第160話 順風満帆スケープゴート(3)
『ったく、お前らは……自分で自分と言い争いして虚しくねえのかよ』
「先に吹っ掛けてきたのはライヤ。私はただ反論しただけ」
「だってぇ……ルジェリアって呼ばれるの、密かに楽しみにしてたんですもん。正体を隠すためとはいえ、今はずっと偽名で呼ばれるばかりですし」
「ハイハイ。無駄口叩いてる暇あんなら、とっとと足動かせ馬鹿共。意識逸らしてると付け入られる隙与えることになるんだ」
「はーい……」
口げんかを止めてからもぶつくさ文句を言っていたライヤだったが、それが自分達の危険に晒す行為だということを思い出したようで大人しく指示に従う。
だがまあ、確かに『ライヤ』は偽名だ。その名前は妹の『レシス』と同様に、『支配者』を始めとする未来の救世主たるその能力を付け狙う輩から逃れるための道具の一つに過ぎないもの。
こいつらの身体である2人の呼び名……『ルージュ』と『ルーザ』とは違う、完全な偽りの名前。追手から逃れるための手段だと理解はしていても、身内にすら本当の名で呼ばれないことに寂しさを感じていたのかもしれない。
……仕方ない、たまには本名で呼んでやるとするか。今はルージュもいるから無理だけど、『身体』がいない時くらいは口にしてもいいだろう。せめて屋敷の中だけでは、偽名という仮面を被る必要がないことを示すために。
考え込むのはここまでにして、僕は視線と意識を手元の結晶へと戻す。今はまだレシスの指示は無いし、結晶の光が指し示す道を歩いていくだけだ。
「えっと、とりあえず今は瘴気を晴らすための『発生源』に向かうんだっけ」
「そう。道標を見る限り、どうやら真っ直ぐティアの居場所を指してくれてるわけじゃないっぽいんでね」
『オレが思うに、今の視野が狭い状況じゃどうやっても見つからないと思うぜ。お前らの視界じゃ延々と平坦で真っ白な世界が広がってるように見えるんだろうが、あくまで「そう見えてる」に過ぎない。実際、オレが口挟むまで近くにガーディアンが潜んでることすらわからなかっただろ?』
「……まあ、な」
それについては否定できない。全くもってその通りだったから。
最初ここに来た時に交戦したコウモリみたいな個体も、前回にレシスの指示によって鉢合わせを免れたやつも、あいつらとギリギリまで近づかなければ僕もレシスも互いに姿を視界に捉えるどころか、気配すら感じ取ることができなかった。これをなんとかしない限り、目的を果たすことなんざ夢のまた夢ということだ。
前回、この世界を覆う瘴気を晴らしたことで『影が落ちる』という理は修復できたが……一つ理を取り戻したくらいでは話にならないのだろう。ついさっきも世界に取り込まれかけたところをルージュに救われたばかりで、こちらが有利だとはとても言えない状況下だし。
「オスクとレシスでそれじゃあ、私だとそっち方面は役に立てそうにないね……」
「私も……ガーディアン相手じゃ命の気配は感じ取れないみたいですし。そもそもアレに命があるのかも疑問ですけど」
「お前らにはお前らのできることだけすればいいんだ。僕ですらできないことを無理強いしても意味ないし。ペコペコする余裕あるなら、その気力を別方向に役立てること心掛けなよ」
「は、はい」
『とにかく。最終目標から遠回りにはなるが、今は瘴気を晴らすことを最優先させておいた方が正解だろうよ。今はできることも少ないが、前回のように瘴気を晴らせればオレもより世界に干渉が可能になる』
「ふーん。例えば?」
『術の持続時間を伸ばしたり、オレの視界が開けてより正確なナビができたりって効果はもちろんあるが、それ以上のもな。雑魚に限るが、接近してる敵をオレの『死』の力でこっちで先に死滅させておくことや、苦戦時にはお前らの魂に死を予感させての能力の向上、それに世界の機能を部分的に殺して一時的な安全地帯を作る、とかな』
「け、結構色々できるんだね」
『身体失ってはいるが、仮にも大精霊の身なんでね。これくらいやってのけなきゃ面子が立たないだろ?』
「ハッ、未熟者が随分偉そうじゃん」
『その未熟者の集団にお前は散々助けられてるわけだが、なんか文句あるか?』
「チッ」
図星なために反論もできず、思わず舌打ちする。
けど、レシスに提示されたスキルは確かに魅力的なものばかりだった。戦闘の回避と交戦時の補助は役に立つし、瘴気が晴れて探索時間が伸びれば休憩場所も後々必要になってくる。この調子では多分、今後も度々この世界を訪れることになるだろうし……いらないなんて言えたものじゃない。
『不満そうな顔しやがって。たまにはお願いしますの一言もないのかよ、保護者サマ?』
「うっさい。この15年間、誰がお前らの補助しながら『身体』を見守ってきたと思ってんだ」
