第164話 Break Persona(2)
決着を付けてやるという意思を言葉にする代わりに、自分のニセモノに剣の刃を向ける。銀色の細身の刃は、小さくとも僕のそんな心を投影したかのようにキラッと鋭く輝いた。
……ルージュが結びつけたらしい、剣柄に巻いてある白いリボンがふわりと揺れる。僕らに残された時間はあと僅か、今もタイムリミットは刻一刻と迫っている。ヤツにはもう傷を癒すことも出来ないし、共に戦う者も失った。倒すなら今しかない。
『……!』
「……っ、へえ」
こっちが仕掛ける前に、ヤツが僕の動きを封じようと鎖を放ってくる。咄嗟にルージュが術を絶ったことで拘束は免れたが、ヤツの行動に変化が生じたことに少々たじろいだ。
……ヤツが僕の動きを真似することをやめてきた。ルージュとライヤのニセモノが倒された今、同じ魔法を同じタイミングで撃ち返すだけでは足止めにならないと判断したのだろう。つまり、これから先は物理攻撃だけでなく、魔法もいつ使ってくるかの予測が困難になる。
だが、それが自信にもなる。ヤツがなりふり構わなくなってきているということは、それだけヤツが心理的にも追い詰められているのを示しているのだから。
「どんな手を使ってでも、って感じだね。味方がどんどん倒されたことでヤケになってる」
「アイツは時間いっぱいまでに僕らの邪魔さえすればそれで勝ち逃げ出来るからな。僕らの動きを止めるか、防御に徹するか……ヤツの行動はその二択だ」
ヤツは僕らへの警戒を高めている。元々攻撃が通りにくかったが、それがさらに難しくなるんだ。
ヤツに僕の攻撃をそっくりそのまま返されないように武器も、その構え方も普段とは異なるものにしたが、踏み込むタイミングなどは変わってない。体術ばかりは自分の癖とやりやすい型でやってるためにどうしようもない。ヤツを出し抜くならば、ルージュとライヤがどう動いてくれるかが鍵になる。
「だからって僕が動かないなんてことはないけど、なっ!」
『……っ』
さっきの仕返しとばかりに一気に間合いを詰めてヤツの懐に潜り込む。一発相殺されても、それに構わずヤツに一つでも多くの傷を与えようと何度も何度も逆手に握った剣を振り回す。
ヤツと実力は互角なこの状況下で僕が勝る点があるとすれば、剣を使うことで素早い攻撃が出来ることだ。大剣は威力がある分、大振りで隙がでかい。手数を増やして攻めていけば勝機は必ず見えてくる。
……敵は『自分』なんだ。己の弱点なんて簡単なことを知らなくてどうする。
『……!』
「ハッ、これでもついてくるか」
だが、攻撃を繰り出した回数が増えていく内に、ヤツも速度が上がった斬撃を確実に弾いてくるようになる。
やはり僕のコピー、動きの癖を知っているために追いつくことは容易か。しかも今ヤツは守りに徹することを優先しているために、これがなかなか通りにくい。
でも、
「隙ありっ!」
「こっちからもです!」
『……っ!』
……僕一人で攻めるなんてこともないけどな。
ヤツが僕の攻撃を相殺した直後を狙って、ルージュが光の槍で突き、ライヤが杖から光を放って攻撃する。大剣を振り下ろして隙を曝け出していたヤツは攻撃をもろに食らってのけ反った。
連携してこその仲間なんだ、これを使わない手はないだろう。
『……!』
「チッ」
流石にヤツも複数の方向から来られると防ぎようがないことを学んだらしい。ならば僕らの内一人の動きを止めようと判断したようで、ヤツは再び鎖を飛ばしてくる。
そして、その鎖は僕に命中。魔力で生成された鎖は僕の足を確実に絡め取り、その場に縛り付けた。
「オ、オスクさん!」
「任せて。『絶』!」
「……っ、悪い。助かった」
しかしルージュがすぐさま術を絶ってくれたおかげで、ヤツの拘束から解かれて難を逃れる。
絶命の力を持つルージュがいれば、ヤツがいくら鎖を放って動きを封じようとしてきてもすぐに動くことが可能だ。だが、強力な力には厄介な欠点が付き物だ。
