第162話 覗く偽りの仮面(4)★
「……ごい」
「ん?」
「すごいわ、オスク! 理由はどうあれそんなことができるなんて! やっぱり闇の精霊とは仲良くなれるんだわ!」
……前言撤回。こいつには僕を異様な存在だと思う気持ちはカケラも無かったようだ。寧ろ考えてすらいなかったと言わんばかりに、恐れるどころか表情をキラキラと輝かせて「オスクを選んで正解だった」とか訳がわからんことをほざいている始末。
そもそもティアの計画に乗ることを選んだのは僕で、ティアと出会ったのは本当にたまたまの筈なんだが。それを指摘しようとしたけど……完全に舞い上がっていて聞きそうな気配無いな、こいつ。
「お前な……少しくらい疑問に思わないわけ? 自分で言うのもなんだけど、大分特異な力だってのに」
「え? 別に、思わないわ。そりゃあ不思議だな、とは思うけどだからこそすごいと思うの。オスクはそんなすごい才能を持つ、特別な存在なんだなって!」
「特別、って」
「そうよ、特別。他にはない珍しい力だもの。きっと生まれが良かったのね」
「……良いわけあるか。生まれた場所には何もなかったってのに」
……そう。僕は何もない、誰もいない場所にいつの間にか佇んでいた。何処でどうやって生まれたのかも分からない。真っさらな『虚無』で認識できたのは黒に染まった己のみ。このオスクという名も、自分で勝手に名乗っているもので、真名があるのかも知りもしない。
身寄りもツテも何もない僕が、唯一信じられたのは僕自身だけ。だから必要以上に他人と距離を詰めない。不用意に心を許して、いつか足をすくわれて、居場所を奪われるのが怖いから。
「心を許せる奴なんていない。周りの奴らは揃いも揃って僕を嘲る奴しかいない。生まれも育ちも最悪なんだよ、僕は」
「……でも、私はオスクを信じてるわ。今だって私を疑われないようにかばってくれた」
「ハッ、どうだか。だがその点じゃアンタも大分特異だな。僕をここまで他人のために動かせたのはアンタが初めてだ」
「ほんと⁉︎ 嬉しい!」
僕がそう言うとティアは再び顔をパァッと綻ばせる。まさに屈託のない笑顔というべきそんな表情……僕もいつか、こんな風に笑える日が来るのだろうか。
「いつかきっと、オスクにもできると思うの。今よりもっと多くの、背中を預けられるくらいに信頼できる相手が、必ず。もちろん、私もオスクに信頼してもらえるよう頑張るから」
「……」
「今は難しいかもしれない。でも、未来は何が起こるかわからないもの。だから希望を持って進みましょ。そのためにもまず、」
「まず?」
「私のことを名前で呼びましょう!」
「お断りだ」
「ガーンッ⁉︎」
数分前と同じように、今度は自分で効果音を付けるというオマケを伴いながらショックで肩を落とすティア。ふん、僕がそうあっさりと要望を聞き届けてやると思ったら大間違いだ。
そんなことを考えながら、まだやらなければいけないことを思い出して視線を自分の足元へと向ける。
「ま、それはそうと未だに地面に転がってるこいつらどうすっかな」
「あっ……そうね。このままっていうのもちょっと」
「僕としてはこいつらがこのまま野垂れ死のうが知ったことじゃないけど、場所が場所だしなぁ」
闇の精霊である僕がこうして忍び込めている通り、ここは闇の領域と比較的近い場所だ。こんなところで光の精霊が倒れているのを目撃されたら、間違いなく闇の精霊の仕業ということにされる。年がら年中ギスギスした両者の関係を無駄に悪化させることは僕としても避けたいところだ。
何か良い案は……そうだ。
「丁度いい、アンタが介抱しておいてよ。僕のことは自分達が気絶している間に逃げたってことにして。そうすれば僕は問題なくこの場を後にできるし、アンタはこいつらに恩を売れる。一石二鳥じゃん」
「えっ、そんな。オスクも一緒なら誤解も解けるかもしれないのに!」
「無理だって。アンタの光と闇の確執を早く無くしたいって気持ちはわかるけど、物事にはなんでも順序が必要だ。いきなり仲良くしろなんて言われても不可能なんだよ。僕は今のところ嫌われ者で充分。アンタが大精霊に本気でなるつもりなら、同族からの信頼を得られるチャンスを逃しちゃいけないんだよ」
「でも、オスクだけが嫌われ者だなんて。そんなの……オスクが不憫すぎる」
「言ったじゃん。そんなの今更だって。じゃ、後は任せた」
「え……ええっ⁉︎ そ、そんないきなり!」
慌てふためくティアをその場に残し、僕はさっさとズラからせてもらうことにした。
