第159話 暁月が射す(2)
ルビーに見紛うくらいの、大きな紅い瞳で睨みつけられた僕────オスクは、堪らずはあっ……と大きなため息をついた。
いつものお人好しらしい、優しげな光はどこへやら。今、そこにあるのは逃してたまるかと言わんばかりの厳しい視線のみ。普段は少々遠慮がちの癖に、いざって時にはどんな敵を前にしても立ち向かおうとする確かな意志の強さが、その瞳から感じられた。
こりゃ何しても逃げられそうにないか……。それを悟った僕は素直に白状することにした。どうして夢の世界にいるのか、これから僕らが何をしようとしているのか、ルージュのカバンが必要だったのかも、全て。
「……成る程。オスクは光の大精霊のティアさんを探すために行動していて、その補助として大量の浄化した『滅び』の結晶が必要だから私のカバンが必要で……ライヤとレシスはその手伝いをしている、と」
「……そういうこと」
説明をし終えて、また僕はでかいため息をつく。
全てを白状してもルージュの視線は鋭いままだった。恐らく他に無断で、危険な場所にそれを承知で飛び込んでいたことに怒っているのだろうが。
……だから黙ってカバンを掻っ払ってきた方が良かったというのに。何故かといえば、
「あ、あの、オスクさんを責めないでください! オスクさんが単独で解決しようとしていたのは、ルージュ達を危険に晒さないためなんですから!」
「おい、馬鹿っ!」
「ふーん……」
慌てて隣にいる同行者の口を塞ごうとするも、時すでに遅し。これだけは隠し通そうとしていた僕の真意をライヤの口からあっさりバラされてしまい、ルージュの目が意味ありげに細められる。
なにベラベラ喋ってんだ、と抗議の眼差しでライヤを睨み付けるが本人は全く悪いと思っていないようできょとんと首を傾げていた。あれ、まさか何気なく口走ったとでもいうのか。
こんの天然女……! と殴り付けたい衝動をなんとか抑え込む。曲がりなりにもこいつらの保護者である僕が手を上げるのは御法度だ。だからこそ、どれだけあの鬼畜妖精に殴られようがやり返すことも一切してこなかったのだから。それに、今は目の前でまだ瞳に鋭い光を湛えているやつの怒りを鎮める方が先だ。
「じゃあオスクは私達を巻き込みたくないために自分の事情も、カバンを持ち出したことも黙っていたと」
「なんか問題でも?」
「ううん、気遣ってくれていたことはわかったから。……カバンのことに関して反省が全く見られないのは不満があるけど。それに、オスクは元々努力家だからなるべく問題を自力で解決しようとする性格なのも知ってるし」
「ご理解どーも」
「でも、頼ってくれなかったのは……ちょっと寂しい」
「……っ」
不意に寂しそうな顔をされ、思わず言葉が詰まる。
こいつらのためだと思って黙っていたというのに。これは僕自身の問題。僕が犯した過ち。だから巻き込むのも最低限に留めなくてはと思っていたのに……そんな顔されちゃ、まるでこっちが悪者みたいじゃないか。
『オレは悪くないと思うがな。メンバーを追加すんのも』
「……レシス」
『2人だけじゃ戦力不足だろ。前回、瘴気を少し晴らしたことによって敵の出方も変わってくるかもしれねえし。人手か、お前のプライドか。どっちを取る?』
「……」
念話で横槍を入れてきたレシスに選択を迫られ、考え込む。ルージュを……ティアとの思い出がないやつまで危険に晒したくないのが本音だ。『記憶』である2人には恩返しという名目で手伝わせているが、それは少なからずティアと接点があるためでもある。
だが、ルージュにはそれが一切ない。記憶を抜き取られてティアのことなんざ何も覚えちゃいないのに、巻き込むのは嫌なんだ。
僕はこいつらの保護者、『滅び』を打ち倒すために先導しつつも守ってやらなきゃいけない立場にある。これから突っ込もうとしているのは些細なことでも存在自体を喰われてしまうくらい危険な場所だ。それを分かってて、ついて来いなどと言えるわけがないじゃないか。
だがまあ、そんな僕の意思に反してルージュは、お人好しで知ってしまったら助けようと首を突っ込むようなこいつは、「危険だから」というだけで大人しく引き下がるわけがないのも僕は知ってるんだが。