「それ、あと何回できそうだ?」
「正確な数はわからないけど……多分そう多くはできないと思う」
「……そうか」
ルージュの言葉に、僕はただ静かにうなずく。
あらゆるものを絶つことが出来る絶命の力を使用することは、ルージュの裏の人格に付け入る隙を与えることにも繋がる。使いこなせれば心強いが、回数を無理に増やしたり、加減を間違えばルージュは問答無用で『裏』に呑み込まれてしまう。
なら、やることは一つ。
「お前に捕まる前に倒せばいいだけだ!」
「うん、道はそれしかないもの!」
『……』
縛られる可能性があることに構わず、僕らはヤツに突っ込んでいく。やれるものならやってみろと言わんばかりに。
だが、ヤツもここまで来ると持ち替えた武器での攻撃にも慣れてきたようだった。最初こそ戸惑ったような反応を見せたが、今ではそれが皆無。ヤツの顔は相変わらず仮面に隠されて見えないが、その無表情がなんとなく僕らを嘲笑っているかのように見えた。
もう僕らの攻撃は見切ったとでも言うかのように。手の内は全て把握しきったと余裕まで見せて。僕のことはなんでも知っているということを突き付けているかのようで、ヤツは僕の動きなんてお見通しとばかりにまた鎖を放とうと構える。
ヤツは僕の普段のやり方を全て知り尽くしている。……だからこそ、詰めが甘い。
「……『カオスレクイエム』!」
『……⁉︎』
「ハッ、大剣を使わないなんて誰が言ったのさ!」
剣で攻撃しようとする直前に、唐突に大剣を引きずり出して振り下ろす。今は使ってない筈の武器をいきなりだされたことで、僕の剣の扱い方を目の当たりにした時よりもさらに激しく動揺した。ヤツの感情なんて知りもしないが、疑問に思い、戸惑っていることだけははっきりわかる。
……そう。僕は右手に剣を、左手に大剣を持つというやり方を次なる手に選んだんだ。ルージュから剣を受け取った時に大剣は一旦収めていたが、使えないことはない。だからこうして2つの武器を同時に構えることだっていつでもできたんだ。
僕は型にはまらない。僕は異端者、場を引っ掻き回してなんぼのはぐれ者。誰にでも思いつくようなありきたりなやり方なんて、面白くもなんともない。
「僕らは『生きてる』んだ。苦痛を受けて、それを乗り越えて成長していく。一分、一秒、この瞬間も成長し続ける。僕らの足止めっていう役目しか与えられていない表面だけの操り人形であるお前に負ける筈無い、っての!」
『……っ!』
ヤツの大剣を僕の大剣で弾いて、その隙に剣で斬撃を浴びせる。白い光を纏った剣はヤツの身体を容赦なく引き裂き、ヤツは目に見えてひるんだ。
「お終いです、命天のひか……あっ!」
追い討ちをかけるようにすかさずライヤが光を放つが、ヤツもやられっぱなしではなかった。素早く体勢を立て直し、攻撃から逃れる。
……だがそれは、あくまでライヤの攻撃からだ。
「当たれっ!」
『……ッ‼︎』
ライヤの攻撃を避けた先で、ヤツは胸を光の槍で貫かれた。
さっきの攻撃はオトリにすぎない。ヤツの注意をライヤに惹きつけておいて、ルージュの槍の射程圏内に誘導させるための。元は一つの存在だったせいだろうか、2人の連携は完璧だった。
「オスク、今っ!」
「ああ!」
ルージュの言葉に、迷うことなくうなずく。
トドメは僕自身で刺す……!
大剣を再び手放し、剣を順手に持ち替える。細身の刃をヤツに向かって思い切り突き出し、そして……
「────終幕だ」
ヤツの仮面を、貫いた。仮面は突いた箇所からひび割れ、砕け散っていく。
そして、仮面に隠されていたヤツの素顔は……黒一色だった。顔がある筈の部分には、延々と影が広がるばかり。
……それはまるで、表面ばかりのヤツには中身なんて最初から無かったことを表しているかのようだった。