表面では余裕を取り繕っていたものの、実際はかなりくたくたで早いとこ休みたかったんだ。奴らに負わされた傷を癒すのと、何故か胸がじんわりと暖かくなっていることを悟られたくなかったために。
……そして、信じるということを知らなかった僕は、ティアに心を開きかけていることを認めたくなかったために。
「……とまあ、そんな一悶着もあったってわけ」
「一悶着、で済むんでしょうか……?」
語りを終えて、僕の意識は現在へと引き戻された。
元々話を聞く気満々だったライヤはもちろんのこと、少々興味を示していた程度だったルージュもかなり聞き入っていたようだ。話が終わったことで2人は揃って肩の力が抜けて、少々ほっとしたような表情を浮かべていた。
「光と闇の確執……話には聞いていたけど、そんなに根深いものだったんだね。やっぱり、苦労してた?」
「それはもうね。闇の精霊ってだけで光の精霊達には目ぇ付けられてたし、同族にも味方はいないしで。それに、今も僕の後をつけて考え無しに首突っ込んできた誰かさんのお守りで必死だ」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、割と役に立ってるから別にいいんだけどさ。あの頃もそうけど、大精霊になってからも相談持ちかけてくる奴は後を絶たなかったし。面倒な仕事ばっか舞い込んで……次何か任されそうになったら絶対突っぱねてやる」
「それでも、オスクさんは引き受けちゃうんですよね。オスクさん、誰よりも真面目で優しいから」
「うっさい!」
からかってくるライヤに文句を言いつつ、プイッと顔を背ける。
僕だって引き受ける仕事くらい選んでいる。舞い込んでくる仕事がちょっと他に適任がいなかったり、引き受けておいた方が後々得しそうだったりと、だからなんでもかんでもというわけではない……筈。
元々異端者だと馬鹿にされてきたんだ。大精霊としての務めを果たすため、信頼と信用を獲得するためにも仕方なくやっていた。そのせいで何故かティア以外にも頼れる存在だと認識されてしまい、結果的に余計なものが増えすぎたというだけだ。
『……お前の昔話はそこまでにして、そろそろ先を急いだらどうだよ』
「何さ、お前まで聞き耳立ててたのかよ。悪趣味なこった」
不意に頭に響いてきた、女らしさなんてカケラもない偉そうな声。……どうやら時間が経過したことで、レシスが再びナビの術を行使できる程度に気力が回復したようだ。
『2人に聞かせておいてそれはないだろ。安心しろ、お前が光の大精霊と名前を呼ぶ件で揉めるまでは聞こえてなかったからな』
「ほぼ全部聞いてんじゃん……」
『聞こえるようなボリュームでベラベラ喋るお前が悪い。とにかくさっさと歩け。次の発生源も近いぞ』
「ハイハイ、分かりましたよ〜っと」
いつも通りレシスと悪態をつき合いつつ、後ろの2人に「行くぞ」と告げた後に僕らは再び発生源を目指して歩き始める。
時間の感覚なんて失ってから久しいが、ここに来てからそれなりに経過していることくらい流石に分かる。ここは長時間留まっていても危険だ。早いとこやるべきことを果たして帰らなければ、問答無用で世界に引きずり込まれる。
このまま何事も無く済めば万々歳、なんだけど。
『ん、なんだ……?』
「うーん? どうかしたか」
『あ、いや、変な気配を感じてな。それにしても随分急に出てきやがったな……?』
「ガーディアンか? ここで邪魔されんのは面倒だな……避けられるルートに誘導してよ」
『あ、ああ。そのつもりだ……ッ⁉︎』
その時、何故かレシスの言葉が途切れる。この場にはいないため、どんな表情をしているのか、どんな反応をしているのか確認することは叶わないのだが、驚きのあまり絶句しているということだけは瞬時に理解できた。
一体、アイツは何を見たというのか。
「おい、どうしたってのさ」
『どうしたもこうしたもあるか! お前、一体何しやがった!』
「はあ? 何言って」
『何をどうしたらお前らの気配が「二重」になるなんてことになるんだよ! 今までこんなこと一度も……!』
「『二重』? それってどうい、う……」
ふと視線を正面に戻すと、言葉を失った。
そして理解した。僕らの反応が二重になっている、その答えを。
「そういう、ことかよ……!」
視線の先に、敵は確かにいた。レシスの言葉通り、敵はすぐそこまで迫っていたんだ。
敵の姿……それは紫のメッシュが入った黒髪を持ち、金で縁取られた紫のローブを着込み、その首には蒼いマフラーを巻いているというものだった。
そう。迫っていた敵というのは他でもない、
────僕自身だったんだ。




