第163話 『己』を超えよ(2)
弾かれたことでバランスを崩した足を咄嗟に地面に着いた手で支え、素早く体勢を立て直す。見ると僕の姿を取り繕ったガーディアンも全く同じやり方で持ち直していて、やはり体術も写されていることを改めて思い知らされる。
横目でチラッとルージュとライヤの様子を伺ってみると、それぞれ自分自身のニセモノと対峙していた。入り乱れて混戦になると面倒だし、下手に援護しようと横槍を入れても自分のニセモノを視界から外すことになってかえって危険だ。今はとりあえず、自分のニセモノは自分で相手しておくのが無難だろう。
そう思いながら、僕も自分のニセモノと向き直る。まだヤツに何処までコピーされてるか全く分かっていない。手の内を知ってこちらが優位に立つためにも、まずは小手調べと大剣を振り上げる。
「『カオスレクイエム』!」
『……!』
僕の魔力によって闇を帯びた大剣を、ヤツの仮面目掛けて勢いよく振り下ろす。……が、ヤツもまたどんよりとした闇を纏わせた大剣で僕の斬撃を受け止めた。
この程度は予想の範囲内、序の口だ。ならば次と、僕はヤツの大剣を振り払って再び詠唱を開始する。
「『ブラッドアビス』!」
『……』
距離を取られない内に、素早く紅い閃光を放つ。しかし今度も僕と同じ動き、同じ魔法でヤツは僕の攻撃を相殺する。僕の真似ばかりして、おまけに大したリアクションも見せない敵に思わず顔が不快でくしゃっと歪む。
……今の、『カオスレクイエム』も『ブラッドアビス』も僕が使う術の中でも基本的なもの、つまりは弱い部類に入る。ヤツの手の内をまだ全部把握しきれてはいないものの、今の様子から少なくとも下位魔法は全部コピーされてると思った方がいいだろう。
だが、下位とあってそれらは別に驚異にならない。問題は他の、中位や上位魔法。威力もそうだが、『ワールド・バインド』まで使われたとしたら中々厄介だ。僕が頻繁に使っている通り、あの魔法の拘束力はかなりのもの。身動きが取れなくなるのはやはり大きな隙を曝け出す。今はとにかくそこまでコピーされてないことを祈るしかない。
「……って、あまりあれこれ考えてる暇はない、かっ!」
悪態を吐きながら、目前まで迫っていたヤツの斬撃を大剣で弾く。
ヤツは確実にこちらが少々の隙を見せた瞬間に攻撃を仕掛けてくる。獣のように考え無しに、力任せにではなく、敵の様子を観察してどんな行動を取るべきかを思案してから実行に移している。思考力がそれなりにある……これじゃ、安易な作戦と戦術は通用しなさそうだ。
「駄目です、いつものやり方だと全部そっくりそのままお返しされちゃいます……」
「私も。自分の戦術が自分に仕掛けられるとこんなにやりにくいなんて」
「その様子じゃ、そっちも僕と同じ状況か」
一旦下がって2人の戦況を聞いてみたが、やはり動きを真似されて今まで一進一退の攻防を繰り広げていたらしい。2人とも、自分の戦法が通じないどころか、それを自らにぶつけられることに戸惑っている。
「自分の力をどこまでコピーされてるかはわかったか?」
「私の魔法はほとんど使ってくるみたいだけど、見た感じ絶命の力までは使ってこなかった。力が特別なもののせいなのか、単にまだ使ってこないだけなのかは分からないけど、こっちも今は使うのはやめとくよ」
「ふーん、賢明な判断なんじゃないの?」
「私の方が一番厄介かもです……。攻撃してもすぐ回復されちゃって。あっ、ほらまた!」
ライヤに言われるがままに敵へと視線を向けると、その言葉通りライヤのニセモノが真っ黒な杖を掲げてニセモノ3人全員の傷を癒してしまっていた。成る程、ライヤの持つ癒しの魔法をニセモノも持っているということか。
どこかで予想はしてたがライヤがそうであるように、そのニセモノも奴らの回復役となっているようだ。僕も自分のニセモノに大した傷を負わせられてないが、これから先どれだけヤツにダメージを与えようが偽ライヤがいる限りすぐ治療されてしまう。ライヤの言う通り、それが一番厄介だ。
偽ライヤを優先的に潰すのはいいが、厄介なのはもう一つ。
「オスク、前っ!」
「くっそ、悠長にお喋りもさせてくれないってか!」
僕とルージュのニセモノが振り下ろしてきた武器を、2人でそれぞれの得物を駆使して相殺する。
……もう一つの厄介なところがこれ、障害物が一切ないために常に奴らと相対することになってしまう点だ。こうして少しでも隙を見せると、ヤツらはそれを狙って攻撃を仕掛けてくる。僕らも敵が見えやすいという利点はあるものの、一度体勢を崩されると一瞬で立て直しでもしないとどんどんダメージを負うことになるんだ。
永遠に平坦な地形が今になって裏目に出るとは……!
