第162話 覗く偽りの仮面(3)
「いいか、相手は一人とはいえ汚らわしき闇の精霊だ。どんな姑息な手段を取られようとすぐに返り討ちにし、我らの正義を示してやるのだ!」
「はっ!」
僕に威嚇するかの如く剣の切っ先をこちらに向けながら、僕を取られようと迫ってくる光の精霊達。その殺気立った表情からは誠実さなんてカケラも感じられない。罪人を裁くどころか殺る気満々で、その手を汚すこともやむなしとはますます正義とは反していると思うんだが。
だが、呑気に愚痴ってる暇はない。威勢の良い啖呵を切ったはいいが、僕が下の下のザコであるのは紛れもない事実だ。対して敵は正確な階級はわからないものの、確実に僕よりは高い地位にいて、おまけに数は3人と複数。油断すれば……負ける。
「我らが正義、その身を持って思い知れ!」
「……!」
まずは、あいつらの太刀筋を見切ることを優先するか。考え無しに突っ込んだところで返り討ちに遭うし、今は避けることだけを考えていた方が良さそうだ。奴らの癖が分かってしまえば避けるのも容易くなることに加えて、その分勝率も上がるだろう。
それに、そんな押し付けがましいハリボテの正義を覚えるとか、こっちから願い下げだ。
奴らが振り下ろしてくる剣をしっかり見据え、軌道を読んで確実にかわす。もちろん一発だけで済む筈がないから、たった一回避けられた程度で安心せずに、その後はすぐにその場で体勢を立て直して次の攻撃に備える。一発でも当たればゲームオーバー……そう自分に言い聞かせて危機感を持たせれば、嫌でも身体が動いてくれる。
「おのれ、忌まわしい闇の分際でちょこまかと!」
「闇とか光とか関係なくない? 誰だって痛い目見るのは嫌に決まってんじゃん。僕だって怪我するなんて御免だから逃げ回ってるだけだし」
「黙れ! 悪である闇は正義である光によって滅せられる運命なのだ!」
「あっそ。ならさっさと実演してみりゃいいじゃん」
わざと煽る言葉を並べながら、指をクイと曲げて挑発。それにまんまと乗った光の精霊達は、さらにムキになりながら剣を滅茶苦茶に振り回してくる。
だが、表面は余裕を取り繕っていても人数の差はどうしようもなく、3人で同時に攻撃を仕掛けられた時はかわしきれずに刃を受けてしまう。敵もそれに味を占めたらしく、奴らもバラバラに攻撃してくるのをやめて、連携をとりながらの戦法に変えてきた。
……それでいい。徐々に押されてきているが、それこそ僕が望んだ状況だ。そっちが僕を仕留める気でかかってこないと僕も力を発揮出来ない。奥の手はいつだって敵が攻めてこなければ使えない。早いとここの場を収めるためにも、さっさと……
「……遊びはここまでだ。正義の裁き、今こそ受けてみよ! 『ルス・ラディウス』!」
「……っ!」
リーダー格の精霊が、剣を振るって光線を飛ばしてくる。眩い光線は闇を払うが如く、僕に向かって一直線に飛んできた。
割と至近距離で放たれたそれは、避ける暇は無いに等しく。飛び退くこともできないまま、僕は光線を正面から浴びることとなった。
「いっ……!」
咄嗟に腕でガードするも、奴らの渾身の攻撃が直撃するのはやはり痛いものだ。光線が当たった箇所から、じんじんと鈍い痛みが広がっていく。
奴らの理論こそ破綻してロクでもないものだったが、そこは格上というべきか。それなりのダメージをもらってしまったのが傷を確認せずともわかる。だがこれで、
「いただき……!」
痛みに顔をしかめながらも、僕はしてやったりとばかりに拳を握りしめる。
この瞬間を待っていた。奴らの魔法を受けることこそが僕の狙い。奥の手を使うためには、奴らの攻撃をこの身で受ける必要があった。奴らが僕の思い通りに動いてくれて、口角をニイと吊り上げる。
「ふん、どうした。ようやく我らの正義を思い知って言葉も出んか」
「……ハッ。ああ、そうだな。言葉にしても意味ないさ。僕の掌で踊らされてるにすぎないってことにすら気付かないくらい低能なアンタらには理解できないだろうし」
「なんだと!」
「アンタらは喧嘩売る相手を間違えた。それを今教えてやるよ」
さらに笑みを深めながら、僕は大剣を思い切り振り上げた。溜めておいた魔力を、今こそ放つために。
────僕が『異端者』たる由縁、その身で受けてみろ。
「『ルス・ラディウス』!」
「なっ────」
僕が放った魔法に、今まで僕を嘲笑っていた光の精霊達の表情が一気に驚愕のものへと塗り替わる。それはもちろん、自分達の魔法を僕が行使したことによって。
余程驚いたらしい、光の精霊達は僕が攻撃を仕掛けているというのに避ける気配もなく、その場で固まるばかり。標的が動かないのだから、当然光線は光の精霊達にもろに直撃した。
「ぐっ……どうしてこんなっ。闇である貴様が何故我らの光の魔法を使えるのだ⁉︎」
「さあ? 仮に僕が理由知ってたとして、敵に教えるわけないっしょ」
