない。タイムリミットまであと一分だ』
「いっ……⁉︎」
レシスに衝撃的な事実を告げられ、流石のルージュも言葉を失った。
残り一分……本当に崖っぷちなところで勝てたのか。
『今すぐ帰ってこないとまずいが、先にやることがあるからな。とりあえず正面、見てみろ』
「……あ」
言われるままに正面へと視線を向けてみると、真っさらな筈の空間に柱が建っている場所があった。柱が空間の一部を切り取るように存在していて、その中央には何の飾りもない質素な台座が鎮座している。
前回にも見た、『虚無』の筈なのにモノがある異様な場所……それは、
「発生源、か」
「ここが……!」
「で、でもさっきまで見当たりませんでしたよ⁉︎」
『ああ。どんな力を使ったのか知らないが、さっきのヤツらが隠してたようだからな』
「ハッ、まさに『守護兵』ってか」
つまりヤツらは僕らの目的地を隠した上で、タイムリミットまで足止めし、世界に取り込ませようとしていたということか。何もかも妨害していたとは、随分いい性格してたことで。
だが、これからは発生源を隠すガーディアンも出てくる可能性があるということか。ガーディアンを倒さない限り見ることすら叶わないとか、中々に面倒だ。この先そんなヤツらが多く出てこないことを祈るしかないな……。
ともかく、本来の目的は発生源を発見することなんだ。残された時間もあと僅か……それを少し引き延ばすためにも僕はくたくたな身体に鞭打ってなんとか立ち上がる。そして前回と同じように、台座に結晶のカケラを乗せた。
「……っ!」
途端に、辺りは眩い光で満たされる。しかし前回と違い、こうなることはわかっていたから然程驚きはしない。さて、今回はどんな変化が……
「……」
『……』
「えっと……何か変わった?」
光が収まってから3人で周りを見渡してみるが、特にこれといった変化は見受けられない。周囲の景色も相変わらず真っ白で、何か理が取り戻せたような感じもしない。
『いや、瘴気は確実に晴れてる。さっきよりも見晴らしも良くなったが、前回のような大きな変化はないみたいだな。だが……本当それだけなのか?』
「……っ! ま、待ってください! 今のっ……」
「ん、どうしたのさ」
「ティアさんの……ティアさんの気配です! すっごく弱かったですけど、確かに感じました! ティアさんは過去にここに来てます!」
『なっ……』
「おい、それ確かなのか⁉︎」
「は、はい、間違いないです! ティアさんの魔力は忘れてませんから!」
あまりのことにライヤに思わず詰め寄る。しかしライヤはそんな僕にビビることなく、はっきりと頷いた。ティアは確かにここを訪れたのだと、ライヤはそう言ったんだ。
やっと、やっと掴めた。今まで何百年と掴むことができなかったティアの足取りを、ここに来てようやく。
「オスク……平気?」
「……っ、ああ。ただちょっと……嬉しくてな。こんなこと言うの、柄じゃないけどさ」
「そう……」
僕の言葉に、ルージュもほっとしたように微笑んだ。
まだ、ライヤがやっと気付けた程度の弱い痕跡だ。だがそれでも嬉しいことには変わりなかった。今までいつまで経っても、何処まで行っても見つけることが叶わず、ただひたすら深淵の中でもがいているだけの状況に、ようやく終止符を打てるかもしれないという期待で。
だが、どのみち今回はここまでだ。僕らはもうじき現実へと還らなければならない。ティアの足跡をやっと見つけた今、先を急ぎたいのが本心ではあるが……ここで焦ってくたばりでもしたら元も子もない。ここは気持ちを堪えて、万全の状態で挑み直すべきだ。
けど、僕にはまだここでやるべきことが一つ残っている。
「これ、返す。お前が機転利かせてくれたおかげで助かった。その……ありがと」
「あっ、うん。どういたしまして」
礼を言いつつ、僕は剣をルージュに返した。これはルージュの得物、僕が持つ意味はもう無くなったのだから、さっさと持ち主の手に帰るべきだ。
それと、もう一つ言わなければならないことがある。今回はルージュがいたからこそ勝てたといっても過言ではない。こいつが練った策が無ければ今頃どうなっていたことか。
「なあ、この先もお前はついてくんの?」
「もちろん。仲間を助けるのは当然でしょ?」
「死ぬかもしれないってのにか?」
「なら尚更ほっとけないよ。オスクだってそんな危ない橋渡ってでもティアさんを見つけようとしてる。隣で手伝わせてくれた方がまだ安心できるもの」
「こんのお人好しが……」
「うん、よく言われる」
そんな嫌味もルージュは笑顔を見せるだけ。悪口に食いつくこともなく、ただ優しい言葉を返してくるのみだ。そんな態度に思わずルージュにティアを重ねて見てしまい、僕もそれ以上文句も出てこなかった。
「でもまあ人手不足なのは事実だし、お前がいてくれて助かったのも確かだ。だからその……付いて来てくれるっていうなら、心強い」
「じゃあ、正式に仲間入り?」
「そーなんな」
「ふふっ。じゃあ改めてよろしくお願いします、だね」
「……ああ」
それだけは、しっかり肯定した。照れ臭くて仕方ないけど有り難いと、礼も込めて。
これだけではまだ話し足りない。これからどうしていくかとか、剣が纏った白い光のこととか、沢山。それでも今はそんなやり取りだけで充分だった。
それはルージュだってわかっているだろうからと、互いに信用して、信頼しているから。だが、労いくらいはしておこうと不意にルージュと視線を交わし、うなずいて、
「「お疲れ様」」
薄れゆく意識の中で、2人で拳を突き合わせた。