「なら、その障害物があれば少しは楽になる?」
「ん? まあ、そりゃあね」
「な、何か方法があるんですか、ルージュ?」
「うん。なければ作るまでだよ!」
ライヤに頷いて見せながらルージュは僕が下げていた自分のカバンに手を突っ込み、その中から一冊の本を取り出す。そしてそれを勢いよく開いたかと思うと、開いたページに手をかざしながら詠唱を始めた。
「終焉の冷気よ、我が意に従い、地を覆い尽くせ……『エル・フィンブルヴェト』!」
詠唱を終えた途端、ルージュの手から凄まじい冷気が放たれる。辺りに散った冷気はやがて複数の塊となり、周囲に巨大な氷柱が出現した。
「へえ……! 確かにこれなら身は隠せそうだけど」
「はい! これで多少は余裕ができるかもです!」
「うん。でも……」
氷柱の影に隠れながら、ルージュは不安げな表情で奴らを見据える。障害物の出現によってヤツらも自分達の攻撃が阻害されることが分かったらしく、武器で氷柱を壊しにかかってきていた。
……まあ、そうなるか。邪魔なら排除しようとするのはごく自然なことだし。だが、僕の身体も隠すくらい大きい氷柱はそれなりに強度もあるようで、壊すのにも一苦労しているっぽいけど。でも、今自分達が隠れている氷柱が壊されるのも時間の問題だし、隠れてばかりでは勝つことはできない。
「とりあえずこいつでヤツらを撹乱しつつ攻めていくか。戦法が筒抜けな以上、馬鹿正直にやり合っても勝てる見込みないし」
「戦法が筒抜けな相手……か」
「ん、なんか気になることでも?」
「あっ、えっと。レオンと戦った時もそうだったなって」
「ああ、あの吸血鬼との」
ルージュにそう言われて僕もその時のことを思い出す。あの吸血鬼、眷属にした相手の情報も共有できるとか聞いていた。あいつとやり合った時の戦い方に、何か生かせる部分でもあれば……。
いや、今はとにかくヤツらにダメージを与えることが優先だ。過去の記憶から手がかりを探すのは色々試した後でいい。
「そら、よっ!」
氷柱の間を縫いながらしばらく走り回った後、唐突に影から飛び出してヤツらに斬撃を浴びせる。不意を突かれたこともあって流石のヤツらも仰け反るが、それも一瞬。すぐに持ち直して、偽ライヤが今与えたダメージを癒してしまった。
チッ、やっぱり偽ライヤを先に潰さないと駄目か。
自分と同じカタチをしているのが不愉快だから、真っ先に自分のニセモノを倒したいのが本音ではあるけど、絶対に勝つためにはそんなちゃちなことを気にしてる場合じゃない。
特異な敵とはいえ、こいつらはあくまで守護兵……突破すべき壁の一つに過ぎない。こんなところで足踏みしてる暇はないんだ。
「くらえっ!」
標的を偽ライヤに変更し、さっきと同じ方法で攻撃を浴びせる。前衛向きではないライヤと同様に、そのニセモノも攻撃自体はあまり得意でないらしい。回復面では脅威だが、僕の攻撃をもろに受けても反撃する素振りは見せなかった。
その分、残り2人がそれをカバーするように攻撃してくるわけだけど……
「……っ、『カオス・アポカリプス』!」
ニセモノ2人が繰り出してきた斬撃を、反射的に出した障壁でなんとか受け止める。こいつら、大剣を振り下ろして生じた隙を狙ってきてんな……。
