第162話 覗く偽りの仮面(1)
「無駄な抵抗はやめろ、忌まわしき闇よ! 貴様が先日から光の領域一帯をコソコソ嗅ぎ回っていることなど我々にはお見通しなのだ!」
僕とティアが身を潜めている茂みの向こうから、そんな罵声が聞こえてくる。ティアに会うために光の精霊の領域に忍び込んだのは事実だけど、何もしてないというのに僕を最初から悪者だと決め付けられるのはやはり不愉快でしかない。
全く、そんなだから歩み寄れないんだろうが。古臭い思想に捉われすぎて、自分の頭で考えようともしない。どいつもこいつも周りに流されるばかりの馬鹿ばっかだ。
「ギャーギャーうっさいなぁ。さて、どうしたもんかね」
「お、オスク、これはその……私は、何もっ!」
「そう動揺しなさんなって。アンタの手引きでないことくらいすぐわかることだし、名前呼べるほど信用はしてないけど、数回顔合わせてアンタがこんな姑息な手は使わないだろうってくらいは信頼してる。てか、アンタはそんな手使えそうなタマじゃないじゃん」
「あ、ありがとう!」
「……疑いが晴れたからって呑気なことで。礼を言ってる場合じゃないだろうが」
さりげなく馬鹿にしたというのに悪口には全く食いつかず、それどころか心底安心したような笑みを浮かべるティア。ピンチなことには変わらないというのに……能天気なティアに僕は軽く頭を抱えながらも、とにかくどうするかと気持ちを切り替える。
恐らく、敵は複数。気配から察するに、数は1、2……3人。階級はそれほど高い者でもないだろうけど、末端であるティア以上なのは確実だ。
そして、末端なのは僕も同じ。敵がどれほどの力量なのかはまだわからないにしても、現在は年齢も経験も大したことないザコ同然な僕が一人でかかっても複数人相手じゃまず勝ち目がない。
敵もビビってんのか、ここに突っ込んでくる気配こそないけど……ここでずっとグズグズしていても仕方ないし、何もしなければいずれ捕まる。
そうなったら最後、適当な罪をでっち上げられて吊し上げにされること間違いなし。そうなれば互いにその意思があってもティアと会うことも許されなくなるし、味方が同族にもいない僕は闇の中にも居場所が無くなる。
「オスク。その……どうするの?」
「出ていくしかないっしょ。逃げたってどうせ地の果てまで追いかけてきそうだし。だけど、同時に出て行くとアンタとの関係を疑われる。ここでつまずかないためにもある程度の時間差を置いて、タイミングを見計らって外に出てこい」
「わ、わかったわ」
「それと、アンタはこの件に一切口出しするな。言葉一つ交わすだけで奴らがどう捉えるからわかったものじゃないし。この場は僕だけでなんとか落ち着かせる」
「そ、そんな、無茶よ! ただでさえ闇の精霊は目の敵にされてるのに切り抜けるなんて!」
「そんなの今更だって。こちとら異端者だって馬鹿にされて日々の寝床まで苦労してる身なんでね。それでも十数年は無事に切り抜けてきたんだ、この程度どうってことない。アンタはただ黙って見てればいい。アンタまで僕みたく除け者にされる必要はないんだ」
「オスク……」
「アンタも大精霊目指すんなら多少口は上手くなるべきだとは思うけどね。ま、ここは大人しく僕に任せておきなよ」
「……うん」
渋々といった様子でうなずくティア。その表情はあからさまに沈んでいる。
キツい言い方をしたとはわかっているけど、ティアでは確実にこの場を凌げない。こいつはまず馬鹿正直で嘘がつけない。
2人で会っていることなど、色々誤魔化す必要がある今はとても任せておけないと判断してのことだ。今のままじゃ、その内口を滑らして取り返しのつかないことをしでかしそうで冷や冷やする。
今は無理だとしても、こいつがそれなりに信頼できると判断したら僕がその辺りを指南してやってもいいけど。目標のために大精霊になるというなら、場面に応じて最良の言葉を迅速に並べ立てて説得力のある説明する話術を身につけなければならない。そして多少の見栄とハッタリを織り交ぜながらも、それを徐々に現実にしていく手腕が必要になってくる。
権力には相応の実力と責任が求められる……上に立つっていうのはそういうことだ。
とにかく、今は空気の読めない部外者どもを落ち着かせることが優先だ。確執を無くすという目標のためにようやく動き出した今、初っ端から足止めを食うわけにはいかない。これから行われるであろう尋問を上手くかわして、とっととここからオサラバしなくては。
意を決して、僕は茂みの外に出る。途端に、目の前に物騒な刃を突き付けられた。
「貴様かっ、我らの神聖な領域を汚した不届き者は!」
「おー、怖い怖い。出会い頭に刃物向けてくるとか、礼儀がなっていないんじゃない?」
「黙れ! 貴様ら闇に払う礼儀など無い!」
手にした剣をギラつかせながら、喚き散らす男の精霊。その身体はいかにも『光』らしい真っ白な鎧を身に付けていて、ナリの良さからそれなりの階級であることが伺える。その後ろには予想通り2人のお供も付けていて、3人揃って僕に敵意に満ちた眼差しを向けてきた。
あまりにも手厚い歓迎に笑いがこみ上げてくる。だって、今こいつらが剣を向けているのは目の敵にしている闇でも階級は下の下のザコ。しかも、異端者だと馬鹿にされているはぐれ者だ。それなのに警戒心剥き出しかつ完全防備で迎えてくるのだから、可笑しくてたまらない。
「ご挨拶だなぁ。光の精霊ってのは脅しながらじゃなきゃ会話もまともにできないわけ?」
「フン、汚らわしい闇にはこれくらいが丁度いいのだ。貴様らがどんな姑息な手を使ってこようが迅速に対応できるよう、備えたまでのこと」
「へーえ。それっぽい理屈並べてるけどさぁ、結局ビビってるってことじゃん。アンタらが低俗だって馬鹿にするたった一人の『闇』程度、護りガッチガチに固めて複数人じゃなきゃ相手にできないほど怖いんだ?」
「貴様ッ……我らを愚弄する気か!」
「じゃあ正義を語るそのご立派な口で説明してみなよ。僕が一体何をしたというのか」
相変わらず剣を向けられながらも、僕は胸を張って堂々とした態度を崩さないように努めた。ここはオロオロしている方が奴らのペースに呑まれて、不利な状況に陥りやすい。あくまで自分は無実だと、態度から示すんだ。
そんな僕を目の前の男は嘲るように鼻で笑うと、キッと睨みつけるように僕に向けてくる視線をさらに鋭くした。そして、その『罪』とやらを説明し始める。