「はっきり言って、戻る気ないだろお前」
「こんなの知ったら戻れるわけないよ。ティアさんのことは確かに覚えてない。だから気持ちの面では3人に負けるかもしれないけど、仲間を手助けしたいって気持ちは劣ってないと思う。やらずに後悔するより、やって後悔した方が断然いいし」
「ハッ。半人前がこの僕の手助けとか、出しゃばりやがって。わざわざ危険だと警告してやってんのに、それを承知で同行しようとかどうかしてるとしか思えない」
「そうだね。大昔の過ちを今も引きずって、それでも自分がいい加減解決しようと立ち上がって、危険な場所に自分から飛び込もうとしているヒトに感化されたのかも」
「こいつ……」
言うようになったな、と鼻で笑う。こいつだって今も過去のトラウマを引きずって震えていたウサギの癖に。
……いや。その過去と決別しようと行動を起こしただけ、百年単位でずっと立ち止まってばかりだった僕よりマシか。
そんなことを考えている内に、ルージュは僕が腕から下げていた自分のカバンに手を突っ込み、そこにしまっておいていたらしい剣を取り出し、その剣柄を僕に向かって突きつけてくる。
「お荷物にならないようには努める。ティアさんのためになんでもするというなら、私はそのための道具の一つとして扱ってくれればそれでいいから」
「……ふん。仲間を道具扱い出来るわけないじゃん」
「ふふっ、仲間として扱ってくれるんだね。優しい」
「歳上をからかうなっての」
文句を言いつつも、僕は差し出されたその剣柄に触れた。それはつまり、良くいえばルージュの力を借りることになり、悪くいえば僕のワガママに巻き込むことを指す。
だけど、僕も正直なところ2人だけでの探索は無理があったと思ってる。以前に出くわしたガーディアンを追っ払うのにも人手不足もあってかなりの時間を費やしてしまっていたし。雑魚は素通りするつもりだけど、これから先戦いを避けられないことも充分に考えられる。
僕は戦力が欲しい。ルージュも覚悟は出来てる。ならもう、これ以上押し問答する必要はないし、時間の無駄だ。互いが納得出来てるなら、それでいいんじゃないかと思って。
『オレが勧めたことだから反対はしねえが、オレの制止を振り切って無理矢理このことに文字通り首突っ込んだことだけはいただけないな。この先そんなことしたら命取りになると思え』
「う。ご、ごめんなさい……」
『おかげで現実にあるお前の身体、床にぶっ倒れてるぞ。今夜はそこで寝るんだな』
「え。そんな、運んでくれないの?」
『馬鹿言え、身体持たないオレがどうやって現実のものに干渉しろってんだ。ちなみに毛布もかけてやれねえから、腹冷えることは覚悟してろ』
「ええ〜……」
「咄嗟のこととはいえ、考え無しに突っ込むからだろ。やっぱり半人前、詰めが甘いな」
レシスと僕に注意されてルージュは少しばかり肩を落とす。やれやれ、一人前を名乗れるようになるにはまだまだ多大な努力が必要そうだ。
「だ、大丈夫です、ルージュ! 私とあなたは2人で一人、一緒にオスクさんの助けになれるよう頑張りましょう!」
「う、うん。ありがとう、ライヤ」
「まあ、そう落ち込みなさんなって。頭脳面で言えば『記憶』よか頼りになりそうだし」
「え! それ何気に酷くないですか、オスクさん⁉︎」
「おお、遠回しに馬鹿って言ったのが分かったか。結構結構!」
「む〜!」
風船のように頬を膨らませて怒るライヤを、僕はケラケラと笑い飛ばす。さっき余計なことをベラベラ喋ってくれた礼が出来て満足だ。
「……さて、と」
茶番はここまでだ。戦力が一人加わったことだし、より一層捜索に力を入れなければならない。僕はフードをかぶり、双子から貰った青のマフラーと紅いアミュレットもしっかり身につけ、レシスが開いた『虚無の世界』へのゲートを敵に向けるような強気な視線で睨み付ける。そして、
「────行くぞ!」
「は、はい!」
「うん……!」
その合図を持って、僕らは忌まわしき『白』が広がる世界へと飛び込んだ。