『はいはい、これはその恩返しってんだろ。分かってるからお前もお前の目標のために歩き続けるんだな。オレの術もあと少しで切らなきゃいけないんだから』
「言われるまでもないっての」
憎まれ口を叩き合いながら、進むべき方向を真っ直ぐ見据える。早いとこ次の発生源を見つけて、この淀んだ空気を浄化して呼吸くらいは楽にしたいものだ。
先を急ごうと僕は足を早める。敵の気配がない今が進むチャンスだ、この間に次の発生源までの距離を詰めてしまいたい。それを見た後ろから付いてきているライヤも歩行速度を上げて、ルージュも今の妖精の姿では歩幅が狭いために若干小走りになりながらペースを合わせてきた。
……今のところ、この世界からの妨害らしい妨害はない。たまに地面が歪んで僕らを引きずり込もうとはしてくるが、見えてさえいれば僕でも対処することは簡単だし、僕の手が届かない範囲でもルージュがいち早く気配を察して対応してくれている。
いつの間にかレシスの術が切れて声は聞こえなくなってはいたが、ガーディアンが迫っている様子もなく、順調に進めていけている。
「敵がいない時は思ったよりハイペースなんだね。これなら早く着きそう?」
「どうだか。確かに目立った邪魔はされてないけど」
「でも、地面が歪む回数……増えてますよね」
「ああ……」
やっぱり、気のせいじゃなかったか。ライヤの言葉で、確証がなかったそれを事実なのだと思い知る。
前回までも地面に引きずり込まれそうになったことはあったが、今回は明らかにその頻度が増えている。余計なことを考えてるせいだとも思われるが、前回までの探索と照らし合わせるとこの増加量は異常だ。
しかも瘴気を晴らした後から、だとは。これは考えるまでもなく、
「瘴気の濃度が下がったことで、敵から警戒されてんだろうな。瘴気が晴れるってことはつまり、ガーディアンとかには不都合なことだし。侵入者が干渉したと思うのはごく自然なことだ」
「や、やっぱりそうなんですね……。でもそれじゃあ、瘴気を晴らすのっていいことばかりじゃないんですね」
「まあね。でも逆に言えばデメリットはそれだけなんだからそれを覚悟した上でいくしかない。こっちは奴らより有利に立って、早いとこ目的を果たしてこの忌々しい世界とおさらばしたいんだ」
「うん。敵の襲撃を恐れて立ち止まるなんて一番情け無いことだよね。危険を承知で、敵の裏をかくつもりでいかなきゃ」
「あれ、意見合わないの私だけですか?」
「お前ら元は同じ存在だってのにどこまでも一致しないな」
見事に考えが真っ二つな2人に僕はやれやれとため息をつく。
性格は変わっていることは前からわかっていたけど、思考まで変化してるとは。記憶喪失とは恐ろしいものだ。
「お前らさぁ、一つでも共通点とかないわけ?」
「うーん……口調も戦い方も違うよね。何かある?」
「えとえと……あ! 3人の共通点なら思いつきました!」
「私達3人の?」
「居場所がなかったとこです!」
「え、そこ……?」
「……そりゃまた不名誉なことで」
明るく告げるべきでないことを、満面の笑顔というおまけ付きで突きつけられて、僕はルージュと揃ってげんなりとした表情を浮かべる。
告げた本人は自信満々でいるが、そんなことを今更確定事項だと決定付けられて喜ぶ奴なんていないだろう。確かに僕は元から異端者だと遠ざけられて、ライヤも『支配者』のせいで居場所を追いやられ、ルージュも貴族連中から今も昔も惨い仕打ちを受けて、とそれは事実ではあるんだが。
「えー? でもそういうマイナスな共通点って、より結束力を生むと思うんですよね。そりゃあ明るいことが一番ですけど、反乱とか悔しさをバネにして立ち上がろうとすることもあるじゃないですか」
「ん、それは確かに……」
「実際、僕も馬鹿にされた反動から努力重ねてたし……ルージュも、貴族連中を見返すために今行動してるわけだしで、強ち間違いでもないか」
僕らは、少なくともここにいる者全員はそれぞれ迫害され、蔑まれてきた。周りから責任を逃れて、押し付けるための捌け口……贄にされていた。
まあ、それでも悪かないとは思うけど。僕はそもそも闇だ。疎まれ、恐れられてなんぼの存在。自分の本質を理解し、確かな信用と信頼を寄せてくれる者だけが傍にいればそれでいい。自分を信じて付いてきてくれる仲間と、ティアがいればそれでいいんだ。
「……上等じゃん、その共通点。嫌われ結構! それでこそ反逆心が煽られるってこった!」
「ふふっ。まさに闇に生きる者らしいね、それ」
「当たり前じゃん。僕を誰だと思ってんのさ。誇り高き闇の大精霊、それが僕、オスクだからな!」
この世界に宣戦布告をするかの如く、声を張り上げる。止められるものなら止めてみろ、そんな挑発をするかのように。
────迫害者を舐めたら承知しない。この膨れ上がった反逆心で、どんな相手だろうが問答無用で切り捨ててやる。