偽ライヤへの攻撃を優先するのはいいが、他を疎かにしていてはあいつらに付け入られる機会も増やしてしまう。偽ライヤに集中しすぎないようにもしなくては。
「『ワールド・バインド』!」
「『ランス・ルミナスレイ』!」
とりあえず足止めをと、僕のニセモノを縛り上げるために鎖を放って、ルージュが動けなくなったところを光の手槍で狙い撃つ。
……が、僕のニセモノは僕が放った鎖を自分で出した鎖で打ち消し、ルージュの手槍も偽ルージュの漆黒の槍で相殺された。2人がかりで確実に当てようとしたんだが、やっぱり過去に試したことのある戦法は軽く突破されるか。
だけど……なんなんだ? さっきからあいつらは本当に僕らの『真似』しかしてこない。僕らが使った魔法をそのまま返してくるように、同じ魔法を、同じタイミングでしか放ってこない。物理攻撃は隙を狙うなどして普通に仕掛けてくるが、だからこそ違和感が際立つ。僕らを倒したいなら上位魔法の一つや二つ、さっさと撃ってくればいいものをヤツらはそれをしてこないんだ。
こいつらの狙いは一体……。
「オスクッ、足元!」
「チッ!」
いつの間にか僕を引きずり込もうと迫り上がっていた地面を咄嗟に叩き斬る。
そうだ、ここは虚無の世界。目的から意識を逸らしていると、いつ世界に取り込まれてもおかしくない場所だ。だが今の……ここに来るまでの道中であったような迫り上がり方とは明らかに違う。地面が歪む範囲が、身体を丸ごと呑み込むんじゃないかというくらいに大きかった。
「オスクさん、もしかしてなんですけど、時間が相当経ってるんじゃないかと……!」
「……っ、そういうことかよ!」
────タイムリミットが、近い。ライヤに指摘されたことでそれを思い出した。
取り込まれないために、この世界に留まれる時間にも制約がある。最初この世界に来た時、レシスによって強制的に夢の世界に戻されたのもそのため。それが分かったと同時に、とんでもない可能性に気付いた。
……ここに来るまで、敵との遭遇が一切無かったこと。
……この世界が侵入者を排除することに特化したバケモノではなく、僕らと同等の実力のニセモノを差し向けてきたこと。
……ヤツらが僕らの真似ばかりして、僕らを仕留めようとしてこないこと。
それらの奇怪な事象は、ある一つの事実を指し示していたんだ。
「まさかこいつら……時間稼いで僕らをこの世界に引きずり込むつもりか!」
「じゃ、じゃあこのガーディアンは最初から……⁉︎」
驚く2人に、僕は顔をしかめながらも頷いて見せる。
こいつらは始めから僕らを倒すつもりなんて無かった。こいつらの真の目的……僕らがこの世界に留まれる時間いっぱいまで邪魔立てし、目的も意識も全て逸らして障害が無くなったところを世界に取り込ませる算段だったのだろう。道中で横槍を入れてこなかったのも、僕らの油断を誘って心に隙を生じさせやすくするため……。
クッソ、どこまで『滅び』は腐ってやがる……!
「どうする……⁉︎」
戦法は筒抜け、ダメージを与えても即回復される。かなりの意表を突かない限り、ヤツらは倒せない。だがヤツらの意表を突くためには、普段僕らが考えもしないことを実行しない限り不可能。
そんな、思い切った打開策なんて────