「うるさい! どうやら貴様は我らが思っていた以上に危険因子のようだ……。平穏を保つためにも、此奴を必ず捕らえるのだ!」
「了解致しました!」
「ふぅん。あくまで僕は裁く気か。ならこっちも全力で抵抗するまでさ」
僕を改めて危険視したらしい光の精霊達は怒りに染まった形相で剣を構え直す。僕だって捕まりたくないから、大剣の切っ先を奴らに向けてまだやるという意思を示す。
……まあ、馬鹿正直に正面からやるか、と聞かれれば話は別だけど。奴らが言うように、僕は姑息な闇。暗闇に潜み、使えるものをなんでも使って、欲望の赴くままに好き勝手暴れてこその存在。こんなくだらない茶番をこれ以上続けてられるか。
「さーてと、『カオス・アポカリプス』!」
「なっ、なんだ、これは!」
「何も見えない……! クッ、卑怯だぞ!」
今度は僕が本来使う魔法で奴らの視界を暗闇に閉ざし、動きを封じる。視界を奪われた光の精霊達は慌てふためき、何処にいるかも分からない僕に対して口汚く罵っている。
そもそも一人に対して3人がかりとか、どっちが卑怯なんだか。やれやれと肩をすくめながらこの隙に奴らの背後に回り込み、大剣を逆手に持って柄を奴らの方へと向けて、
後は、言うまい。
「がっ!」
「ぐえっ!」
「うぐっ⁉︎」
柄を駆使して、首の後ろを思い切り殴って気絶させた。
「アッハハハ! 誰がご丁寧に最後まで相手してやるって言ったのさ。こうなっちゃうと正義もクソもないね」
気絶しているのをいいことに、地面に転がっている奴らを大剣でツンツンと突く。3人で僕を痛ぶったことと、散々馬鹿にしてくれたせめてもの礼だ、今の内にその無様な姿をたっぷり拝ませてもらおう。
「オスク、無事っ⁉︎」
「ああ、アンタまだいたのか」
そんな時、今まで茂みの中に身を潜めていたティアが僕に駆け寄ってきた。僕の問題なんだからさっさと逃げていれば良かったものを、問題が片付くまで律儀に待っていたいたようだ。
僕が呆れているのを気にせず、ティアは心配そうに僕の全身を舐めるように見て怪我の具合を確かめている。出会った頃と全く変わらないその態度、……本当にどこまでもお節介でお人好しな奴だ。
「良かった……酷い怪我はしてないみたいで」
「危険から逃げんのは慣れてるんでね。それに、最初からこいつらと真面目に戦う気なんて無かったし」
「そ、そう。でも、オスク。どうして闇の精霊であるあなたが光の魔法を……? 闇の大精霊が力の安定のために別属性でも少しは吸収出来ることは知ってるけど、普通の精霊が自分の属性とは違う魔法を扱うなんて不可能なのに」
「へえ……知りたい?」
「え? う、うんっ」
ニヤリと笑いながら、僕は耳を貸せと指でチョイチョイと手招きする。ティアはその指示に従って顔を近づけ、そして僕は耳元に口を寄せると……
「ワッ‼︎」
「わっひゃあ⁉︎」
「ハッ! そう望めば何でもほいほい教えてもらえるなんて思うなよ。知りたがりってのは損するもんだぞ?」
「うう〜……オスクの意地悪!」
「意地悪で結構。性根が腐ってこその闇なんでね!」
僕の大声をもろに食らった耳を押さえながら、その丸っこい目を精一杯吊り上げて僕を睨みつけてくるティア。涙ぐんだ目でそんなことされても迫力ゼロだから、効き目は全く無いんだけど。
……だが、そんなことをしたのは僕が答えようもない意味も含まれてる。僕は大精霊の役を任される前から、他の属性の魔力を吸収して己のモノとして振るえる力を持っていた。
精霊は自分が司るものの力を最大限に発揮出来る代わりに、それ以外は全くと言っていいほど行使できない極端な種族だ。一長一短といってしまえばそれまでだが、要するに融通が利かないんだ。その辺りは柔軟な妖精と比べて、精霊が確実に劣るといえる部分だろう。
しかし、僕だけはそこから完全に逸脱していた。思想もそうだが、それこそが僕が『異端者』と呼ばれる最大の原因。気持ち悪いと、以前にからかってきた同族にこの能力を使った際にそう言われた。
「とにかく、僕は何故か闇以外の魔法も満遍なく使える。直接借り受ける以外は自分で一回食らうなり、触れるなりするのが条件ではあるけど、光に限らず火も水も大地も風も問題なし。なんか言うことある?」
「……」
そう白状すれば、ティアは驚いたように目を見開いた。
……こいつも、僕を遠ざけるのだろうか。精霊らしからぬ力を持つ僕を、周りの奴らと同じように。他とは違う考えを持つこいつでも、僕に対して抱く印象は同じかもしれない。
そうなったら僕はこいつとの縁をばっさり切ってやるまでだけど。こいつとの関わりを無くす、今後一切こいつとは会えなくなる……そう思うと何故か胸が締め付けられている感じがする。いや、きっと気のせいに違いないと、そんな考えを振り払うようにティアから顔を背けた。
……しかし、僕にかけられた言葉はまたしても予想だにしないものだった。




